第3132話 はるかな過去編 ――湖の上で――
『時空流異門』。異なる時間、異なる空間に飛ばされてしまうという非常に稀な異常現象。それに巻き込まれたソラ達が飛ばされたのは、数百年も昔のセレスティア達の世界であった。その世界では魔族達の暗躍により戦国乱世と言える時代になっている状況だった。
そんな世界で貴族達の暗躍を察知しその阻止に向けて動く事になった一同は、貴族達と内応していたメハラ地方という一年ほど前に過去世のカイトが制圧した地方の豪族達を鎮圧するべく潜伏する事になっていた。
というわけで、豪族達が集まる街に潜入したソラと瞬の二人は先行して潜入していた密偵達から受け取った情報を元に地下水路と地下水脈の調査に赴いていた。
「遠目に見た以上にデカいっすね……これ、向こうが見えないな……」
「ふむ……だがそれは逆説的に言えばこちらが潜入するのに見つかりにくい、という事でもあるんじゃないか?」
「そうっすね。これだけ広いと巡回の兵士も全域は見通せない。間違いなく死角は大量にあるでしょうね」
二人が潜伏した街の近くにある湖の広さであるが、詳しくは二人にはわからなかったものの少なくとも対岸が目視できるような小さいサイズではなかった。
やろうとすれば数十キロ先も見通せる瞬の目で見通せないので、その広さは相当なものと考えて良さそうだった。そんな湖の湖畔で二人は冒険者としての依頼に扮して、巡回の兵士達の状況を偵察していた。
「水は……かなり綺麗そうだな」
「見た感じは、ですけどね。何が潜んでる事やら」
「ははは……一応そこらの対策はした上で潜るべきだろうな」
「っすね」
ここは衛生環境がさほど良くない時代だ。大腸菌などの細菌類に始まり、寄生虫など何が潜んでいるかわからない。飛び込むなら飛び込むなりに色々と対策はせねばならなかった。というわけで二人は潜水に備えた準備運動をしながら、そこらの魔術を色々と展開する。
「寄生虫に細菌類の対策は良し……ここで腹を下したら笑い話にもならんからな」
「あはは……良し。こっち大丈夫です」
「俺もだ……とりあえず潜るか」
ただでさえ見通しが非常に良いのだ。あまり湖畔でうろちょろとしていたら巡回の兵士達が怪しんで尋問されかねない。面倒は避けたい二人としては、さっさと潜って視線を外したい所だった。というわけで諸々の対策が終わったと同時に、二人は湖の上へと足を踏み入れる。
「っと……大丈夫だな」
「こっちも……大丈夫っす」
「今更だがフルプレートのアーマーで湖の上に立つのは相当ファンタジーだな」
「本当に今更っすね……なんだったらこれで空飛ん出るってのに」
「いや全くだ」
何を本当に今更な事を言っているんだろう。瞬は自分で言ってそう思ったらしい。そうして湖の上へ足を踏み出した二人はそのまま水を蹴って街から離れていく。
「とりあえず湖底を調べたい所だが……」
「その前にどれだけ離れた方が良いか調べた方が良いでしょうね……まだピッタリ張り付いてる」
「当然か」
冒険者というのは一番警戒される職業だ。それが街の外に出て湖で仕事をするというのだから、警戒されないはずがない。というわけで二人の後ろには豪族達の手勢と思しき兵士がピッタリと張り付いて動いているのであった。
とはいえ、だ。この時代でもかなり高位層に位置する冒険者の二人に追従できるほど高い能力を持っている兵士は非常に稀。尾行を撒くのは難しくなさそうであった。
「……む」
「どうしました?」
「どうやら一筋縄ではいきそうにないらしい……くるぞ!」
「っ!」
そういうことか。ソラは瞬の声掛けで自分達の真下からなにかが来る事を察知する。そうしてその数瞬後のことだ。まるで二人纏めて丸呑みにでもしようとしているかのような巨大な口が二人を襲う。
「っと! ソラ!」
「大丈夫っす!」
水中から現れたのは十数メートルはあろうかという巨大な魚のような魔物だ。その口から瞬は飛び退き問題なかったのだが、ソラの方はどうやら敢えて真正面から受け止めていたらしい。障壁で弾かれて宙を舞っていた。そうして、巨大な魚のような魔物が水しぶきを上げて再び水中に潜っていく。
「……逃げた、わけではなさそうだな」
「多分……まだ音はしてますし」
ごぽごぽごぽ。そんな音を立てながら水中の深い所を泳ぐ魚の魔物に対して、二人は聴覚を頼りに場所を導き出す。そうして二人が意識を凝らして数秒。猛烈な勢いで二人の真横から襲いかかってきた。
「こっちか!」
「よっせいっと! まだ水中には潜りたくないんだよ!」
軽やかな動きでその場を飛び退いて回避する瞬に対して、ソラはここが水の上である事も相まって下手に避けずに受け流したり受け止めたりする事を選択したようだ。障壁を球状にして上を滑らせていた。
『ソラ! 一つ頼めるか!?』
『なんっすか!?』
『少し後ろの奴らに目に物見せてやろうとな!』
『なるほど! 了解っす!』
今の戦闘は言うまでもなく二人が意図したものではない。なので尾行の兵士達としても若干どうするか戸惑いが見て取れており、それならそれでそれを利用しようと考えたのだ。というわけでその意図を理解したソラは即座に作戦を導き出す。
「先輩! 一旦引いて動きを制限しましょう!」
「わかった! 正面から、か!」
「そういうことっす!」
水中から来られてはどこから来るかわからない。であれば考えるべきなのは、敵が来る方向を制限して戦えるようにする事だ。というわけで二人は敢えて尾行に気付いていないフリをしながら、一旦後ろに引いて巨大な魚の魔物の攻撃の方向を制限する事にする。
『『『っ!』』』
こっちに来るぞ。二人を尾行していた兵士達は二人が引いたのを見て、僅かに驚いたような様子を露わにする。とはいえ、彼らからしても巻き込まれたくはない。そしてどれだけ引くつもりなのかはわからないのだ。もちろん水中に逃げるわけにもいかない以上、大きく距離を取るしか手は残っていなかった。
『思った通りかなり距離を取りましたね』
『ああ……後はこいつをなんとかするだけだが』
『打ち上げますんで、なんとかできますか?』
『わかった。打ち上げた後に俺が追撃して更に上に吹き飛ばすから、お前が仕留めてくれ。距離を更に大きく取ろう。これなら基本に則った形だから、兵士達としても偶然か意図的かわからないはずだ』
『了解っす』
どうせならなるべくバレずに撒きたい所ではあるのだ。ならばなるべくは自然に距離を離しておきたい所だった。というわけで作戦を決めた二人は敢えて一度だけ様子を見る風を装う。
「良し……予想通りに来ますね」
「ああ……なら」
「うっす」
ずざざざざ、と大きな水音を立てながら迫りくる巨大な魚の魔物を二人は正面から狙い澄ます。そうして数秒後。二人を正面から狙うように、巨大な魚の魔物が水中から大きく飛び上がった。
「っ!」
ぎぃん。ソラの障壁と巨大な魚の魔物が激突する。そうしてそれをソラが受け止めると、その柔らかな腹めがけて瞬が蹴りを叩き込んで僅かに浮かび上がらせる。
「はぁ! ソラ!」
「うっす!」
「行けそうか!?」
「問題ないっす! じゃあ、後は手はず通り!」
「ああ!」
とりあえず正面からの衝突に対しては問題なさそうだ。ソラは今の一撃から巨大な魚の魔物の最大値をおおよそ割り出すと、まだ鎧の力を使わなくても問題ないだろうと判断する。というわけで、二人は今度は先に来た方向。つまり先に進む向きで駆け抜けて距離を取る。
『この向きだと、向こうも動くに動きにくいみたいっすね』
『ああ……なると』
今自分達が向いているのはちょうど街の方角。尾行の兵士達が居る方向だ。となると距離を離しても尾行の兵士達はバレるわけにはいかない以上、隠れるしかない。
しかもこちらの方向から魔物が来る以上、尾行の兵士達はこの動きを怪しんでも明確におかしいと言う事もできないのだ。というわけで二人は尾行の兵士達を牽制しながら再び水しぶきを上げて浮かび上がった背びれを見る。
「ふぅ……」
「やれるな?」
「問題ないっす……敵の動きを利用して斜め後ろ上方向に投げます。その後頼めます?」
「問題ない。やろう」
「了解っす」
尾行の兵士達への対策も考えた。後は巨大な魚の魔物をなんとかするだけだ。というわけでソラはしっかりと水面を踏みしめると、猛烈な勢いで迫りくる巨大な魚の魔物を見据える。そうして数秒後。ざばんっ、という大きな音を上げて巨大な魚の魔物が飛び上がる。
「おぉおおおおお!」
がぁん、という大音と共に自身の障壁に激突した巨大な魚の魔物を、ソラは水面を踏みしめ雄叫びを上げて持ち上げる。そうしてまるで背負い投げのように、斜め後ろ上方へと放り投げる。
「はぁ!」
空中へと浮かび上がった巨大な魚の魔物へと今度は瞬が水面を蹴って空中へと舞い上がる。そうして紫電を纏って一気に肉薄すると、その腹めがけて思い切り蹴り上げるような形で飛び蹴りを叩き込む。
「良し! ソラ!」
「うっす! <<風よ>>!」
ごうっ、と風を纏うとソラは水面を蹴って瞬が更に上空へと吹き飛ばした巨大な魚の魔物へと肉薄する。そうしてソラが<<偉大なる太陽>>を輝かせる。
「はぁ!」
もう一つの太陽と思えるほどに巨大な閃光と共に剣閃が放たれて、巨大な魚の魔物が真っ二つに両断される。そうして二つに分かれた身体も灼熱の炎に焼かれて消し飛んだ。
「……こんなもんっすね」
「ああ……尾行もかなり遠ざかったな。距離を詰めては……来そうにないな」
戦いが終わった後の冒険者は自分達の戦いで他の魔物が近寄ってこないかかなり気配に注意を配っている。その探知距離がどれほどか、尾行の兵士達はわからないだろう。近寄れるわけがなかった。
「よし……じゃあ、さっさと更に中心に向かうとするか」
「うっす」
今なら魔物が集まってくる前にその場から距離を取る体で速度を上げられるだろう。二人はそう考えると、そのまま一気に尾行を突き放すように速度を上げて湖の中心に向け進んでいくのだった。
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