第3120話 はるかな過去編 ――北東棟――
『時空流異門』と呼ばれる時空間の異常現象に巻き込まれ、はるか数百年も昔のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。その時代には幸いな事に後に、八英傑と呼ばれる過去世のカイトが存在していた。
というわけで彼やその配下の騎士達、そして彼を庇護するシンフォニア王国の支援を受けながらも冒険者としての活動を開始させるソラ達であったが、なんとカイトその人が強大な魔族との交戦により負傷。療養するという事態が起きる事になる。
それを受けて動き出した彼を疎む貴族達やシンフォニア王国に制圧された地域の豪族達による暗躍を察知すると、ソラ達はそれを阻止するべく行動を開始。倉庫にて刺客達との交戦に臨んだわけであるが、その更に翌々日。ソラは今度は王城に呼び出されていた。
『ってことはまだ目覚めそうにないんっすか』
『そうね……このバカ。相変わらず戦いに出る度に死にそうになって帰ってくるから、治療も楽じゃないのよ。見立てだと後一週間もしない内に目が覚めるとは思うけれど……』
呼び出された、というは良いが今回も例に漏れずカイトや騎士達の見舞いの体でソラはやって来ていた。というわけで先日同様にまずはカイトの所でヒメアから彼の容態を聞いて、それを今日はロレインに伝えに行くのであった。
『というか今更っすけど本来全治何ヶ月だ、って怪我を半月で治療って……めちゃくちゃ凄いっすね』
『私は前線に立てないから』
どこか悔しそうに、ヒメアはソラの称賛の滲む言葉にそう返す。立場もあるし、それ以外にも色々とある。前線に立てないのは仕方がない事であるが、やはり愛しい人がこうやって怪我をするのをただ黙って見ているしか出来ない自分が歯がゆくもあったのだろう。
『あ、えっと……すんません』
『ああ、いえ……こっちこそごめんなさい。気を遣わせたわね。私も立場はわかってる。でも今回みたいな時、私が一緒に居てあげられればカイトもレックスも怪我を負わなくて済むのに、ってどうしても思うのよ』
『え? レックスさんも怪我してるんっすか!?』
そっちは初耳だ。ソラは今になって教えられた情報に思わず目を見開く。これにヒメアははっきりと頷いた。
『知らなかったの? でも考えればわかるでしょ。こいつが怪我してるのならあいつなら普通に見舞いに来そうって。それが出来ないのはあいつもまた動けないから』
『あ、そういえば……』
言われてみればこの二週間ほど、レックスさんの姿も見てないな。ソラは驚きながらも同時に納得する。今までカイトが怪我をしているから来る用事もなくて来ていなかったと思っていたが、彼もまた怪我をしたからと言われた方が納得しやすかった。とはいえ、そうなると彼には一つ気になった事があったらしい。
『でも何があったんです? カイトとレックスさんが揃って動けなくなるぐらいの大怪我なんて……』
『大将軍級と呼ばれる魔族は知ってる? 大魔王直下の最高幹部』
『まぁ……相当ヤバい、って聞いてます。魔王と呼ばれる最上位の魔族だって……』
『それと戦ったのよ……一人は想定内……というかそれが狙いだったんだけど、二人目が来たのは完全に想定外。いえ、おそらく向こうが隠し玉として秘匿してたんでしょうね』
完全に奇襲を受けたような感じか。ソラはヒメアの語った状況からそう認識する。
『ま、でも討ち取りはしたわ。大将軍級一人を討ち取って、更に一人を半死半生の状態に。軍団長級を数人撃破……向こうには私やベルみたいな治癒術者が居ない事は今までで確証を得ている。奇襲を受けた状態でそれなら十分な戦果でしょう』
『いや、あの……大本営発表とかじゃなく?』
『何? こいつらが出来ないとでも思うの?』
『出来るんでしょうね、こいつなら……』
普通に考えれば無理だろうと思えるような戦果でも、カイトとレックスの二人が揃っていたなら可能ではないだろうか。むっとなった様子のヒメアの問いかけに対して、ソラはそう思える自分が居る事が面白かった。そうしてそんな彼の反応に、ヒメアが誇らしげかつ満足げに頷いた。
『そ。できちゃうのよ、こいつらなら。こいつ、じゃなくてこいつらね。ら、が重要だから』
『うっす』
カイト一人だったら無理だっただろう。ヒメアもまたそう認識していたようだ。そんな彼女の言葉にソラも笑って頷く。そうして一頻り笑った後、ソラはロレインに伝えるべき内容をしっかりと聞いてその場を後にするのだった。
さてソラがヒメアというかカイトの所というかで彼の状況を把握してすぐ。彼は東棟を後にすると以前と同様にすぐに――ただし今度はロレインの所という事もあってメイドだったが――ロレインの執務室に案内される事になっていた。
「珍しいですか?」
「あ、はい……こっちの方は来た事がなかったので……」
メイドの言葉にソラは一つ頷く。今回彼が向かっているのはロレインやその専属騎士。そしてその世話をする側仕えのメイド達が住まう棟だ。というわけでそちらの方はロレインの住まいという事もあり基本は男子禁制で、ソラも来た事はなかったのである。
(というか、今更だけど……東棟も地下以外は男子禁制なんだろうな、本来は)
カイトは色々と特例措置がされているとはソラも聞いた事があったようだ。というより同年齢の男女を同じ棟に住まわせるなぞ、あらぬ噂が立てられても不思議はない。
なので本来は幼馴染かつ王国有数の騎士の息子とはいえ専属の騎士になぞなれるはずもないのであるが、なにかがあって特例的にカイトは専属の騎士に任命されているとの事であった。
(なんかこの話になるとみんな口を閉ざすけど……何があったんだろ。飲み屋の人とかおやっさんは十年前の一回目の侵攻の褒美として、とかなんとか言ってるけど……)
おそらくこれは公式的な発表という所で、実際にはなにかある。ソラはカイトに近い人達――ノワールら――に聞くと苦い顔で笑ってはぐらかされる事から、裏になにかがある事を察していた。
しかもそれはカイトの側ではなくヒメアの側の原因があるとも理解はしていたのだが、それ故にこそ誰もが口を閉ざしていたのであった。と、そんな事を考えていた彼であったがそんな彼にメイドが告げる。
「本来北東の棟は男子禁制。滅多な事では入れませんので……いえ、東棟もそうなのですが」
「ですよね……でもそれなら大丈夫なんですか?」
「男子禁制とは言いましたが、絶対に禁じられているわけではありません。必要に応じては出入りする事もあります。まぁ、今回は……」
本来そういった特例の事態とは言い切れないが、仕方がない。ため息を吐くメイドの様子にはそういった色が滲んでいた。
「陛下とロレイン様の許可が出ています。なので北東の棟へお連れしております」
「はぁ……」
なにか厄介な事――今回の暗躍以外の、だが――に巻き込まれねば良いのだが。ソラはメイドの様子を見ながらそう思う。そうして東棟から進むこと、数分。カイトとヒメアの東棟からさほど離れていないため、すぐに北東の棟にはたどり着けた。
「……なんだか凄いっすね」
「ロレイン様の趣味です。はぁ……」
王城の一角というのだから美麗な庭があって、というものを想像するわけであるが、ロレインが住まう北東の棟は少しだけ趣きが違っていた。
そこには所狭しと何かしらの魔道具やその部品と思しき物が散乱しており、ここら一角だけは研究所と言われた方が納得出来る様子だった。とはいえ、だからこそこのメイドもため息が出たのだろう。
「では、こちらへ。ロレイン様が中でお待ちです」
「あ、はい……」
「迂闊に物には触れないでください……何が起きるかは私どもでも保証出来かねます」
「……気を付けます」
少し当たりそうだったので避けようとしていたソラであるが、掛けられた言葉にそれも危険そうだと内心で冷や汗をかく。そうして彼は周囲に散乱する魔道具の類を避けながら、メイドの動きを参考にして北東の棟の中へと入っていくのだった。
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