第3122話 はるかな過去編 ――あらまし――
『時空流異門』と呼ばれる時空間の異常現象に巻き込まれ、はるか数百年も昔のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。その時代には幸いな事に後に、後に八英傑と呼ばれる八人の英雄の一人として名を残す過去世のカイトが存在していた。
というわけで彼やその配下の騎士達、そして彼を庇護するシンフォニア王国の支援を受けながらも冒険者としての活動を開始させるソラ達であったが、カイトとその幼馴染にしてレジディア王国の王太子レックスが強大な魔族との交戦により負傷。療養するという事態が起きる事になる。
そしてそれを好機到来とカイトを疎む貴族達やシンフォニア王国に制圧された地域の豪族達による暗躍を察知すると、ソラ達はそれを阻止するべく行動を開始。今はロレインから呼び出され彼女の住まう王城北東の棟へとやって来ていた。
「さて……まずさっきも言ったが、エクウス家はやはりやりたくてやっているわけではなかった。私が来たと同時にすべてを悟ったようだ。如何なる厳罰も覚悟している、と当主自ら頭を下げて出迎えたよ。隣でインペトゥス卿が間抜けヅラを晒していたがね。あれは割りと見ものだった」
「……」
「ああ、安心してくれ。確かに処罰はするが……エクウス家をあまり厳しく罰するとこちらが損だからね。敵を利する事を考えれば、ある程度は温情を掛けるつもりさ。それについても帳尻を合わせるようには出来るようにするつもりだしね」
やったことはやった事として処罰は仕方がないが、お家取り潰しなどの厳罰は考えていないらしい。とはいえ、これは彼らの機動力を考えれば当然といえる判断ではあったのだろう。
「それで何があったかなんだが……エクウス家の当主の息子が最近成婚してね。後は輿入れだけ、という段階だった。これは我々も知っていたんだが……何より次期エクウス家の当主だからね」
「それがメハラ地方の出身だった……と?」
「出身か否かであればそうだ、と言って良い。政略結婚であるが、当人達は古くからの知り合いだ。彼らの縁があればこそ、メハラ地方の統一はなし得たと言って良い」
後にロレインからソラが聞く事になるのだが、このエクウス家の婚姻に関してはシンフォニア王国としてもかなり肝いりで行ったものだったらしい。とはいえ、こう聞くとまるでそれを逆手に取った策のように聞こえてしまうので、ロレインは一応と言い含める。
「が、間違えないで貰いたいのはこの件に関しては息子は無関係そうだ。私が来たと息子も同席していたが、インペトゥス卿と共に一切知らない様子だった。父が頭を下げている様子に、何がなんだかわからないと困惑していたよ。当主は万が一処罰される事態になった場合は自身が一身に咎を受けるつもりだったのさ……そのようにしてやるのが一番良いだろうね」
おそらく今回の一件が終わった後、エクウス家は代替わりする事になるだろう。ロレインは当主の引退という重い処罰が妥当だろうし、エクウス家の当主の望みでもあるだろうと彼の意思を汲んだ事を口にする。
「ま、無関係だという言葉はあくまでも私の所感だが……そうしておくのが一番良いだろうね。インペトゥス卿の顔も立つ」
「そのインペトゥス卿? 凄い人なんですか?」
「ん? ああ、そうか。君達は知らなくても無理はないか」
インペトゥス卿。先に草原で輸送隊の襲撃の折り、イミナが騎兵達に問いかけていた名だ。そしてその名が出ると騎兵達は苦い顔をしていて、同時に彼は知らないという事もイミナがはっきりと明言していた。が、そのインペトゥス卿とやらが何者なのかはソラ達は詳しくは知らなかった。というわけで、ロレインがざっとしたあらましを教えてくれた。
「インペトゥス卿はエクウス家の有名な騎士だ。エクウスのインペトゥスに強さで勝るものなし。シュヴァルのプラートゥムに速さで勝るものなし……騎兵達の間ではそう言われている」
「へー……で、そんな人は教えてもらっていないと」
「ああ。このインペトゥス卿だが……口さがない者は猪と言い表す人も居るぐらいでね。猪突猛進
……そう言えば良いか。筋が通らぬと見るや主人さえ物怖じせず諫言する仁義の騎士だ。今回の一件ような事態だと間違いなく説教ものだろうね」
「う、うわぁ……」
確かに今回の一件は主人は断りにくい立場に追いやられてしまっているのであるが、だからと道理が廃るのを見過ごせる人物ではないらしい。
というわけでエクウス家も若干扱いかねる所はあるらしく、今回の一件のように高度に政治が絡む話になると横に押し退けられる事もままあったそうだ。とはいえ、そんなインペトゥスの話をしてロレインが少し苦笑を浮かべる。
「まぁ、そう言っても今回の一件は主人や部下達の苦悩に気付けなかったと自身の不甲斐なさの方を悔やんだのか、エクウス家の当主に対して号泣しながら謝っていたよ。そういう人物だ。それに影響されたのか、次期エクウス家の当主の方もまぁ貴族にしてはわりかし感情的な人物でね。二人して泣いていたよ。それに影響されてかエクウス家の当主の方も咽び泣くし……やれやれ。悪くはない家なんだけどねぇ」
「あぁ……なんというか良くも悪くも直情的な人物……いや、家なんですね」
聞く限りでは政治的には色々と良いように利用されそうな所だなぁ。ソラは人としては信頼出来そうな家であると同時に、貴族としてそこまで人情的で良いのだろうかとも思わなくもない。
が、だからこそイミナもエクウス家に関しては悪くは言わないのだろうとも思ったようだ。というわけで苦笑するソラに、ロレインもまた苦笑する。
「良く言えばそうなる。だからか部下の騎兵達からの人望はすこぶる高くてね。我々としてもインペトゥス卿は失いたくない手札だ。ここは一つ彼の顔も立てて、当主の望みに従ってやるのが良いと考えたのさ」
「インペトゥス卿とやらもそれを承諾する、と」
「当主の望みだし、やってしまった事を無かったことにはできない。しかも今回の一件はカイトと共に私の身も狙ったものだ。処罰は避けられんさ。それは彼も理解している。ただ彼らに関しては情状酌量の余地もある。聞けば他にも色々と厄介な話があったみたいだ」
当然だが、当主とて自身の息子の婚約者の家が言うからと唯々諾々と従う事はない。それ以外にも色々と厄介な事があり、最終的に今回の暗躍に加担させられたのだと理解するには十分だろう。とはいえ、それはロレイン達が知っていれば良い事だ。彼女は時間もない事だし、とこの話は横に置いておく事にする。
「この色々とは一旦は横に置こう。兎にも角にもそういうわけで。エクウス家に関しての懐柔は完了。今後はより一層シンフォニア王国に仕えてくれるだろう……そこまでは良いかな?」
「まぁ」
「うん。ああ、そういうわけだからアサツキ殿の所に匿われていた騎兵達に関しては送り返す事で決まった。馬の世話とかも大変になってしまうしね」
「はぁ……」
「で、それはそれとして……兎にも角にも重要なのはメハラ地方の豪族達への対処とこの暗躍を好機に動いた連中への対処だ。エクウス家は体よく使われただけだが、主体的に関わっている者もいる」
エクウス家は言うなればあくまでも実行犯。しかも色々なしがらみからやらされただけのある種の被害者にも近い。しかも今までの実績から忠義は疑いようがなく、シンフォニア王家としては放置しても勝手に向こうが贖罪に頑張ってくれるのがわかっている。いっそエクウス家への処罰なぞどうでも良いのだ。
問題なのは、主体的に動いている連中だった。彼らは主体的に動いている以上、バレた限り何をするかわからない。早急な対処が望まれた。
「こういった場合のパターンとしては連合を組んでこちらに反旗を翻すか、内部分裂を繰り広げるか……まぁ、どっちもが一番よくあるパターンだ」
「表向きは反旗を翻しつつウチは減刑してください、と仲間を売る連中は出るというわけですか」
「良くわかったね。概ねその筋書きになるだろう。が、反旗を翻されれば大々的に対応せねばならなくなるのもまた事実。その前に対応はしておきたい」
現状魔族との交戦に荒れ狂う動乱の時代にと対処するシンフォニア王国にとって、あまり大規模な戦力を割く事態は避けたいのが本音だ。というわけで、ここまで話された所でソラもおおよそのロレインの望みを理解したようだ。
「で、自分が呼ばれたと」
「そういうことだね。カイトという使いやすい駒が動かせない以上……いや、彼にも動いては貰うんだけど」
「動けるんですか? さっきヒメアさんはもうしばらくは無理って言ってましたけど」
「動いてもらうさ。敵はカイトが動けないからこそ動いている。その彼が動けるとなると、後は逃げるしかない。無理はさせないが、彼が動く事が一番楽に治められる……ヒメアにはまた怒られてしまうがね。ま、今回は姿を見せてもらえれば良いから、あの子にも一緒に動いてもらうさ。出発ギリギリまでは休んでもらうしね」
そこが落とし所になるのだろう。ロレインは苦笑しながらもヒメアが承諾出来るラインを理解していたようだ。とはいえ、シンフォニア王国としてもカイトが十全でない状態というのも困る事は事実。
さりとて大々的に戦力を差し向けたくもなく、これが最終的な決着となるのであった。というわけで、そんな言葉を聞いたのかソラも聞き慣れた声が響く。
「いっそもう起きていたいんですが」
「お目覚めかな、勇者くん」
「やめてくださいよ、それ……何がなんだかさっぱりなんですが。起きたら姫様は不貞腐れてるし。こっちに行って状況確認してこいって」
「ああ。目覚めてすぐで申し訳ないが、仕事だ……動けそうか?」
「それはもちろん。魔力は完全に回復しきってないですが……ま、大将軍級とやり合わないなら問題無いですよ」
どうやら怪我としては問題ないらしい。ぐっぐっとカイトは拳を握りしめる。そうして、そこからはカイトも含めて作戦会議が行われる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




