第3128話 はるかな過去編 ――経過――
『時空流異門』。そんな時間と空間の異常現象に巻き込まれ、数百年も昔のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らであったが、その時代は残念な事に戦乱の時代と呼ばれる時代であり、幸運なことにもその時代には同時に後の世に八英傑と呼ばれる事になるカイトが存在している時代でもあった。
というわけで、過去世のカイトとの会合をきっかけとしてシンフォニア王国からの支援を受ける事に成功し元の時代に戻れるまで冒険者としての活動を重ねていた一同であったが、そんな中でカイトが怪我をした事により貴族達が暗躍しているという情報を手に入れる事になる。
そうして王都の冒険者を率いるおやっさんやシンフォニア王族をバックにその阻止に動き出した一同であったが、今はかつてカイトが制圧したメハラ地方の豪族達の制圧に向けてメハラ地方へと潜入していた。というわけで、メハラ地方に潜伏を開始して数日。ロレインの所には続々と報告が入ってきていた。
「ロレイン様。敵情視察の報告が参りました」
「そうか……状況としては?」
「敵の兵力はおよそ五千。更にメハラ地方の境に現在三千。現在も集結中である事を想定すると、おそらく総勢で二万ほどになるかと」
「存外少ないな……元々様子見だった兵力が事の露呈を察知して逃げたと仮定しても若干少ない」
先の戦いで方方を鎮圧して回ったロレインであるが、そうであるがゆえに彼女はまずは兵員の規模などを調査して回っていた。そこから考えてこの数はかなり少ないように思えたのである。
「アマルくん。君から見てこの数はどう思う?」
「おそらくマタル家が動いていないのだと思います。あそこにとってしてみればここで大々的に動くより、母の伝手を頼みにその後に備えた方がよほど良い」
「なるほど……たしかにマタル家が動いていないのだとすると、かなり動きは鈍くなりそうだな」
マタル家というのは現在のナーディ家当主の妻。つまりアマルの母方の実家だ。今回の動きにも何かしらの理由で関わっているらしいのであるが、主体的に関わるつもりはないらしいというのが現在時点の情報だ。
であるのならここで敢えて遅々として動かない事でシンフォニア王国側に嫌々従わされているというポーズを見せて、後でナーディ家に仲介して貰って処罰をなるべく軽くして貰おうと考えたとしても不思議はなかった。と、そんな事を話していると、だ。再び兵士が会議室に駆け込んできた。
「ロレイン様。ナーディ家より使者が」
「通してくれ」
「はっ」
ロレインの許可を得ると共に、入ってきた兵士が一つ頷いて後ろに指示を送る。すると一人の使者がやって来て、腰を折った。そしてどうやら、その人物はアマルの知っている人物だったらしい。
「スタラ。どうしたんだ」
「知り合いかね」
「は、はい……父の最側近の一人。スタラという者です」
「スタラです。お見知り置きを」
「わかった……時間は限られる。単刀直入に頼めるか?」
「かしこまりました。こちらを、と」
「確かに……確認しても?」
「お願い致します」
どうやら最側近が伝令に走らされるというぐらいには重要な書類らしい。ロレインは差し出された書類を確認する。そうしてすぐに彼女の顔が険しくなった。
「ふむ……今しがた話していた所ではあったが」
「どうか、ご賢察頂きたく」
「わかった……一つ聞くがね。この書類が偽物でない証明は?」
これは試されているか。スタラという老人はロレインの問いかけに対してそう判断する。そもそもロレインはこの書類が偽物でない、偽りの報告でない事を理解している。それは彼女の顔からも明らかであった。というわけで、嘘ではないと判断できる理由をスタラは口にした。
「もしこの書状が偽物であった場合、ナーディ家は終わりと言わざるを得ないでしょう。そしてそんな愚を犯す家をシンフォニア王国が支援した、という事になりますな」
「そうだな……それこそウチからしてみればメハラ地方なぞ別にナーディ家無しでも統一できる些細な事に過ぎん。裏切ればどうなるか……それは君達が一番良く理解しているはずだからね」
もしこの書類が偽物であった場合、ロレイン達は一巻の終わり。ただしその場合、ナーディ家次期当主であるアマルも一緒に死ぬ事になる。
しかもその先に待っているのはシンフォニア王国が率いる大戦力との戦争だ。もちろんカイトや四騎士も出てくるだろう。その武力を背景にしなければメハラ地方を統一出来なかった以上、そんな事をしてしまう事が如何にナーディ家にとって自殺行為かは彼らこそが一番わかっているはずだった。
「助かった。情報は一つでも多い方が良い」
「ありがとうございます」
「ああ……すぐに返答の書状を作らせる。しばらく待っておいてくれ」
「かしこまりました」
ロレインの言葉を受けて、スタラがその場を後にする。そうして、彼女は今まで待っていたアマルら会議の参加者達に今の書類についてを開示した。
「アマルくん。君の見立てが正解だったようだ。今しがた君のお父上を介して、マタル家が降伏したいという申し出を寄越してきた。ついでになぜこんな事をしたのか、というのも察して欲しいといろいろと書き連ねていたがね」
「では」
「受け入れよう。もちろん、処罰無しとは思っていないだろうが。ま、調べられてバレるより良いと自分から明かしたあたり、自分が助かるなら何でもする、という状態なのだろうね」
崩壊が始まったな。ロレインは敗軍が見えた事によって始まった裏切りの連鎖にほくそ笑む。マタル家が一番早かったのは裏切った後に自分達が助かる方策があったからだ。そして暗躍に参加したのもそれ故だと理解するには十分だった。そしてアマルもそれは理解している様子だった。
「そうですか……母としても命と家さえ無事であれば異論は無いかと」
「そう言ってくれて助かる。そのようにするしね」
なにかがあっても自分が説得する。アマルの言葉の裏に潜むそんな意図を理解していればこそ、ロレインはそう告げるだけだ。そうして彼女は近くに待機していた兵士に一つ目配せをして先程のスタラを尾行させると、今の書類を再び精査する。
「それで兵員だが……やはりここで大規模な動員は全員渋っているみたいだな。当たり前か。シンフォニア王国と総力戦なぞできる兵力は残っていないのだからな……二万……一万五千が関の山か」
二万で少ないと思っていたロレインであるが、実態としてはかなり烏合の衆に近かったらしい。更に少なくなりそうな現状に過大評価し過ぎた、と自身の判断を少しだけ諌めていた。
「そこまで減りますかね」
「見てくれだけは二万まで行けるだろう。が、動くか否かであればそれが限度だ……そこまで動くかどうかも微妙だな。虎の子たる騎兵を動かす家がどれだけあるか、という所でもある」
メハラ地方は騎兵が草原が多いので有名な地方とは元々言われている。が、それ故にこそ各家にとって騎兵は虎の子だ。その虎の子を敗戦濃厚なこの一戦に出すかと言われるとかなり微妙だろう。あるとするとここで討ち死に上等な家だけだろうが、それもどれだけあることやら、という所であった。
「良し。敵の本拠地もおおよそは掴めた。となると……」
「俺達の出番……ですな」
「頼まれてくれるな?」
「もちろんです」
ロレインの問いかけに、おやっさんが牙を剥く。どうやら来る戦いに向けてやる気は十分という所らしい。というわけで、それからしばらくの間冒険者達を中心とした部隊が動いて、敵の本拠地の情報収集に奔走する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




