第3119話 はるかな過去編 ――倉庫の中で――
『時空流異門』と呼ばれる時空間の異常現象に巻き込まれ、はるか数百年も昔のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らであったが、その時代には幸いな事に後に八英傑と呼ばれる過去世のカイトが存在していた。
カイトとの再会をきっかけとして元の時代に戻るべく冒険者としての活動を開始させる事になっていたわけであるが、そのカイトが魔族との戦いで大怪我を負い療養する事となってしまう。
それを受けて動き出した彼を疎む貴族達やシンフォニア王国に制圧された地域の豪族達による暗躍を察知すると、ソラ達はそれを阻止するべく動き出していた。というわけで、彼らは裏通りでも有数の酒場を経営するアサツキの指示を受けて彼女の私兵が追い込んだ刺客達との交戦に臨む事になっていた。
「っ! しまった!?」
「なんだ!?」
「こっちは例の倉庫がある方だ!」
「「「っ」」」
闇夜の帳の中。刺客達は一人の言葉で自分達が完全に追い込まれつつある事を理解する。現在ソラ達が待機している倉庫は裏社会の間では有名な所で、口さがない者であれば処刑場呼ばわりしている者さえ居る所だった。そんな所に追い込まれているのだ。気付いたが最後、あとは必死で抵抗するしかない。
「ふぅむ……倉庫の存在を知っておったか。抵抗が一気に必死になりおったな」
「どうしますか? 強引に魔術で飛ばしてやっても良いですが」
「どうしたもんかのう」
アサツキは側近の言葉に対して少しだけ考える。刺客達はこちらの攻撃が手ぬるいのは周囲の被害を慮っているからだと理解した。そして同時に、倉庫に追い込まれれば最後。抵抗の余地は残されていないだろうとも理解した。
故になんとか逃げようと必死の抵抗を行っており、このままでは街の住人に被害が及びかねなかった。というわけで必死さを増した刺客達の抵抗に、アサツキはため息を吐きながら結論を下した。
「ふむ。裏町の住人とはいえ住人は住人。不法に滞在しておる者もおろうが、それでもこの国の民には違いあるまいな」
「では」
「うむ……ツユクサ。悪いがお主にも出てもらう。妾が追い込みはするが……気づき散逸してしまった輩もおる様子じゃからのう。それに、妾が龍神族じゃと気付かれておるなら別に力を隠す理由もさほどはあるまい」
なるべくならソラ達にこちらの情報をあまり与えたくないという所はあるが、答えにたどり着いている情報に対して確証を与える分にはさほど問題はない。というわけで、そうと決まればアサツキは私兵達の運用を若干変える事にする。
「あ、あー……妾じゃ。刺客共を可能な限り一箇所に集めい。こちらで倉庫まで一気に押し込む。流れた分はツユクサが仕留める」
『かしこまりました』
「うむ……さて。小僧共、聞こえておるな?」
『なんですか?』
「追い込み漁が若干失敗しそうなんでのう。妾が一気に押し込む。若干強引なやり口になるので、扉から少しだけ離れよ」
『了解です』
アサツキの言葉にソラが応ずる。そうして黒服に身を包んだアサツキの私兵達が動きを変えて刺客達を半包囲。なんとか逃れようとしていた刺客の8割ほど一箇所に集める。
「さて……こんなもんか。くふふ……後は、お手並み拝見と行くかの」
楽しげに笑いながら、アサツキは右手をぐっと握りしめる。そうして彼女がかっと目を見開いたその次の瞬間。まるで金縛りにでもあったかのように、一箇所に集められた刺客達が硬直する。
「はぁ!」
気合一閃。握りしめた拳を半端に開いてなにかを持ち上げるような動作をすると、動きを止めた刺客達がまるで地面に弾かれたように跳び上がる。そうしてアサツキは今度はなにかをサイドスローで投げるような手さばきで振り抜いた。
「ふんっ」
念動力。そうとでも言えば良いのだろうか。魔術でも気でもない不可思議な力により、刺客達が猛烈な勢いで吹き飛んでいく。そうしてその先頭がソラ達の待機する倉庫の扉に近付くと、扉がばんっと音を立てて開かれた。
「ぐぇ!?」
「ごふっ!」
「ぐっ……」
「「「……」」」
これは自分達が必要だったのだろうか。正しく叩き込まれたという様子が正しい刺客達を見ながら、ソラ達は唖然となる。というわけで叩き込まれた衝撃で咳き込む刺客達を見ながら、ソラが呟いた。
「これいっそアサツキさんがそのまま捕まえりゃ早かったんじゃないっすかね……」
『何か出来ない理由があるんだろう。でなければ頼む事もない』
「それもそうっすね……ひのふのみのよの……ざっと10人ほどっすか」
これだけ圧倒的なのだ。私兵が居さえすればアサツキ一人で事足りたような気はする。が、同時に最初からソラ達に頼んでいたのだ。そう考えた方が筋は通っていた。というわけで彼らが出入り口を塞ぐと同時に、アサツキの不可思議な力により扉もまた施錠される。
「「「っ」」」
「よう……とりあえずお疲れ様」
四方を取り囲むように立つ自分達の存在に気が付いた刺客達に向けて、ソラが威圧的に声を掛ける。そしてどうやら向こうも状況は理解出来ていたようだ。お互いの背をかばい合うように円陣を組む。そんな刺客達に、イミナは篭手の感覚を調整しながら頷いた。
「引く気はない、というわけか……その意気や良し、だが」
この刺客達が手を出したのはマクダウェル家でも伝説に近い男だ。しかも今は怪我をして療養中という。ならばマクダウェル家の騎士として見過ごせる道理は存在していなかった。というわけで、青筋を立てた彼女が攻め込んだのをきっかけとして戦いが開始される。
「はぁ!」
マクダウェル家の由縁でもある雷を纏って、自身に一番近い刺客に対してボディブローを叩き込む。そうして更に振れた拳から雷を叩き込んで意識を奪う。
「っ! マクダウェル家の騎士!?」
「しかも本家筋の騎士だと!?」
「む?」
まさかマクダウェル家の騎士を知っていたのか。にわかに殺気立つ刺客達に、イミナは少しだけ小首を傾げる。とはいえ、同時にその反応で色々と察せもしたようだ。
「なるほど。メハラ地方の戦士だったか」
自身に向けられる殺意はそういうことなのだろう。イミナは想定されていた話ではあったが、同時に苦笑も避けられなかったようだ。そしてその苦笑をどう読み取ったかは定かではないが、刺客達の内イミナの左右に立っていた刺客二人は不意打ちを受けたとは思えぬ素早さで剣を振り抜く。
「「はぁ!」」
「ほいっと」
「助かった……はぁ!」
振り抜かれた剣であるが、これはソラが遠隔で障壁を展開。一切問題なく完全に防ぎ切る。そうしてがら空きになった胴体に向けて、両腕を同時に振り抜いた。
「ほう……案外良心的だな」
自身の拳が腹にめり込んで倉庫の壁まで吹き飛んだ刺客二人に対して倉庫の壁が柔らかく受け止めたのを見て、イミナはそんな益体もない事を口にする。
ちなみに、実際にはこの壁は敵に対して壁を利用した戦いが出来ないようにする意味合い――イミナらは利用出来る――もあり、一概に良心的といえるわけではなかった。というわけでこれなら遠慮は必要なさそうだとイミナは判断する。と、そうして彼女に注目が集まったのを瞬が見逃すわけがなかった。
「はっ!」
「ぐっ!」
「ふっ!」
どんっ。そんな大音が響いて刺客の一人が地面をバウンドする。そうしてバウンドして浮かび上がった所に瞬がまるでサッカーのボレーシュートのように蹴っ飛ばして壁へと叩きつける。しかしこれは再度壁が柔らかく受け止めるわけであるが、これは彼も織り込み済みだった。
「ソラ」
「うっす」
壁が柔らかく受け止めて地面へと落とす刺客に対して、ソラが地面に落着すると同時に障壁を展開。地面に縫い留める。もちろん先程イミナが壁に叩き込んだ刺客二名に関しても同じ様にして縫い付けていた。そしてそれを見て、セレスティアも自身の攻め方を決めたようだ。
「はぁああああ!」
どんっ。先程の瞬よりも大きな音が響いて、セレスティアが大剣の腹で3人ほど纏めて打ち据える。そうしてそのまままるですくい上げるような動きで上へと投げる。
「リィルさん!」
「なるほど……了解です」
すくい上げてはいおしまい、ではない。セレスティアの声掛けで次を理解したリィルが浮かび上がった三人に向けて打撃を叩き込んで壁へと叩きつける。そしてその行動で、ソラもここで取るべき自身の動きを理解したようだ。
「ソラ!」
「了解っす!」
つまりみんなが壁や地面に叩きつけた刺客達を俺が拘束すれば良いわけか。そう理解したソラは自身は攻撃に加わる事なく、刺客達が倒されていく度に拘束していくのだった。
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