第3153話 はるかな過去編 ――虹降る谷――
『時空流異門』。そう呼ばれる時空間の異常現象により数百年も昔のセレスティア達の世界へと飛ばされていたソラ達であるが、彼らは大精霊達の指示により元の時代に戻れるまで冒険者としての活動を重ねながら、過去世のカイトの幼馴染にして彼と同じく後に八英傑と呼ばれる事になる英雄達を訪ねて回る事になっていた。
というわけで八英傑の一角にして一同が居るシンフォニア王国の隣国。レジディア王国の王太子レックスの取り計らいによりレジディア王国への渡航の算段を手に入れた一同は、その返礼を兼ねたレックスの結婚式の祝いの品を求め、今度はカイトの助言により『虹降る谷』という常闇の地を訪れていた。
「……なんってかずっと暗いままってのも変なもんだな」
「そっちにはなかったのか? こんな不思議な空間は」
「エネフィアには……どうなんだろ。そう言えば前にお前……ああ、未来のお前が炎で閉ざされた地へ赴いた、とかは聞いた事あるけど
「そりゃまたすごいな」
この常闇の谷も不思議といえば不思議だが、炎で閉ざされた地はそれ以上に尋常ならざるだろう。というわけでソラの言葉にカイトは少しだけ興味は覗かせつつも、特にツッコミはしなかった。興味はあっても深く聞くほどの興味はなかったようだ。と、そんな彼に今度は瞬が問いかける。
「カイト。ここらの魔物は大丈夫なのか? 今のところはそういった気配は無いみたいだが」
「順当に戦えば誰でも倒せはするだろう……セレス。来た事があるという事だったな? 交戦の経験は?」
「何度か。『虹の枝』を取りにも来ました」
「そうか……ならどの程度かはわかっているだろう。苦戦は?」
「特には。ただ苦戦、とまではいきませんでしたが最初は少し苦労しました」
「なるほど。たしかにな」
どうやら少し昔のセレスティアで苦戦はしないが、倒し方に苦労はする程度だったらしい。そしてその理由はカイトも察せられたようだ。というわけで納得した彼に、セレスティアははっきりと口にする。
「ですが、そうですね……今の我々なら苦労はしないかと」
「そうだろう……そっちの時代でも特に変化がなさそうで良かった」
こういう不思議があふれる地では時折想像も出来ないような天変地異が起きてしまうらしい。それ故に地球では危険地帯として一切の渡航が禁じられているのであるが、それはソラ達が預かり知らぬ所であった。というわけで、夏も近いのにだんだんと冷え込んでいく空気の中を歩いていく一同であるが、気づけば足元がばきっと音がなるほどにまで冷え込んできていた。
「……霜が降りているか」
「防寒具、そろそろ用意した方が良いかもしれないっすね」
「だろう……カイト。そろそろどこかで小休止を……」
「……」
瞬がカイトに提案しようとした丁度そのタイミングだ。カイトが片手を小さく挙げて一同を制止する。それに瞬も警戒を引き上げ、周囲の音に耳を澄ませる。が、何も音はしていなかった。
「何も聞こえないが」
「ああ……が、なにか居る」
どこかになにかが居る。そう告げるカイトに、一同は周囲を警戒する。そしてどうやら、彼が感じ取っている何かは勘違いなどではなかったようだ。セレスティアが彼と同じ物を見ながら告げる。
「カイト様……魔力の流れが」
「ああ……氷属性の魔力の流れが不自然になっている。おそらく居るな。しかも一体や二体ではないな」
「不可視化状態、と」
「オレにもセレスにも見えない、って事はすなわちそういう事なんだろうな」
カイト達が見ていたのは、この周囲に流れる魔力の流れだった。というわけで魔力の流れだけで敵の詳細を掴んでいく二人であるが、こんな芸当が出来るのはこの二人ぐらいだ。イミナでも厳しい。というわけで、カイトがセレスティアへと提案する。
「セレス。可視化はさせられるか?」
「無論です。ただ場をかき乱す事になるので、他の魔物を呼び寄せる可能性も」
「それはオレとエドナが対応しよう……右翼側が多い。そっちをオレが殲滅する。左翼側を」
「わかりました」
とどのつまり俺達は左側から来る敵の一団を討伐すれば良いのだろう。瞬はカイトとセレスティアの会話を聞き、そう理解する。とはいえ、このままでは何とどう戦えば良いかもわからないのだ。というわけで、彼がセレスティアへと問いかける。
「敵はどういう状況でどういう奴なんだ?」
「氷で出来た人形……とでも言えば良いかと。ただ今は完全に氷の魔力の影響で不可視化しています。このままでは普通には攻撃が出来ない。もちろん、周囲を纏めて吹き飛ばすなら別ですが」
「そんな事をすれば、か」
周囲を大規模に吹き飛ばすということはすなわち、周囲の魔物に自分がここに居ると教えているようなものと言って過言ではない。魔物達を呼び寄せてしまうだろう。
というわけでセレスティアが可視化出来る程度の対応をするに留め、カイトがそれでも呼び寄せてしまう魔物を蹴散らしてしまおう、というわけであった。
「そういうことです……私はこの場から動けなくなりますから、対応をお願いします」
「セレスティア様の守護には私が就こう。何、前もここに来た時は同じ事をしている。そして察するに、来た敵も似たような物なのだろう。おそらく大丈夫だ」
「わかりました」
なら俺達はただ敵を倒すだけで良さそうか。瞬はイミナの言葉に気を引き締めながら、開始のタイミングを見定める。その一方、敵の姿が見えているカイトは待つ必要が無い。故に彼はエドナから飛び降りて大剣を取り出す。
「エドナ。上から監視を頼む……セレス。こっちは先に行くぞ」
「はい……一瞬場が揺れますので、お気を付けを」
「ああ……はっ!」
セレスティアの言葉に応じたカイトであるが、彼は取り出した大剣を地面に叩き付けるようにして斬撃を飛ばす。そうしてカイトは斬撃が通った後を駆け抜けていくわけであるが、それを横目にセレスティアは自身の大剣を地面に突き立てる。
「ふぅ……はぁ!」
気合一閃。セレスティアは自身の大剣を介して、周囲一帯の力場とでも言うべき物を改変する。すると、この一帯を覆っていた強大な氷属性がわずかに低減。一同も周囲の状況が掴めるようになった。
「これは……」
「思った以上に囲まれているな」
「やばいっすね」
一同を取り囲んでいたのは、冷気の人形とでも言うべき不定形の存在だ。そうしてまるで舞い踊るようにふわふわとこちらへの包囲網を狭める魔物の群れを見ながら、ソラが口を開く。
「<<氷の霊>>……みたいっすけど」
「似ているが……あれに不可視になる力はない。更に言えばあれよりも強い印象がある……別種か、進化種か……」
<<氷の霊>>とは今一同を包囲している冷気の魔物同様、氷属性の魔力で身体が出来た冷気の魔物だ。が、この世界の魔物がエネフィアのそれより強い事を加味しても強く、更には通常とは違う能力を持っている事から別物と判断したのであった。とはいえ、それは自分達が知らないだけかもしれない。そう判断した瞬はリィルに問いかける。
「リィル。心当たりはあるか?」
「はっきりとは言いかねますが……<<氷の人魂>>の類かと。概ね<<氷の霊>>より性能は上の上位種です」
「ゴーストか……なるほど。確かにその表現がピッタリと言えばピッタリか」
とはいえ上位種だ。戦い方としてはそれに準ずる形になりそうか。瞬はリィルの返答と自らの目で見える光景にそう判断する。そうして、一同は周囲に散って自分達を包囲しようとしている<<氷の人魂>>の包囲網を崩すべく戦いを開始するのだった。
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