第3139話 はるかな過去編 ――作戦開始――
『時空流異門』と呼ばれる現象に巻き込まれ、数百年前のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまっていたソラ達。そんな彼らはこの時代に存在していた過去世のカイトと会合。騎士として彼が仕えるシンフォニア王国という王国からの支援を貰いながら、冒険者としての活動を開始させていた。
というわけで冒険者としての活動を重ねている最中にカイトの負傷とそれをきっかけとした彼を疎む者たちによる暗躍を知らされると、一同はその阻止に向けて動く事になっていた。
そうしてソラ達がやって来たのは一年ほど前にカイトが制圧したメハラ地方という小競り合いの絶えない地で、一同はそこで反乱を起こした豪族達の制圧を行うべく行動を開始していた。
「ふぅ……うむ。君達の言っていた通り、夜の内に到着出来そうだ」
「は、はぁ……」
「ん? なにか不思議な事でもあるかな?」
冒険者さながらの身のこなしで地下洞窟の不安定な足場を越えていくロレインに、ソラは驚きを隠せなかったらしい。とはいえ、そんな彼の驚きはロレインも理解出来ていたようだ。
「この時代だ。一度戦線に出れば本陣まで攻め込まれるのは珍しい話ではない。護衛も十分に用意はしているがね。それでも、決して油断出来る状況ではない……守られるだけ。逃げるだけが能であっては困るのだよ」
「そんな滅多な事があるんですか?」
「魔族というのは非常に厄介でね……これでも中位の魔族ぐらいなら単独でどうにかはしてしまえるぐらいの腕はあるさ。まぁ、ここまで武芸の腕を鍛えている王族はシンフォニア王国ぐらいなものだろうけれども」
ソラの問いかけに対して、ロレインは若干のため息を滲ませる。実際、シンフォニア王国で冒険者でも上位層に匹敵する腕を持つ王族の比率はこの大陸でも有数らしかった。
「ま、普通に寝ていたはずが目覚めてみれば一年経過していた、なんて悪夢にも程がある。あれ以来、シンフォニア王国では王侯貴族もある程度の武芸の腕が求められるようになってしまったのさ」
「中位の魔族を倒せるのって、ある程度じゃない気がしますが」
「あははは。いや、全くだ。妹やカイトの鍛錬に付き合っているとここまで引き上げられてしまった。ま、おかげで一人で大抵の貴族なら制圧出来るようにもなったから便利で良いんだがね」
「頼みますから、もうやらないでくださいよ。あれは心底肝が冷えた」
「やる時はきちんと作戦を練った上でやるから大丈夫だ」
心底呆れ返る様子の護衛の騎士の一人の言葉に、ロレインはどこ吹く風だ。とはいえ策略家でもある彼女だ。無策でやっているわけではないだろうから、それが最善策だったというわけなのだろう。
「兎にも角にもそういうわけでね。今回だって本当ならもっと人員を送り込むべきなのだろうが……その大半が私の護衛というわけのわからない事になりかねない。私が力を有する、という事だけでかなり手札は増えるものさ」
「はぁ……」
「実感がないか? 未来でのカイトはどうなのだね」
「あー……たしかにあいつも単騎で攻め落としたとか言ってますね……」
よく考えればカイトこそそのトップでありながら絶大な力を手に入れた存在だ。そしてその結果、彼が単独で動けるという普通に考えればありえない選択肢さえ彼やティナの中に選択肢として存在してしまっている。そしてそんなものは普通に考えれば取れる手ではない。意表を突く手札として十分に有効だった。
「そういうことさ……よっと」
この様子ならロレインさんは道中大丈夫かな。ソラは亀裂を軽々飛び越えた彼女を見てそう思う。本当に精兵達とさして変わらぬ身体能力を有している様子で、手助けなぞ一切必要ない様子だった。というわけでこちらに問題ないだろうと判断した彼は通信機を起動する。
「先輩。そっちどうですか?」
『問題ない……やはり魔物などは発生し得ないようだ。また崩落しているという事もない。このまま進めるだろう』
「了解っす」
やはり100人単位で行動しているのだ。ソラと瞬が一緒、というのは効率が悪いと考え瞬が先導役。ソラはロレインと行動を共にしてなにかがあった場合にそれを瞬に伝達する調整役を担う事にしていたのであった。というわけで、そんな瞬と共に先陣を切る形で進んでいたおやっさんから話があったらしい。通信機の先で彼の声が聞こえてきた。
『ソラ。ロレイン様は一緒だな?』
「ああ、一緒だ……何かあったか?」
『へい……街に居る連中からの報告です。厳戒態勢の度合いが昨日より上がってる、と』
「……やはり襲撃が近い事は向こうも悟ったか」
この様子だと明日は更に厳戒態勢になっているだろう。ロレインは豪族達がこちらの別働隊が直接自分達を狙いに来る事を悟ったようだ。それに合わせるように動いている様子だった。
『どうします?』
「いや、作戦はそのまま決行する。外の兵士達もある程度の撹乱は出来るようになっているし、御三家さえ仕留めてしまえば他は烏合の衆。降伏を選択するだろう」
『了解です』
御三家。それはロレイン達が最後までシンフォニア王国に降伏せず、そして今回の反乱でも主導的役割を果たした豪族の3つを指してそう揶揄したのである。この3つは先に言われている通り当主の死罪は確定しており、今回の反乱でも最大勢力と目されている所であった。
「ソラくん……どうやら失敗は出来そうにないぞ」
「責任重大ですね」
「ああ……御三家の一つラート家。特に武闘派の一つで、ここを潰さない事には反乱は終わらない。是が非でも、当主をなんとかしてくれ」
僅かに緊張を滲ませるソラに、ロレインはそう言って笑う。街の警備を任されているように、ラート家も御三家の一つだった。というわけで、一同はこれ以上警備が厳重になる前に、と夜を徹して地下洞窟を進み続けるのだった。
さて一同が地下洞窟へと潜入して数時間。真夜中に出発した一同であったが、街の下にまで到着した段階ではまだ外は暗かった。
「ここが終点か……なるほど。元々は地下水路のメンテナンス用の通路という所かな」
「わかるんですか?」
「いや、単なる勘だ……さて。アルダート。外の状況は?」
「やはりかなり厳戒態勢、って感じみたいですね。スカウトを一人走らせて状況を確認させてますが、真上もほぼひっきりなしに巡回の兵士が居るって塩梅です」
ロレインの問いかけにおやっさんは上の状況を報告する。というわけで、状況はあまり芳しくない様子ではあったらしい。報告を受けたロレインの顔は渋かった。
「ふむ……できればもう少し警戒が楽であればと思うんだが……」
「陽動でも出しやすか?」
「可能か?」
「この地下水路の入り口にかなりの数の兵士が屯してるって話なら、そこに裏から奇襲を掛ければ良い。ちょうどやっこさんら、こっちの襲撃を警戒してる。蜂の巣を突っついたように出てきてくれるでしょうぜ。特にこの水路はかなり入り組んでいて、夜って事も相まって外に居るだろう連中だけでなんとかなるとは思えない。その分、豪族共の周囲の守りも固められるでしょうが……」
この作戦は一長一短という所か。ロレインはおやっさんの提案に対してそう思う。そして幸い考える時間ならある程度はあった。というわけで、少しの相談の後。おやっさんの提案は承認される事になる。
「じゃあ、頼んだぞ」
「「「はっ」」」
ロレインの指示を受けた冒険者達が、レンガの扉を通り抜けて地下水路へと散っていく。敢えて各方面で見つかる事でかなりの大人数がすでに地下水路に入り込んでいる――実際事実だが――風を装って、こちらに豪族達の戦力を差し向けさせようという判断だった。そうして待つこと三十分ほど。地下水路の各所で大声が響き渡る。
「始まったか……では、我々も行動開始だ」
「「「はっ」」」
声のボリュームを落としたロレインの号令に、一同が小さく応ずる。そうして陽動のスカウト達の行動開始と共に、シンフォニア王国別働隊は闇夜に紛れて街への潜入を果たすのだった。
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