第3158話 はるかな過去編 ――虹の枝――
『時空流異門』と呼ばれる現象に巻き込まれ、数百年も昔のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまっていたソラ達。そんな彼らは大精霊達の指示により、元の時代に戻れるまでこの時代に存在していた過去世のカイトやその仲間達を訪ねる事になっていた。
というわけでその手助けをしてくれる事になった過去世のカイトの幼馴染にして好敵手であるレックスの結婚式の贈り物を用意するため、一同は『虹降る谷』と呼ばれる常闇の地を訪れ『虹の枝』と呼ばれる特殊な木材の調達に臨んでいた。
『ふむ……この木は違うな。次だ』
「わっかんねー……」
<<偉大なる太陽>>が見ている視点はソラからしてもレベルが違っていた。なので彼は<<偉大なる太陽>>の指示に従って、専ら持ち運ぶ係になっていた。
『それは致し方があるまいな。こればかりは長く訓練して初めて掴めるものだ。誰もが長く訓練した。何年もな』
「結局一足飛びなんて無理ってわけか」
『当たり前だ。何事も、とは言わんが感覚を掴む事に関しては地道に鍛錬を続ける以外に方法は無い。無論元々優れた才能を持つ者もいるがな。そんなものは例外だ……いや、例外があの異郷の巫女か』
おそらくああいった例外的な天才たちを集めたというのが、セレスティアの時代のエース達というわけなのだろう。<<偉大なる太陽>>は少し離れた所で別の『水晶の木』を見るセレスティアにそう思う。と、そんな彼を持ち運んで次の木へと移動したソラであったが、そこでふと問いかけてみる。
「そういやさ。木に手を当てたりして内部の状態とか調べる事出来るだろ? あれは出来ないのか? 今なら<<地母儀典>>があるから、多少ぐらいならなんとかならないのか?」
『ふむ……』
ソラの問いかけに対して、<<偉大なる太陽>>は少しだけ考えてみる。と、そんな彼の問いかけに対して答えたのは、他ならぬ<<地母儀典>>自身だった。
『無理でしょうね。貴方程度の魔術の使い手がやろうものなら、絶妙なバランスで保たれている『水晶の木』の魔力の流れを散らしてしまって『虹の枝』そのものを失わせてしまいかねないわ』
「そ、そうなのか……ってか、お前もわかるのか?」
『当たり前でしょう。元来木は土属性と相性が良い。それはこんな氷属性を多く蓄えた特殊な木であっても変わらない』
実のところ案外おしゃべりな<<偉大なる太陽>>に対して、<<地母儀典>>はまだソラを認めたわけではない。なので彼女は黙っている事が多く、今回も言わなかっただけで彼女もまた『虹の枝』を見切る事が出来たようだ。
なお、後に彼が知る所によると旧知である事もあり未来のカイトやティナとは割りと話す事もあるらしく、ソラが知らないだけという所も多いらしい。
「なら手伝ってくれよ……」
『せっかく神剣様がやる気になっているのに、私がやる意味があって? もし私に手伝わせたいのなら、もっと私に認められるようになりなさいな』
「うぐぅ……」
返す言葉もない。ソラはけんもほろろな<<地母儀典>>に言い返す事は出来なかった。そもそも不相応というのは全員が認める所なのだ。こちらに来て数ヶ月勉強しようと無理は無理なのであった。
「はぁ……なぁ。それでも一個だけ聞いて良いか?」
『一個だけなら』
「もしお前がやる気になってくれてたら、作業効率どんぐらい上がってた?」
『神剣様と組み合わせれば数十倍には』
『まぁ、不可能ではなかろうな』
「まじかよ……」
これはソラも意外だったのであるが、どうやら<<地母儀典>>と<<偉大なる太陽>>は相性が悪くないらしい。
そういう意味で言えば良縁と言えたのであるが、それもソラが使いこなせればという話であった。というわけで愕然となるソラに、<<偉大なる太陽>>が教えてくれた。
『元来、太陽も大地も生命を芽吹かせるには必須なものよ。存外太陽と大地というのは相性が良いのだ』
「そうなんか……はぁ」
それがわかった所で、<<地母儀典>>が翻意してくれる事はないだろう。ソラは数ヶ月の付き合いでしかないが、そうであってもそれを理解出来る分の付き合いはあった。というわけで肩を落とす彼に、<<偉大なる太陽>>が告げる。
『気にするのならより励め。月の神使殿らも言われていたがどれだけ優れた魔術師であっても、魔導書を従えるのには時として年単位で時を要する事はある。魔術師でないお前が<<地母儀典>>ほどの魔導書を従えようとすれば年単位を要するのは何ら不思議な事ではない』
「ティナちゃんもカイトもそう言ってたしなぁ……」
やはり諦めるしかないのだろう。ソラはあの二人でさえそうであったのに自分なら数ヶ月で行けると思うのは思い上がりと自身を戒める。
というわけで、ソラは<<偉大なる太陽>>が手伝ってくれるだけまだマシと判断。運搬作業に戻る事にする。そうして運搬作業に戻って一時間ほど。カイトが唐突に降下してくる。
「……ん? どした?」
「……みっけた!」
「マジで!?」
降下してきたカイトであるが、ソラの問いかけに無言だったものの数秒後に歓喜の声を上げる。そうして彼が近寄っていた『水晶の木』の乳白色の枝葉の中に手を突っ込んで数秒。枝葉の中から手を引き抜いた彼の手には、虹色に輝く枝とその先端に虹色に輝く珠のような木の実があった。それを見て、彼の近くまで浮かんでいたソラが問いかける。
「それが『虹の珠』?」
「ああ……やっと一個か。はぁ」
足掛け一時間と少し。それでようやく一個見つかった『虹の珠』に、カイトは辟易とした様子でため息を吐く。いくら親友の結婚式で必要だからと面倒なのは面倒なのであった。と、そんな彼が持つ『虹の珠』にくっついていた虹色の枝を取り除いて、ソラへと投げ渡す。
「おっと」
「そいつが『虹の枝』だ……『虹の珠』の方に魔力が持っていかれちまって、小枝程度でしかないけどな」
「必要無いのか?」
「昨日も言ったけど、オレが必要なのは『虹の珠』だけだ。こいつを使って特殊な絵の具? とか酒? 薬? なんかそんなのを色々と作るんだと。で、レジディアの遠征隊が用意した『虹の珠』はあんま良くなかったそうでな。追加で必要になった、ってわけだ」
何に使うかは詳しく聞いてくれるなよ。カイトはしかめっ面でそう口にする。そもそもレジディアの王侯貴族でさえ詳細は知らないような伝統的な儀式なのだ。
他国の騎士団長であるカイトに聞かれて困るのは当然だった。というわけでしかめっ面のカイトであるが、必要なのはこの一つだけではなかったようだ。盛大にため息を吐く。
「このサイズだと三個ぐらいで良いって事だったけど……念のため、追加でもう二個ぐらい探しておくか……今日中に見つかれば良いんだが」
「そ、そんな探すのか……」
「探すんですよ……」
カイトでさえ一時間と少しでようやく一個見つかったような代物だ。これを更に五個集めるとなると、本当に今日一日丸々使う事も覚悟しなければならなそうだった。と、そんな彼を見ながらソラが呟く。
「俺らはどれぐらい集めりゃ良いんだろ」
「さぁなぁ……まぁ、そのサイズだと役に立つかどうかも微妙だから、『虹の珠』を実らせる前の段階の枝を探した方が良いだろうな」
「まじすか」
今回、ソラ達がレックスの婚礼に際して用意しようとしているのは子孫繁栄を祈願するお守りの一種だ。謂わば茅の輪のような物なのだが、サイズとしてはフラワーリースに近かった。
ありきたりなものではあるのだが、一同の中には子孫のセレスティアがいる。丈夫な子供を産んでくれないと本当に困るのであった。そしてこれであればレックスも意図を察してくれるだろうし、面白がってもくれるだろうと思ったのである。
とまぁ、そういうわけなのであるが。当然だがフラワーリースのような物を作るとなると枝が一本で足りるわけもなく。しかもサイズから今カイトがくれた枝程度では到底足りるものでもなかった。とはいえ、そこまで絶望する必要もなさそうだった。
「『虹の珠』が見つかったのですか?」
「ああ……って、そっちは順調そうだな」
「え?」
「なんとか二本……という所ですね。枝だけであれば何本か見つかっていたのですが……使えないサイズを取ると後が困りますから。でも本当に『虹の珠』は見つからなくて」
どうやらソラが気付かなかった――そもそもセレスティアはそこまで大仰に反応するタイプでもない事が大きい――だけで、セレスティアは程よいサイズの『虹の枝』を何本か見つけていたらしい。
しかも後に聞けば彼女自身、生まれた時にこのお守りを貰った事があるらしくサイズなどもおおよそわかっていた事も大きかったようだ。ちょうどよいサイズなどを見極める事も容易だった。というわけで、そんな彼女の言葉にカイトが頷いた。
「こっちはこれでようやく一つだ……いっそそっちの時代で栽培に成功しておいて欲しいよ」
「あはは……それはどちらかと言えば未来の御身がされた方が良いのかと」
「なんかあんの?」
「巨大な温室やら色々と作られているそうです。希少な薬草や果物も育てているのだとか」
「オレは何をしているんだ……」
実際にはカイトが育てたりしているわけではないのだが、そこはこの時代のカイトの預かり知らぬ所である。というわけであまりにやっている事が多すぎて呆れ果てる彼であったが、暫くして気を取り直した。
「はぁ……まぁ、もし未来に戻ったらこいつも量産しておいてくれ、って言っておいてくれ。また探しに、とか嫌になるからな」
「もうされていても不思議は無いかもしれませんが……わかりました」
「おう、頼んだ……さて、気を取り直して残り四個。探すとしますかね」
今の所一時間につき一個だ。このペースでは今日中に帰りの途につくなぞ夢物語にしかなりそうにない。そしてソラ達にしても『虹の枝』が見つかっているのは二本。こちらもサイズや必要本数を考えれば、まだまだ探す必要がありそうだった。というわけで三人は再度バラバラに散って、それぞれが必要な物を探していくのだった。
お読み頂きありがとうございました。




