第3131話 はるかな過去編 ――潜伏――
『時空流異門』と呼ばれる時空間の異常現象に巻き込まれ、数百年も昔のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはそこで紆余曲折の末、過去世のカイトと遭遇する。
そうしてそんな彼の支援を受けながら冒険者としての活動を行っていた一同であるが、その最中。カイトが負傷により治療に専念する事を教えられる。そしてそれと共に彼を疎む貴族達や彼がかつて制圧した地方の豪族達が彼やシンフォニア王族を狙っていると知ると、その阻止に向けて王都の冒険者を取り纏めるおやっさんやシンフォニア王国第一王女のロレインらと共に動く事になる。
というわけで、急遽復活させられたカイトに貴族達の制圧を任せると、一同はロレインと共に一年ほど前に制圧されたとというメハラ地方と呼ばれる地方の豪族達の鎮圧に向けてメハラ地方に潜伏していた。
「ここか……割と良い宿だな」
「多分こういう宿しか空いてなかったんじゃないっすかね。それに今だと色々と安宿には来てるでしょうし」
「なるほど……」
確かにソラの言う通り、こんなご時世だ。戦乱が近いとなると小銭稼ぎにやって来る冒険者は後を絶たないだろう。となるとそういった冒険者が安宿に泊まっているだろう事は想像に難くなかった。
面倒を避ける意味でも、比較的高めの宿に泊まるのは悪い選択ではなかった。というわけで二人に与えられたのは木製の品の良い宿屋だった。そんな部屋に入ると、二人はまず荷物を置くとすぐに次の行動に入る。
「とりあえず詳細な資料とやらを探すか……」
「大丈夫なんっすかね」
「わからんが……大丈夫という事ではあったな」
部屋は当たり前だが二人が来るまで留守で、誰かに入られている可能性は無いではない。が、そこらは向こうがきちんとしてくれているのだと考えるしかなかった。
ちなみに二人は知る由もないが、この部屋を見張れる場所にもシンフォニア王国の密偵が張り付いており、誰かが入ってもわかるようになっているのであった。それはさておき。二人はひとまず先の酒場で手に入れた情報を手に入れる事にする。
「確かベッドの下のマットの裏だったな……どっちだ?」
「さぁ……そっちお願いして良いですか?」
「わかった」
とりあえずベッドマットを持ち上げてみるか。二人はそう考えると、二つあった備え付けのベッドのマットを持ち上げる。するとどうやら瞬が持ち上げた方が正解だったらしい。ベッドマットの下から分厚い手帳が張り付いているのが見つかった。
「これか……よいしょ」
「とりあえず中身精査しないとっすね」
「ああ……っと。これは……地図か? それにこっちは……かなり多そうだな」
先行した密偵達はかなり綿密に情報を手に入れてくれていたらしい。手帳にはかなり書き込まれた地図や誰かからの手紙――しかも相当上質な紙を使った手紙――と思しき資料も挟まれており、長く調査などがされている事が見て取れた。というわけで、二人は一度備え付けの机に手帳やそれに挟まっていた資料一式を広げてみる事にする。
「……手帳は思ったより分厚くなかったな」
「分厚く見えたのは地図やらが挟まってたからっぽいっすね……で、地図は三つ。一つはこの街の全体の地図で、後二つは……なんでしょ。特にこっちはわかんないっすね。こっちは多分この街の地下水脈に関する地図だと思いますけど……」
流石に地図だけで色々と分かるほど甘くはないか。二人はひとまず何かの地図三つを折りたたんでおいて、添付されていた資料を確認する事にする。そうしてわかったのは、今回の暗躍はかなり前から匂っていた様子だという事だった。
「ふむ……これは内通者に向けた情報提供という所……か」
「手帳にもそれっぽい内容が書かれてますね。数ヶ月前にはきな臭い匂いは漂ってたっぽいっすね」
「なら未然に防げそうなものでもあるが……」
「いや、だから今俺らが居るんだと」
「それもそうか」
未然に戦いを防ぐために自分達が潜伏しているのだ。それをソラから指摘されて、瞬が思わず苦笑する。
「それに、今まで放置してたのは多分ロレインさんの意図的なものもあるんでしょうね。そうした方が良いっていう」
「どういうことだ?」
「今回みたいに結構大事になっちまうと、処罰せざるを得ないでしょ? そうなるとシンフォニア王国は公然と豪族達を処罰できる。しかも厳罰で……結果、体制に反抗的な勢力を消せるから安定するってわけっす。おまけに反抗しようとして一つだけで反抗する奴は居ないでしょう。ってなると、反抗的な奴らを一気に消せるっていう寸法っすね」
「……なるほど。この展開は概ねロレインさんの想定通り、というわけなのか」
厳しいようであるが、為政者としてはそれが正しいのだろう。ソラの指摘に瞬はなるほどと思うと共に、同時にこれが政治かとも思う。そうしてそんな彼に、ソラもまた頷いた。
「そういうことでしょうね……下手に長引かせないようにするにはこれが良いんでしょう。実際、メハラ地方だって言われてロレインさんかなり手早かったですし……こういうのを何個も仕掛けてるんでしょうね」
「凄いな」
「ええ」
「ああ、いや。それを読み解いたお前だ。俺も言われればなるほどと納得出来たが、やはりまだまだこういう視点だと及ばんか」
「いや、まぁ……お師匠さんから教えてもらってましたし……トリンとも時間があったらこういった戦略の話とかしてますし」
瞬の掛け値なしの称賛に、ソラは恥ずかしげに視線を逸らす。そんな話を挟みながらも、二人は改めて残されていた資料を精査する。そうして見えたのは、この街に密かに潜り込むには三つのルートがあるという事であった。
「潜入ルートは三つ……二つは地下を使った潜入ルートか」
「もうひとつは内通者を使って装備を調達。兵士に偽装して……ですけどこれはあんまりっすね。出来そうっちゃ出来そうですけど……」
バレた時は面倒くさそうだ。ソラは第三案として用意されていた内通者を利用した計画に対してそう評価を下す。そうして二人は改めて残り二つの潜入ルートを確認する。
「ふむ……街の地下水路を利用するルートと、湖の底にある水脈を利用するルートか」
「湖の底……ねぇ。大丈夫なんっすかね」
「わからん……資料によると、噂レベルになっているので要確認だそうだ。が、だからこそ豪族達も把握し切れていない可能性が非常に高い、とのことだが」
「ふむ……」
豪族達も把握出来ていないルートがあるのならそれは一番ベストだろう。二人は二つのプランの内、こちらの湖底にあるという地下水脈を使うプランを第一案として採用する事にする。
「けど大丈夫っすかね。湖底ってなると潜入するならむちゃくちゃ難易度が高いように思えますけど」
「連れてきているのは精兵だということだ……それぐらいはできる……と思おう」
「あはは……そっすね。じゃあ、明日からはこのルートを偵察ってことで」
「ああ」
とりあえずの指針は定まった。二人はそうと決まれば今日は休む事にするのであるが、調べ物をしている内に時間が程よく潰れた事もあり一度夜の状況を見ておく事にする。そうして見えたのは、やはり昼より夜の方がずっと物々しいという事であった。
「……ふむ。相当警戒は厳重……そうだな」
「夜っすし、何より戦いが近いからっしょうね……夜動くのは無理そうっすね」
「やめておいた方が良いだろう……この雰囲気。先のラエリア内紛での潜入よりずっと物々しい」
比較するならあれの倍は物々しい。瞬は肌身に感じる感覚からそう判断する。とはいえ、あの時潜り込んだ街は前線から程遠い場所だ。それに対してここは豪族達が集まっている一番警備が厳重な場所と言っても良いだろう。物々しさが段違いなのも当然だった。
「なんとか一日で踏破できれば良いが」
「そこは……祈るしかないんでしょうね」
夜にこの状況下の街を通り抜けたくはない。二人はそう思う。そうして、二人は夜の状況を確認すると明日からの調査に備えてゆっくり休む事にするのだった。
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