第3142話 はるかな過去編 ――対ラート家当主――
『時空流異門』と呼ばれる現象に巻き込まれ、数百年前のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らであったが、過去世のカイトが仕えたシンフォニア王国という王国の要請を受けて反乱を起こそうとしていたメハラ地方という地方の豪族を制圧するべく動く事になっていた。
というわけで自分達の劣勢を悟った豪族達の裏切り者や入り込んでいたシンフォニア王国の手勢達によって豪族達は大混乱に陥る事になり、一同は今回の反乱の首謀者の一角であるラート家の討伐を行う事になっていた。
「「おぉおおおお!」」
黄金の巨大な馬に跨った大男と瞬の雄叫びがラート家の本陣中央に響き渡る。そうして馬上のラート家の当主が叩きつけるかの勢いで、大太刀を振り下ろした。
「くっ!」
ぎぃん。そんな金属同士がぶつかったかのような音が鳴り響いて、瞬から苦悶の声が溢れる。とはいえ、その顔に浮かぶのは笑みだ。
(強い! 伊達に武名が轟いているというわけではないというわけか!)
ずざざっ、という音と共に僅かに後ろに吹き飛ばされながら、瞬はラート家当主の腕は伊達ではないと理解する。そうして彼が理解したと同時に、彼の背後から再度雄叫びと馬の蹄鉄の音が鳴り響く。
「ふっ」
「ぬ!」
ぶおん、という空振った音と共に、ラート家当主が僅かに目を見開く。背後に詰め寄られている事を察した瞬が飛び上がったのだ。そうして空振った所に、瞬が容赦なく槍を突き出した。
「ぬぅあぁ!」
「む!」
瞬が槍を突き出すと同時。ラート家当主が思い切り身を捩って大太刀を引き戻し、瞬の槍を弾き飛ばす。そうして空中で僅かに姿勢を崩した瞬へと、ラート家当主が大太刀を翻した。
「ちっ」
仕方がない。そう判断した瞬は虚空を蹴ると、そのままその場を離脱する。その一方でラート家当主は馬の頭を翻して、再度瞬を正面に捉える。
「おぉおおおお!」
瞬を正面に捉えたラート家当主が雄叫びを上げ、再度黄金の巨大な馬の腹を蹴って突撃させる。それを見て、着地した瞬は僅かに顔を顰める。
(軍馬は魔力による障壁が凄まじいとは聞いた事があったが……なるほど。これは確かに凄まじい)
この黄金の巨大な馬はどれほどの体重があるのだろうか。瞬はおそらく自分が見知ったサラブレッドなぞ子馬なのではないかと思うほどの巨大な体躯を持つ馬を見てそんな事を思う。
とはいえ、それは無意味な考察ではない。繰り出されるタックルの威力はその体重に比例する。そこに魔力が纏わるのだ。もはや小型のトラックもかくやという巨体から繰り出されるタックルの威力なぞ、人一人簡単に破砕してしまえるほどだろう。というわけで、瞬は正面衝突は絶対回避と判断する。
「むぅ!?」
ばちんっ、という音と共に消えた瞬に、ラート家の当主が僅かに刮目する。とはいえ、さすが武名を轟かせ、今回の反乱においてもっとも危険な勢力と目されるラート家の当主ではない。瞬の動きを追えていたようだ。
「はぁ!」
「む!」
ラート家背後に回り込んでいた瞬であったが、自身の消失とほぼ同時に馬上で身を翻したラート家当主の繰り出す大太刀にこちらも思わず刮目する。そうして瞬の槍の穂先と大太刀が激突。瞬が大きく吹き飛ばされる事になる。
「とっ……ふっ」
僅かに地面を滑りながらも停止した瞬であるが、その直後には再度地面を蹴って即座に前に飛び出す。その一方でラート家の当主は黄金の巨大な馬の頭を翻して、再度瞬を正面に捉える。が、そんな彼も瞬がすでに自身の目の前にまで現れていた事には思わず目を見開くしかなかった。
「見事!」
「はぁあああああ!」
ぎぎぎぎぎん。無数の剣戟の音が繰り広げられる。ただでさえ馬上の不安定な状況のはずなのだ。にも関わらず、ラート家の当主は瞬の連撃に対応しきっていた。
『ほぉ……見事だな。ここまでの巨躯にも関わらず動きの機敏さは失われていないか。何十年と馬上で過ごした者の動きだ』
『譲らんぞ』
『構わん。別に欲しいほどの相手ではない……これが四騎士やカイト相手であれば考えるがな。ああ、それとカイトと戦闘力は劣るが同格と言われる八英傑なる者たちか。あれであれば奪おうか』
からからから。酒呑童子は瞬の中からそんな笑い声を上げる。やはり戦国乱世だ。この世界には彼の食指を動かす猛者は多かったようだ。と、その一方の瞬とラート家の当主の戦いであるが、やはりこのままでは千日手とお互い察したらしい。一旦仕切り直し、とばかりにお互いが息を合わせたかのように強撃を放つ。
「「はぁ!」」
がぁんっ。巨大な轟音と衝撃波が生まれて、両者――ラート家当主に至っては乗っている馬ごと――大きく吹き飛ばされる。そうして一旦の睨み合いとなるわけであるが、そこでラート家の当主が上機嫌に告げた。
「策を弄する軟弱者ばかりと思っていたが……まさかかの勇者なる男以外にもここまでの猛者が居たとは」
「光栄だ……そちらこそまさか馬上にも関わらず俺の連撃についてくる事が出来るとは」
「ははははは! 小僧、年の頃は」
「18……ぐらいだ。色々とあってな。詳しくはわからん。もう少し行っているかもしれん」
「そうか……ははは。どうにせよ小僧の生きてきたほどの年月を俺は馬の上で過ごしている。この程度で討ち取れると思うな」
色々とあって、の色々とを流石にラート家当主も3つの世界を行き来してとは思わないだろう。単にこの戦国乱世の時代からあまりわからなくなってしまったのだと思ったらしい。再度気迫を漲らせながら楽しげに笑っていた。が、そんな彼は少しだけ残念そうに嘆息した。
「にしても18……惜しい。あれより2つ3つ下か。あれに貴様ほどの才があれば」
あれというのはおそらくラート家の嫡男の事だろう。瞬はこの状況から考えて、そう判断する。まぁ、地球でもエネフィアでも有数の槍の才能を有していると言われる瞬なのだ。ラート家当主がそれと比較して自身の息子の腕の無さを嘆いたとしても、不思議はないことであった。と、そんなラート家の当主が突拍子もない事を口にする。
「どうだ、小僧。俺の息子になる気はないか」
「断る。生憎学ぶべき師も共に目指すべき道を歩む仲間も居る身だ。裏切る気はない」
「ぷっ! 即断か! その意気や良し! ならば!」
「応っ!」
問答はここで終わり。元々はお互いの呼吸や間合いを測る最中で起きた幕間のようなものだ。というわけで再び地面を踏みしめる。そうして、直後。黄金の巨大な馬は地面を打ち砕くほどの勢いで。瞬は一切の土煙を上げる事なく地面を蹴る。
「「おぉおおおおお!」」
幾度かになる雄叫びが戦場の中央で響き渡り、槍と大太刀が激突する。そして槍と大太刀に込められた強大な魔力が周囲を吹き飛ばしていく。そうして十数秒。当人達にしかわからないほどに僅かに、趨勢が傾いた。
「おぉおおおおお!」
「ぬ、ぬぅ!」
この押し合いであるが、勝利したのは瞬であった。そうして僅かに押され始めたのをきっかけとして、ラート家当主の顔には苦悶が滲んでいく。とはいえ、それで敗北が確定するわけではない。ラート家の当主は死力を尽くし、全身から魔力を放って瞬を強引に吹き飛ばす。
「ぐっ!」
僅かに吹き飛ばされた瞬であるが、即座に虚空に足を付けて停止。その衝撃を利用して全身をバネのようにして、跳躍するような姿勢で再度の強襲を狙う。そうして最初のスタートよりはるかに速い速度で跳んだ瞬であるが、彼が叩きつけるように振り下ろした槍は地面を砕くに留まった。
「はっ!」
総身から魔力を放つ事でその場を逃れていたラート家の当主であるが、流石にこのまま追撃しても自身の苦境は避けられまいと思ったようだ。黄金の巨大な馬の腹を蹴って即座に背後に飛ばせていた。
そうして黄金の巨大な馬はその勢いを利用して地面を大きく踏みしめると、こちらもまた最初とは比べ物にならないほどの速度で着地したばかりの瞬へと突進を仕掛ける。
「っ」
これは押し負ける。瞬は敵の突撃の勢いからそれを理解する。そして自身の持つ手札を即座に頭に並べ、次の一手を導き出す。
「はっ!」
だんっ、と地面を蹴って背後に飛びながら、同時に自身が今まで立っていた場所付近に向けて使い捨てのナイフを投げ放つ。それには彼が練習で刻んだ土のルーンが刻まれており、地面に落着すると同時に彼の意思を受けて無数の礫を上へと発射する。
「っ! どうどうっ!」
流石に黄金の巨大な馬とはいえ、魔力を纏った石礫が吹き上げてきては嫌だったらしい。思わずのけぞって踵を返そうとする。が、これにラート家当主は強引に押し留め、地面に展開された土のルーンの刻まれたナイフを黄金の巨大な馬の蹄鉄に魔力を纏わせて踏み砕いて押し通る。
「っ」
消えた。一瞬だけ視線が外れた瞬間に見失った瞬に、ラート家当主は気配を探る。そうして彼は大きく上を見上げる。
「上か!」
「おぉおおお!」
元々瞬としてもバレても良いつもりでやっていた。なので十分な高度にまで到達すると雄叫びを上げて大きく海老反りになると総身の魔力を槍に収束させる。
「くっ……これは」
おそらく自分を殺すに十分な威力が槍に乗せられている。ラート家当主は上空の瞬の槍に収束する魔力にそう理解する。しかも瞬ほどの実力者が放つ渾身の投擲だ。この距離で自身が避けられるかどうかは微妙とも理解したようだ。そしてそうであるなら、とラート家当主は判断した。
「行くぞ、アウルム!」
ラート家当主の号令を受けて、黄金の巨大な馬もまた大きく嘶きを上げて応ずる。そうして両者の魔力が一つに交わると、黄金の巨大な馬が地面をも打ち砕いて跳躍。更に虚空を蹴って瞬へと駆け上る。
「おぉおおおお!」
「っ」
来るか。雄叫びを上げながらこちらへと肉薄してくるラート家当主をしっかりと見据える。そうして彼の槍に雷と炎が渦巻いて収束すると、彼は容赦なくそれを振り下ろした。
「はぁ!」
「おぉおおおお!」
炎と雷。騎兵と騎馬。その4つの力が刹那、激突する。そうして、数瞬。真昼の太陽を思わせるほどの閃光が、明け方の草原を照らし出す。
「みご……と……」
勝者は瞬であった。が、ラート家当主とその愛馬もまたさすがという所であり、既の所で即死は避けられたようだ。そうして瞬の放った槍が右肩に深々と突き刺さったラート家の当主は自らの愛馬からずるりと落下していき、その光景を目の当たりにしたラート家の兵士達は自分達の敗北を理解。各所で起きていた乱戦は終わりを迎えていく事になるのだった。
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