第3154話 はるかな過去編 ――虹降る谷――
『時空流異門』と呼ばれる現象に巻き込まれ、数百年昔のセレスティア達の世界へとやって来ていたソラ達。そんな彼らはこの時代で大精霊達から過去世のカイトの仲間である八英傑と呼ばれる八人の英雄を訪ねるように指示される。
というわけで冒険者としての活動をしながら八英傑との会合を目指していたわけであるが、目下の課題はその半数が隣国レジディア王国に拠点を構えているという事であった。
というわけで隣国への渡航の方法を考えていたわけであるが、その苦境を見抜いていた八英傑の一人レックスの手助けによりレジディア王国への渡航方法を確保。その返礼を手に入れるべく、一同はカイトの案内により『虹降る谷』と呼ばれる常闇の谷へと足を踏み入れていた。
「はぁ!」
<<氷の人魂>>と呼ばれる不可視化が可能な魔物に取り囲まれていた一同であるが、セレスティアの力により見えるようになった後は各個撃破となっていた。
というわけで霜の降りた地面を蹴って敵に突撃した瞬であるが、そんな彼の突きを<<氷の人魂>>はまるで揺らめくようにして悠々と回避する。
「む」
踊るように。正しく人魂という言葉が正しいようにゆらゆらと揺らめく<<氷の人魂>>であったが、やはり実体の無い魔物だから動きとしては素早い部類に入るらしい。それにわずかに瞬が驚きを露わにする。と、そんな彼に向け、<<氷の人魂>>はおそらく顔に当たる部分がわずかに裂けてその体積が肥大化する。
(来る)
何が来るかはわからないが、少なくとも何かが来る事だけは事実だろう。瞬はまるで火吹きのように膨らんだ<<氷の人魂>>を見て、即座にその場から飛び退く。そうしてその直後だ。彼の居た場所を舐めるように、青白い炎が通り抜ける。
(凍った……青白い炎というよりも、冷気の塊と考えた方が良いか)
宙を舞うように移動しながら、瞬は青白い炎が通り過ぎた場所が凍りついていくのを見る。そうして青白い炎が通り抜けた後。彼は地面に着地するとその反動をバネのように利用して<<氷の人魂>>へと即座に距離を詰める。
「はっ!」
この程度で通用はしないだろうが。瞬は肉薄と同時に槍を突き出す。それは<<氷の人魂>>を貫くわけであるが、案の定実体を持たない<<氷の人魂>>の胴体に風穴は空いたがなんの痛痒も無いのか平然としていた。とはいえ、瞬とてそれは想定内。なので彼は貫いたまま、雄叫びを挙げた。
「おぉおおおお!」
ビリビリビリ。周囲を大きく揺らすような雄叫びが響き渡り、槍を中心として魔力の波動とでも呼ぶべき力が迸る。それは不定形の<<氷の人魂>>の身体を激しく揺らし、その上半身を完全に吹き飛ばした。
「っ」
見えた。瞬は上半身の青い炎が消し飛んだ直後。<<氷の人魂>>の身体が再生する一瞬だけ光り輝いた青黒いコアを確認する。とはいえ、流石に一瞬過ぎて彼も対応は出来なかった。そして流石にこちらが一方的に攻撃出来るほど、甘い相手でもなかった。
「ちっ!」
見えたコアを打ち砕くべく次の行動に移ろうとした瞬であったが、再生した<<氷の人魂>>の上半身が先と同様に大きく膨らんでいたのを見て目を見開く。そうして彼が目を見開いた直後の事だ。彼の身体を青白い炎が包み込んだ。
「くっ!」
極寒地獄を思わせる冷気が瞬に襲いかかり、彼が盛大に顔を顰める。とはいえ、幸いな事に彼とて魔物の攻撃に対抗出来るように魔力の鎧を纏っているのだ。即座に凍りつくような事はなかった。そして何より、この場に留まったのは敢えての事であった。
「<<炎よ>>!」
青白い炎の中。瞬の腕が赤く光り輝いて、彼の内側から真紅の炎が吹き出す。それは彼を包む青白い炎を内側からかき消していき、ついには瞬の総身を真紅一色に染め上げる。
「はぁ!」
青白い炎と真紅の炎が拮抗した直後。瞬は同じく真紅の炎が宿る真紅の槍を突き出して青白い炎を押し返す。そうしてそのまま肥大化した<<氷の人魂>>の胴体を貫いて、再度雄叫びを上げた。
「おぉおおお!」
一瞬だけ雄叫びが上がり、再度<<氷の人魂>>の胴体が吹き飛んだ。そうして残った下半身から再生する一瞬。青黒いコアが光り輝いたのを見て、瞬は左手の魔力で編んだ槍を顕現。青白い炎がコアを包み込むよりも前に、そのコアを貫いた。
「……ふぅ」
貫いたと同時に下から吹き上げていた青白い炎がそのまままるで昇天するかのように噴き上がったまま消えていくのを見て、瞬はわずかにため息を吐く。これで一体目だ。そしてまだまだ敵は居た。
「次は……まだまだ居るか」
速攻は割りと厳しい相手かもしれないな。瞬は力技で一気に倒し切るなら楽なんだが、と思いながらも長旅である事からそんな自身を戒める。そうして、彼は更に次の<<氷の人魂>>との戦いを開始するのだった。
<<氷の人魂>>の群れに包囲されていた事に気付いてから十数分。一同はなんとか戦いを終えて、魔物が集結してきても大丈夫なように急ぎその場から移動。少しだけ窪んだ場所を見つけると、そこにて急遽小休止を挟んでいた。
「はぁ……やはり動くと温かいな」
「動くと温まるのは道理なだけです。これからも旅は続く以上、防寒具は着込んでおくべきかと」
「わかっている」
リィルの指摘に対して、瞬は荷物の中から防寒具を取り出しながら頷いた。少しだけ辟易とした様子があったのは、気の所為ではないだろう。とはいえ、これからもっと寒くなるという事なのだ。今のうちに防寒具を着ておかねばいつ不測の事態が起きるかわかったものではなかった。というわけで防寒具を着込む一同であったが、そこでふとソラが気付く。
「……あれ? カイトお前防寒具は?」
「ああ、こいつに防寒具の機能もあるからな。より正確には魔力の膜が寒さを防いでくれるんだ」
「へー……ってことは中に裏起毛とかしなくて良いのか」
「裏起毛?」
なんだそりゃ。そんな様子でカイトが小首を傾げる。これにソラが自身の鎧――丁度裏起毛の防寒用のオプションを付けていた――をカイトに見せる。
「こんなの」
「へー……これ、温かいのか?」
「ああ……一応こいつにも魔力の膜で暑さ寒さを防いでくれる機能もあるけど……それと併用するとむちゃくちゃ温かいんだよ」
「へー……」
やはり未来になると色々と機能も備わるものなのだな。カイトはソラの鎧の内側に装着された裏起毛を見ながらそう思う。どうやらこの時代には裏起毛の装備などはなかったらしく、この時代の防寒具といえば綿などを詰める事になるそうだ。というわけで動きを阻害したくない事から、カイトの鎧には魔力の膜を自動展開するような機能が備わっていたとの事であった。
「まぁ、でも……オレは良いかな。もし寒くなったらこの鎧そのものが熱を持つようにもなってるし」
「え、マジで?」
「ああ。だから時々この鎧で暖を取ろうとするバカがいてな」
「あはは」
ソラの場合は無補給となる可能性のある冒険者ゆえに、魔力をいたずらに消費したくなかった事から魔力に依存しない裏起毛が選ばれた。それに対してカイトは基本は補給線がしっかりしている事が前提だ。なので魔力に依存する機能が選ばれた、というわけなのだろう。
何よりこの時代のカイトも無限に等しい魔力を有しているのだ。無補給でも問題無い事から、存分に魔術を使える事も大きかっただろう。そうしてそんな話をしながら防寒具などの防寒装備を整えた一同は、更に小休止を経て改めて奥へ向けて出発していくのだった。
お読み頂きありがとうございました。




