第3166話 はるかな過去編 ――方舟の地――
『時空流異門』と呼ばれる時空間の異常現象に巻き込まれ、数百年も昔のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまっていたソラ達。そんな彼らは大精霊達の助言を受けて、冒険者として活動する傍らこの時代に存在していた過去世のカイトとその幼馴染達を訪ねて回る事になっていた。
というわけでその一環として一同が流れ着いたシンフォニア王国の隣国レジディア王国へ赴く事になった一同であるが、その道中。関所で一同――正確にはカイト――を出迎えたのはレックスであった。
というわけで彼に請われた一同はロレイン達と共に臨時で会議室としても使えるほどに大きな竜車の中に入り、レックスが駆けつけた理由を聞く事になっていた。
「それで? 現在時間が無いはずの君がわざわざ駆けつけねばならないほどの事態だ。何があったんだね。かたっ苦しい話はなし。手っ取り早く本題から入ってくれ」
「ええ……まず何かを話すよりも前に。こちらをご覧頂きたい」
ロレインの言葉を受けたレックスは竜車の中心に備え付けられていた円卓の中央に映像を記録しておくための魔導具を設置する。そうして彼がスイッチを押すと同時に、中に保存されていた映像が浮かび上がる。
「これは私に報告が挙げられた直後。調査のために私が赴いて撮影したものです」
「『方舟の地』……か。だが、これは……」
浮かび上がった映像はどうやらこれから一同が向かうという『方舟の地』の映像だったらしい。が、その映像の中に浮かぶ建造物は各所に赤い筋のような光が宿っており、何かしらの警告を表しているかのようであった。そしてその光景を、ロレインは見た事がなかったようだ。困惑を露わにしていた。
「ふむ……まぁ、聞くまでもない事なのだが。ノワールくん。君、この現象に見覚えは?」
「ありません。そして私に無いということは」
「誰にもない、という事だね……ただ一人を除いては」
この場で『方舟の地』について一番知っているのは魔術の知識について頭が幾つか飛び抜けたノワールだ。なので『方舟の地』の調査においてカイトやレックス達が赴く際は彼女が必ずと言って良いほど同行しているし、もし同行しない場合でも彼女には報告が渡るようになっていた。
その彼女が知らない時点で、この時代の誰も知らないと断言してよかった。ただしそれはこの時代の、だ。というわけで、異常事態を見て取ったレックスはセレスティアにも会議への参加を要請していた。
「セレスティアくん。この事態について、何か知っている事はないか?」
「遺跡のシステムエラー……最終的にはノワール様はそう結論付けられたとは伺っています。が、なぜそのシステムエラーが引き起こされたのか。そこまでは最終的な結論付けられなかったそうです。学者たち曰く、幾つかの推論はされていたそうですが……申し訳ありません。流石にそこまでは私も把握していません」
当たり前であるが、セレスティアは巫女であって学者ではないのだ。一応レジディア王家に属する者として『方舟の地』に起きた異常は聞かされているが、原因不明の異常に対する推論が教えられている事はなかったのである。そしてロレインもそれは理解していた。
「それはそうだろうね……この事象は今後何度も起きるのか?」
「いえ……学者達曰く、次に起きたのは数百年先との事です。無論観測されていないだけで起きている可能性は無いではないですが……」
「ふーん……なるほどね。とはいえ、そういう事であれば今考える必要のある事ではないか」
これが今後も頻発するのであれば対応も考えねばならないが、歴史的に見ても今回の次に起きるのは数百年も未来の事だそうなのだ。今が平時であるのなら考えても良いとロレインも思うのだが、今は戦時。この遺跡の異常に対する考察は未来に任せる事にしたようだ。そしてそれについてはレックスも同意見ではあったようだ。
「我が国としてもそれで良いとは思うのですが……兎にも角にも今この異常を解消しない事には話にならない」
「つまり予定を変更して『方舟の地』の異常を解消して欲しい、と」
「そういうことです……無論、今回は流石に事態が事態。私も同行いたします」
「それは有り難い……が、良いのか?」
「自分の結婚式で祖先が残した爆弾が爆発してご破産、なぞ笑い話にしかなりませんよ」
ロレインの問いかけに対して、レックスは今回は流石に特例と判断していたようだ。何よりこの『方舟の地』は超古代の文明の遺跡で、何が内部にあるかわかっていないのだ。何が起きるかわかったものではない以上、結婚式云々なぞ言っていられない事態になる可能性は十分にあり得たのである。
「そうだね。それに何より、一度王都に顔を出すよりそのまま『方舟の地』へ赴いた方が近いのも事実。一応は父君にご挨拶と思っていたが……いや、待った。私は良いが良く考えれば文官達がいる。何が起きるかわからない以上、彼らは王都に置いていきたい」
今回はロレインをトップとした使節団であるが、あくまでも彼女が全権大使というだけで他にも文官達が十数人同行している。その彼らはロレインのように戦えるわけではなく、『方舟の地』の外で待たせるわけにもいかない。遺跡を調査するのであれば、邪魔にしかならなかった。そしてこれはレックスもわかっていたようだ。
「無論それについてはいます。王都より軍の護衛隊が向かっています。おそらくいつもの分かれ道で合流出来るかと」
「そうか……わかった。っと、そうだ。カイト。異常事態だというのなら、私の装備をもう少し吟味したい。一度ウチの王都に戻ってくれ」
「かしこまりました。何を?」
「『星の鼓動』を」
「あれを? 構いませんが……」
『星の鼓動』はロレインが保有する魔導具の中でも有数の戦闘力を有する魔導具だった。流石に他国だし今回のような異常事態が考えられていなかったので置いてきたそうなのだが、今回の事態から必要になる可能性が高いと判断したのであった。が、流石にその戦闘力を考え、カイトはレックスを見ていた。
「大丈夫だろ。親父からも俺に全部の権限を委任する、って言われてるし。それにあの遺跡は俺達でさえ手に余る。今回の状況から必要になっても不思議はない」
「りょーかい。姫様。えっと……」
「一時間ぐらいで良い? 今回は最速目指すでしょ?」
「それで良いよ。それでオレを呼び出してくれ」
カイトの問いかけに、ヒメアが右手の甲に刻まれた刻印をひらひらと振る。これがカイトと契約を結んでいる証であり、これがある限り彼女はいつ何時でもカイトを呼び出す事が出来るのであった。と、そんな二人を今度はレックスが慌てて止めた。
「って、お前。エドナはどうするんだよ」
「あ……あー……そうだなー……でもエドナに乗って移動してると見過ごす可能性高いしなぁ……かといって、現地集合ってのも避けたいし……さりとてエドナも一緒に転移してもらうと力が膨大になっちまうし……うーん……」
「私の方は問題無いけど?」
「いや、下手に遺跡を刺激したくない。オレ単独なら契約の力で召喚するだけだからそんな使わないだろ?」
「あー……確かにそれはあるわね。エドナは私達の契約に含まれてないから、私とあんたで強引に呼んでるわけだし……」
ここまで一週間の道のりを数時間で踏破するというエドナだ。その道中は次元を踏み抜いて進むため、追い抜く可能性は非常に高かった。となるとエドナは使えないとカイトは判断していたのである。というわけで、彼は非常に面倒くさそうに肩を落とす。
「はぁ……しゃーない。ちょっと本気で飛ぶわ。エドナよりは遅いけど、まぁ向こうまでは三時間あればなんとかなる」
「わかった。じゃあ、三時間後に呼ぶわ」
どうやら最終的にはカイトが単独で王都シンフォニアに戻ってロレインの装備を整える事にしたようだ。というわけで往復についての算段が立った事でひとまずはこの話は終わりとなり、カイトが急ぎ王都シンフォニアに戻る傍ら一同は会議を進める事にするのだった。
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