第3118話 はるかな過去編 ――暗闇の中で――
『時空流異門』と呼ばれる時空間の異常現象に巻き込まれ、はるか数百年も昔のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らであったが、その時代には幸いな事に後に八英傑と呼ばれる過去世のカイトが存在していた。
カイトとの再会をきっかけとして再び冒険者としての活動を開始させる事になっていた一同であったのだが、そのカイトが魔族との戦いで大怪我を負い療養する事となってしまう。
そうしてそれをきっかけとして彼を疎む貴族達やシンフォニア王国に制圧された地域の豪族達による暗躍を察知すると、ソラ達はそれを阻止するべく動き出していた。
「ふぅ……」
暗闇の中、ソラは呼吸を整えながらアサツキの私兵が敵を追い詰めるのを待つ。今回の相手は一部貴族が混じっているため、下手に王国軍を動かしてしまうと敵に情報が流れてしまいかねない。
なのでアサツキの私兵が動く事になっていたのである。その代わりとしてアサツキにはある程度の私兵の保有が認められている、というわけであった。
(この倉庫の中で待機しておけ……か)
町外れにある真っ暗な倉庫の中。ソラはただ息を殺してじっとしていた。といってもこれは彼だけではなく、少し離れた所では瞬やセレスティア、イミナ、リィルが待機している。由利はこの閉所では弓術が使いにくいのでお留守番だ。
(にしても……結構使われてる感あるな、この倉庫)
倉庫なのだから何を当たり前な。そう思うかも知れないが、ソラの反応はそうではない。この倉庫は公には商会が倉庫として使っている事になっているが、その実今回のような暗闘において王国側が敵を追い込んで、腕利きの戦士に始末させるための戦場として使われていたのである。というわけで、使われているというのも戦いの痕跡の事であった。
(結界は……割と強固そうだな。これならある程度は戦えそう……かな)
これなら戦えそうか。ソラは少しだけ手を伸ばしたり縮めたりしながら、準備運動を行う。と、そんな彼に<<偉大なる太陽>>が話し掛けた。
『ソラ。アサツキという女……貴様はどう見た』
『アサツキさん? どう見た……って言われても。なんかよくわかんない人……って感じかな』
話す限り人を食ったような態度が見え隠れしているが、少なくとも誰かを食い物にして生きているわけではなさそうではあった。それがソラの思うアサツキの印象だ。
『まだわかんないけど、多分悪人じゃないだろ。王国にかなり長い間仕えてる? みたいだし……いや、仕えてるんじゃないかもしれないけど』
『それはそうであろうな。彼女には彼女なりの思惑があるのだろう。一概に善人と言い切れる事は無いだろうが、同時に治安の悪い裏通りに店を構えているからと悪人というわけでもあるまい。無論、一癖も二癖もあるだろうが』
『ああ……その上で言うと、多分エルフとかそういった系譜じゃないんだろうとは思う。銀髪かつ褐色だからダーク・エルフ系かな、とか最初は思ってたけど……』
『ほう』
これは少しだけ驚いた。ソラの推測に<<偉大なる太陽>>が僅かに驚いた様子を見せる。てっきりソラはこの結論にたどり着いたのではと彼は思っていたのだ。というわけで、彼は試しになぜかを問いかける。
『なぜそう思った』
『あの人の部屋に漂ってた煙とあの人の部屋にあった煙管……あれ、タバコを演出するためのものだろうって。でもあの人自身は使ってない……そこから最初エルフかなー、って思ったけどなーんか違う気がしてる』
『なにか?』
『わかんね……でもなんか……あの人が姿を変える時に見えたの。あれカイトとかティナちゃんが年齢を操作したりする時に使う物とは少し違う気がしたんだよ。もっと根源的な、っていうか……魔術に近いけど魔術じゃないなにか……っぽかった』
そのなにかを言語化するにはソラにはどうやら知識が足りていなかったようだ。そしてこれについては彼もわかっていればこそ、<<地母儀典>>を手にしている。というわけで、<<偉大なる太陽>>もこれでよしとしたようだ。
『そうだな……あれはおそらく魔術による身体変化より、魔法による身体操作に近いだろう。世界側に記録されているその人物の容姿という情報そのものを書き換えるような行為に近い。元々こうだったのだ、とな』
『そんな事が出来るのか?』
『出来る……神と呼ばれる者たちならばな』
『なっ……』
にわかに表出した神族説にソラが思わず息を呑む。とはいえ、<<偉大なる太陽>>はその神が創り出した最高位の神剣の一振り。ソラはこの言葉が冗談と一笑に付す事はしなかった。
『それ、本当か?』
『わからん。申し訳ないながら、こちらに来てからはシャムロック様との繋がりが絶たれている事もあり我が力は十全には発揮できん状態だ。元々、十全に発揮できる状態であったわけではないが……』
『でも俺の見立てよりは遥かに確かだよな』
『そうだろうな』
完全に推測でしかないが、<<偉大なる太陽>>は何千年とシャムロックの傍に仕えた最高位の神剣の一振りだ。自身よりも遥かに上の見立てだろうとソラは思う。
『兎にも角にもシャムロック様も必要にかられ姿を偽られて出られる事がある。この中には世界側に命ぜられて動く事もな……貴様らの神話にも幾つもあるだろう。動物に姿を変えて、という話はな』
『めちゃくちゃあるな……そう言えばあれってどうやってるんだ?』
『それだ。あれは世界側の情報を書き換え、そういう存在であるとしているのだ。神という存在は種族としてみれば、そういう姿への縛りがかなり緩いのだ』
『なるほど……』
つまりアサツキはその応用で肉体の年齢を変化させたというわけか。そしてそれなら、色々と筋が通るとも思った。
『ってことは、アルヴァ陛下とかを呼び捨てにしてても不思議はないか。なにせ神様だもんな』
『当たり前だ。何を司るかは定かではないが、神の時点でなにかのシステムを司る。どのような大国であれ、一国の王程度が対等に立てるわけがない』
ソラの言葉を<<偉大なる太陽>>が鼻で笑う。そうして気になるのは、やはりこれだった。
『でもそれならなんでそんな神様がこの王都で酒場なんて? しかもあんなキャバクラとかホストクラブをごちゃ混ぜにしたような……』
『それはわからん……わからんが、少なくとも何かを考えここに居る事は事実であろうな。あと、当然だが下手は打たん方が良いぞ。あれは相当な使い手だ』
<<偉大なる太陽>>は戦士としても長らく戦ってきたのだ。その見立てはセレスティア達以上であった。端々に見える身のこなしなどから、アサツキが相当な実力者と理解していたのであった。というわけでそんなアサツキの話をしながら待つ二人であったが、その一方のアサツキはというと若干苦笑していた。
「ほぉ……あれら、妾が龍神の一族であると見抜きおったわ」
「ほぅ……やりますね」
「いや、あれの持つ剣が神剣の類というのは間違いあるまいな。いやはや、面白い武器ばかりじゃ」
神剣に魔槍。相反する二つの武器を手にする未来の戦士に加え、どうやって作られたか定かではない奇妙な大剣だ。本来なら狙われても不思議はない武器の数々だった。というわけでそれについては盗まれたり狙われても困るので情報操作をする事にして、それはともかくとこちらはこちらで考える。
「はてさて、どうしたものか。もう少し友好関係を温めた後に動きたい所であったが……」
自身が龍神と見抜いたのなら、それを前に出して話を進めるのも手かもしれない。アサツキはそう思う。そうして彼女は自身の手勢がソラ達の待つ倉庫へと刺客達を追い詰めるのを見守りながら、次の一手を考えるのだった。
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