第3130話 はるかな過去編 ――潜伏――
『時空流異門』。異なる時間軸。異なる空間に飛ばされてしまうという時空間の異常現象に巻き込まれたソラ達が飛ばされてしまったのは、数百年も昔のセレスティア達の世界であった。そこは戦国乱世の時代であったのだが、幸いな事にその時代には後に八英傑と呼ばれる事になる八人の若き英雄達の一人として過去世のカイトが名を残した時代でもあった。
というわけで、そんな彼からの支援を貰って冒険者としての活動を開始させる一同であったが、そのカイト当人が魔族との交戦により負傷。行動不能に陥る事になる。
それを受けて暗躍を開始した貴族達や彼の攻め滅ぼされた地方の豪族達を阻止するべく、ソラ達はシンフォニア王族や王都を中心とする冒険者達と足並みを揃えて行動を開始。一同はメハラ地方という一年ほど前にカイトを中心としたシンフォニア王国軍が制圧した地方の豪族を制圧するべく、メハラ地方に潜伏していた。
「ふむ……」
おやっさんからの要請を受けて、豪族達が集まっているという湖畔の街にやって来たソラと瞬であるが、二人は出入りの前に入念な審査を受けていた。
といってもこの審査に必要な書類はすでにシンフォニア王国側に密かに降伏を申し出た豪族の一人が用意したもので、入場に際しても打ち合わせがされた上での事だった。なので入念な審査はあくまでもポーズ。していると見せているだけで、持ち込んだ武器への封印措置などもかなりおざなりだった。
「……通って良いぞ」
「ありがとうございます」
「……次」
一瞬だけ、門番の兵士がソラと瞬を一瞥する。が、それで終わりだ。兵士はまるで興味もないかのように列に並んだ次の検査待ちの人物の検査へと回る。
「随分あっさり行けたな」
「行けた、っていうよりも上からの命令であっさりにしたんでしょうね。賄賂とか色々まかり通ってるみたいですし……」
瞬と同じく後ろを見て自分達の後ろに並んでいた商人らしい人物が小さな袋を手渡したのをソラは見逃さなかった。とはいえ、同時に治安の悪化もかなり深刻化しているみたいで、彼らから少し離れた所では怒声が響いているのも聞こえていた。
「まぁ……俺達にとっては幸いという事か」
「そうっすね……とりあえず言われた通り先に入ってる人と合流しましょう」
おやっさんからの指示はまず先行してこの街に来ているというシンフォニア王国の冒険者と合流して、情報を入手。彼らが手に入れた情報をベースに潜入経路を割り出すのが二人の仕事だった。というわけで所定の場所に向かう二人であるが、その道中街を見回して顔を顰める。
「……治安は相当悪そうだな」
「どこもかしこも殺気立ってる……ってな感じっすね。こりゃ確かに男だけで行ってこい、って言うわけっすわ」
入場に際して最初から手配を整えてくれていた上、衛兵達が興味を見せそうにない男冒険者二人だ。変な諍いに巻き込まれなくて済んでいるのだが、ここでセレスティアら美少女と一般的には言われる者を連れてくればどういう面倒が引き起こされるかわかったものではなかった。
「ふむ……兵士達も自身の劣勢がわかっている……という所か」
「やけっぱちになってる風は見えますね……」
今通っているのが大通りだからそこまでの乱暴狼藉は無いみたいだが、これが裏通りになるとどうなることやら。二人は物静かな、しかし決して人気が無いわけではない大通りを通りながらそう思う。
誰もが口を閉ざして殺気立つ兵士達に目をつけられないようにしている。そんな様子が見て取れた。そうしてそんな大通りを抜けて、二人は裏通りと大通りの境目にある酒場の一つに入る。
「らっしゃい。仕事を探してるのか?」
「いや、待ち合わせだ。ダーニッツは居るか?」
「ああ、ダーニッツか。おい、ダーニッツ! 連れが来たぞ!」
「おう、すまねぇな! こっちだ、こっち! 親父! エール追加! あとつまみも良いの見繕ってくれ!」
「あいよ!」
ダーニッツというのが、今回二人が接触するように言われていた冒険者の名前だ。といっても彼以外にも何人もの冒険者やシンフォニア王国の密偵が色々な立場に扮してこの街に入り込んでおり、彼はその一人に過ぎなかった。
「よぉ、瞬。久しぶりだな」
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「おう、お前もな……面倒な起きなかったな?」
「はい」
このダーニッツという冒険者であるが、瞬とは何度かシンフォニア王国の王都の冒険者支部で顔を合わせていた。おやっさんとも古くから付き合いのある冒険者らしく、一度目の魔族の侵攻の折りにおやっさんと共に活躍した古強者の一人との事であった。
「良し……わかると思うが、今はそこまで長々話してられん。手短に伝える事を伝えよう」
ダーニッツはそういうと、周囲を一度だけ見回して状況を確認。誰もこちらに注意を向けていない事を確認すると、二人に折りたたまれた羊皮紙を差し出す。そうして差し出して、彼は声のトーンを殊更落として
「こいつはこの街の地図だ。いいか、よく聞け。ここから南に向かって歩いて二つ四差路を超えた所に、俺が用意した宿がある。詳細な資料やらはそこに置いてるから、そっちを確認しろ。とりあえず今は口頭で話せる事を話すぞ」
「「はい」」
ここでは誰が聞き耳を立てていても不思議はないのだ。なので三人はあくまでも簡単な情報のやり取りに留めるつもりだった。
「まず現状だが、夜はかなり厳重な警備がされている。兵士達は見ての通り、かなり殺気立ってる。行動するなら昼が良いが……昼も裏通りまで目一杯だ。ありゃ、ラート家の兵士だな。ガラが悪い連中が多い」
「ラート家?」
「今回の一件の首謀者の一つだ。カイトにこっ酷く叩きのめされた家の一つで、ナーディ家とは犬猿の仲って噂だ。シンフォニア王国に最も恭順を誓うのが遅かった家でもある」
「嫌々従った……というわけですか」
「そうだな。面従腹背ってのが正しいだろう。で、カイトが動けなくなるのを何回か確認し、虎視眈々と復讐のタイミングを狙ってたってわけだ。動いたのが今、というよりも今回の一件なら動けるようになるまでもう少し時間が必要って踏んだんだろうな」
それもカイトが無理を押して動いたので無駄になっちまったがな。ダーニッツはそう言ってため息を吐く。
「案外知られてないんだよ。あくまで復帰していないのは完全回復してないから、ってだけで実際にゃ動けるってのはな。だからこうやってあいつが復活してない所を狙おうとして、あいつが出てきてほうほうの体で逃げるバカ。魔族達だってあいつの回復中は狙わん」
「そうなんですか?」
「魔族共はどこぞのバカ共より賢い。何度か回復中を狙って返り討ちにされて学習してる。完全復活してなくてもあいつは強いんだよ」
瞬の問いかけに対してダーニッツが楽しげに笑う。そうして笑った彼であったが、すぐに顔を引き締めた。
「っと、そいつは良い。とりあえずこっちのバカ共をなんとかするのが先決だ……で、渡した紙の中に幾つかのルートが書かれている。それを調べてくれ。どれもこれもが表立っては行けないルートばかりで、おそらく道中の道案内が必要になる。頼んだぞ」
「わかりました……そちらはこの後は?」
「この後は引き続き兵士達の状況を探りながら、おやっさんと連携を取る。必要に応じてこっちから接触する」
「わかりました……っと」
「こいつはもし面倒が起きそうな時に使え。ある程度は避けられる」
「……これは」
大きな袋の中に入っていたのは小分けにされた何個かの小さな袋だ。それを少し持ってみると、チャリンとなにか軽めの金属がぶつかる音が小さく鳴る。それで二人はおおよそを察する。
「面倒は起こすな。しゃーない時はしゃーないがな」
「わかりました」
とどのつまり面倒が起きそうな時はこれを渡して面倒を避けろ。賄賂がまかり通るような状況だからこその方策というわけだろう。というわけで、瞬とソラは偽装のために酒場で数杯だけ引っ掛けて指定された宿屋へと向かう事にするのだった。
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