第3163話 はるかな過去編 ――王家の力――
『時空流異門』と呼ばれる現象に巻き込まれ、はるか数百年も昔のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまっていたソラ達。そんな彼らは大精霊達の指示の元、かつて存在していた過去世のカイトとその幼馴染達。通称八英傑と呼ばれる英雄達と出会うべく冒険者として活動を重ねていた。
そんな中で八英傑の一角にしてカイトが唯一同格と認める英雄レックスに招かれ彼の結婚式に出席する事になった一同は彼への贈り物を手に入れたりとして準備を進めていたわけであるが、カイト達の要請を受け彼らと共にレジディア王家が管理する『方舟の地』と呼ばれる遺跡へ赴く事になっていた。
というわけで、彼らからの要請を受けた後。話し合いを終えたソラ達は次の打ち合わせとして渡航に関する話し合いを行いたいというカイトの要請――ロレインとヒメアはそこで退席――を受けそちらの準備を待つ間、騎士団の応接室のような所で話をしていた。
「なぁ、その『方舟の地』? それって一体全体なんなんだ?」
「『方舟の地』……それはカイト様やロレイン様が仰られていたように、はるか太古に存在していた文明の遺跡です。その中でもひときわ保存状態が良い遺跡ですね。ただ問題として、どういうわけかレジディア王家に属する者しか出入り出来ないという問題を抱えているわけですが……」
「出入り出来ない……扉が封ぜられてる、という認識で良いのか?」
ソラの問いかけに答えたセレスティアへと、今度は瞬が問いかける。一応遺跡だ。彼らにとっては専門分野と言って過言ではなく、カイト達が要請した一因も彼らの冒険者としての本業が遺跡調査にあると知っていたからだ。無論それ故軍部としても専門家であれば頷きやすく、今回はすんなりと話が通っていたらしい。
「そうですね……これが微妙な所と言った方が良いかもしれません」
「微妙な所?」
「この時代でどうかはわからないのですが、私の時代では『方舟の地』の電源はオンになっていました」
「つまり生きている……そういうことか?」
「ええ。無論常時生きているわけではなく、立ち入ろうとすると電源が入るというような感じですが」
この太古の文明が何時のものかは定かではないが、最低でも数千年は経過しているのではというのが瞬達の考えだ。というわけでセレスティアの返答に瞬は驚きつつも、感心したように口を開く。
「だがそれでも数千か数万だろう。凄い技術力だな」
「ええ。私達の時代でもあの遺跡を知る誰しもが驚いているばかりです。おそらく、我々がまだ立ち入れていないどこかに魔導炉が生きているのだと思われますが……そのどこか。そしてどういう技術を使っているのか……それがまだわかっていません」
やはり技術的には超古代の文明の方が遥かに上で間違いないのだろう。先にも言われていたが、この文明の解析はまだまだ進んでおらず、未来のこの世界の研究者達も手をこまねいているとの事であった。というわけでそんな話を聞いて、二人は少しだけ考え込む。
「ふむ……」
「うーん……一個あるとすると条件指定の前のあれ? カナコナちゃんの技術……みたいなんっすかね?」
「ああ、あれか……確かにあれは理論的には数万の月日を経ても問題はない……んだったか」
「っす。ただまぁ、結局は理論的には、だったんで記憶障害が引き起こされた挙げ句身体も不調を、ってなお粗末な結果らしいんっすけど」
二人が思い出していたのは、エネフィアのルナリア文明の生き残りたるカナタとコナタの事だ。彼女らは当時理論的には外部から救出されるまでほぼ永遠に避難が可能なシェルターに居た。その結果当時を生きていたのにも関わらず、ほぼ当時の状態のまま現代まで生きていた。それを思い出したのだ。
「そうだったな……ふむ。確かあれはユスティーナ曰く、カナタ達でなければ生きていたかどうかわからぬ……だったか」
「っすね。結界とかに関してはほぼ時間が経過していなかったと見做して良いかもしれないが、とかなんとか」
「ふむ……確かにあの技術に似た技術があるのなら、それも可能かもしれんか」
「かと……」
「何かわかるのですか?」
やはり遺跡調査であれば二人の方が知識は多いのだ。というわけで何か思い当たる可能性はあるか、と話し合う二人にセレスティアが驚いたように問いかける。これに、ソラが今しがた話している事を説明する。
「と、いうわけなんだよ……つっても、もしこれだったとするとティナちゃんが居ないと俺ら絶対にわかんないけどな」
「なるほど……確かに条件を指定してその間だけ復活というのは可能やもしれませんね……それでも驚くべき技術ではありますが……」
「まぁ、あくまでもこれは推測に過ぎん。正解でない可能性の方が高いから、そこは承知してくれ」
「わかっています。とはいえ、さすがですね。専門なだけはあります」
こんな想定はそもそもセレスティアには出来ていなかったのだ。にも関わらず行く前からある程度の予測を立てられる事は彼女にとって敬意を払うに十分だったようだ。とはいえ、そんな称賛に二人は恥ずかしげだった。
「あはは……まぁ、カイトのおかげで色々な遺跡には立ち入らせて貰ってるからな」
「っすね。あいつが居なかったらここまで情報が手に入ったかどうか……っと、それはそれとして。その<<赤虹>>? その力って何なんだ? 俺らも今まで見た事なかったけど」
やはり手放しの称賛はソラとしても恥ずかしかったらしい。かなり早口で話題を変える。これに、セレスティアが教えてくれた。
「<<赤虹>>……ロレイン様が言われていた通り、太古の昔に存在したとされる神の一族の力です。先の『方舟の地』はその神を祀った文明の遺跡……というのが通説ですね」
先程のロレイン達との会話同様に、セレスティアがその赤髪と目に虹色の輝きを宿す。それは神の力と言うに相応しい神々しさを有しており、神の力と言われても二人にも素直に納得出来た。とはいえ、同時に少し疑問もあったようだ。
「だがなんというか……そこまで威圧的な印象は無いな。幾度か神の血を継ぐ方に会ったが……誰も彼もが神の力を解き放つと得も言われぬ膨大な圧を感じたんだが」
「一応、これでもかなり抑えています。謂わば臨戦態勢にないから、とお考え頂いて大丈夫です」
「もしかしてセレスティアが巫女とやらに選ばれたのはそれ故、なのか?」
「ええ。この<<赤虹>>と『夢幻鉱』の解放……この両者が出来得たため、というのが最大の要因です。レックス様に対応した巫女は<<赤虹>>だけですね。そしてそれで良かった……良くも悪くも、カイト様が持たれている神器は異例過ぎた。八個の神器の中でも一際強大な封印が施されていましたから……<<赤虹>>を使った上で、なんとかだったのです」
「武器も……あいつらしいのかもしれないなぁ……」
「あ、あははは……」
ありとあらゆる事が異例づくし。そう言われるカイトの武器だ。使い手や補佐する者にも異例中の異例が求められるのは無理もなかったのかもしれない。そう思い呟いたソラの言葉に、セレスティアは苦笑を浮かべるしか出来なかった。と、そんな彼女もすぐに気を取り直す。
「っと、それは良いでしょう。この<<赤虹>>ですが力を解き放っているだけはあり、この状態では通常の数倍の出力が出せます。それに加え、幾つかの特殊な力も使えるようになります」
「「数倍」」
セレスティアの戦闘力の高さは二人も知っている。それが数倍だ。しかもそれに加え、色々な特殊能力が使えるという。
流石に何かしらのデメリットはあるのだろうが、それでも十分に切り札と言って過言ではないだろう。と、そんな彼女であるが宿していた虹色の輝きを収めた。流石にいくら臨戦態勢ではないとはいえ、長くは出来なかったようだ。
「ふぅ……」
「疲れるのか?」
「ええ。神の力を解き放つ以上、それ相応の負担は求められます。そして残念ながら、私ではこれを使いながらの長時間の戦闘は難しい」
「セレスで、か」
どうやら自分達が考えるほど、この力は楽に使えるものではないらしい。ソラはそう理解する。それに加えてこの力が異なる世界の神に属する力である事もあり、セレスティアはエネフィアでは隠し通していたのであった。と、そんな彼女であったがこれはあくまでも彼女だからという事だったようだ。
「とはいえ姉さんはこれを使って戦闘を出来ますから、結局は訓練次第なのかもしれませんね」
「「……」」
レクトールと同格にして、未来においてカイトの双剣の担い手。その戦士の実力は間違いなく巫女たるセレスティアを遥かに超えているだろう。
それに二人は少しだけ空恐ろしい物を感じるわけであるが、それは今は考えるべきことでもない。そして何より。この時代にはそんな彼女らが束になっても勝てないほどの使い手が一人存在していて、それをよく知る人物もまた居た。
「訓練次第だな。レックスはその状態で一日中戦闘が出来る。その姉さんとやらがどれぐらい保つかはわからんがな」
「カイト様」
「おう……<<赤虹>>。厄介な力だよ、本当に。あいつの力が今の数倍になるんだ。やってられっか、っての」
レックスの強さは幼馴染にして好敵手であるカイトこそが一番良く知っていたようだ。まぁ、これはひとえに常日頃から二人で――時として意味もなく――模擬戦をしているからなのだが、それは良いだろう。とはいえ、そんな彼の言葉にセレスティアがおずおずと異を唱える。
「い、いえ……お言葉ですがそれで言えば御身も似たようなお力をお持ちかと……」
「まぁな。あいつだけ不思議な力でパワーアップとかやられるのは腹が立つからな」
「そ、そうですか」
どうやらカイトとしてはあの不可思議な力が何なのか、というのは重要ではないらしい。それ以上にその結果幼馴染に食い下がれるのならそれで良いと考えていたようだ。というわけで楽しげに笑う彼は頬を引き攣らせるセレスティアに昔話を語る。
「まー、二人して土壇場というか火事場で目覚めてるからおかげで生きてるって所はあるんだけど。いや、マジで。どっちか片方でもあの十年前の最後の戦いで覚醒していなかったら、二人して死んでたな」
「は、はぁ……」
どうやら魔族達の一度目の侵攻はそれほどまでに二人としても厳しい戦いだったらしい。まぁ今とは違いシンフォニア王国もレジディア王国も完全に平和ボケしている状態で攻め込まれているのだ。それを向こう見ずな二人が押し返したのである。さもありなん、という所であった。
「あははは……っと、それは良いか。まぁ、そういうわけなのさ。『方舟の地』には何度かオレも赴いているんだが、如何せんレックスが居ない事には調査が進まん。かといって、レジディア王家では『夢幻鉱』には対応ができん。厄介な話であの遺跡を調査しようとするとレジディアとシンフォニアの両方の王家の誰かしらが必要になっちまう」
「セレス一人いればそれ全部片付くわけか」
「そういうこと。しかもセレスはオレの騎士団の上位の騎士並の戦闘力まで持ち合わせているわけだ。な? ロレイン様が要請するわけだろ?」
おそらく自分がロレインの立場であってもそうするだろうな。ソラは若干苦笑するように笑うカイトの言葉に無言で同意する。説明はなかったが、カイトの言葉から『方舟の地』にはシンフォニア王家しか扱えない『夢幻鉱』も使われているらしい。
が、王族だ。おいそれと遺跡になぞ行けない。となると予定を調整する必要があったり、人員を見繕う必要があるのだがそれは並大抵のことではないだろう。にもかかわらず、セレスティアは護衛は不要だし彼女一人で全てが片付くのだ。飛空艇の調査を進めたいロレインが要請するのは当然だった。
「ま、そういうわけでな。少し頼む。何、調査もそこまで長くはならんだろう。今回は後もつっかえているしな」
「はい」
「ああ……っと、それじゃ本題に入るとするか。地図を」
「はっ」
カイトの要請を受けて、彼と一緒に入ってきていた騎士が一同の座る机の前に大きな地図を広げる。そうして、それから暫くの間一同はこれからの旅路を打ち合わせるのだった。
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