第3116話 はるかな過去編 ――次へ――
『時空流異門』と呼ばれる異なる時間と空間を繋いでしまうという時空間の異常現象。それに巻き込まれて数百年前のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。それは十数年にも及ぶ戦乱の時代であったのだが、幸いな事にその時代には後の時代に戦乱を終わらせた八英傑と呼ばれる八人の英雄の一角にして中心人物として名を残す事になる過去世のカイトが存在する時代でもあった。
というわけで過去世のカイトやその配下の騎士達。更には同じく八英傑の英雄達からの支援を受けながらも元の時代に戻るまで冒険者としての活動を開始させたわけであるが、その最中。カイトの負傷をきっかけとして、彼とシンフォニア王国第一王女ロレインを狙う暗躍を察知。
その阻止に向けて動く事となったわけであるが、その第一波として差し向けられた騎兵隊によるカイトの治療のための回復薬輸送の襲撃を阻止。そこで唐突に現れたアルヴァとロレインの尋問に立ち会う事になっていた。
「わかった……では詳細を知るのはエクウス家でも中心に居る者しかいない、と」
「は……ただインペトゥス卿やその側近の騎士達が不在の折に得たいの知れぬ者が来ているのを、我ら全員が目にしております」
「ふぅむ……」
その得たいの知れぬ何者かが、今回の一件を裏で糸引く者なのだろうな。アルヴァとロレインは顔を見合わせ、そう判断する。とはいえ、その何者かが何者なのかを理解するにはまだ情報は足りていなかった。というわけで、更に突っ込んだ情報を手に入れるべくロレインが口を開く。
「その何者かの特徴は? またいつ頃からエクウス家に訪れるようになっていた?」
「特徴……と申しましても我らは直接相まみえた事は数度しかありません。強いて特徴を挙げるのであれば、黒いローブを目深に被り人相をわからないようにしていた男というぐらいしか……」
「男? 声でも聞いたのか?」
「いえ……ですが部下の一人が偶然奴とぶつかった事があると。その者が言うには女性特有の柔らかさはなく、男性特有の硬さが見受けられた……と」
「ふむ……」
エクウス家を訪れていた某かが常に同一人物であるのなら、少なくともこのエクウス家に来た黒いローブの人物は男らしい。ロレインは騎兵隊の部隊長の反応にそう思う。
「そのローブに魔道具などの匂いはあったか?」
「それはありませんでした。敢えて言うのなら普通の黒いローブと。もし外で我らがあのローブを見た所で、顔を隠していなければ奴とわかる事も無いでしょう」
「旅人と偽装する事はできそうか?」
「出来るかと」
この世界で旅をする旅人の多くは街の外ではボロ布を羽織り、武装を隠したり――あくまで街の近くで市民達を怯えさせないためにだが――砂塵から身を守ったりしている。
が、魔道具であればよほど高度でもなければこういったボロ布を使う事はない。そこで見分ける事は出来るのであった。そうして見えてきた某かの人物像に、アサツキが少しだけため息を吐いた。
「若干腕利き……っぽいのう魔術や道具に頼らず技術によって存在を偽装するか。魔道具などであれば見つけ出すのは容易じゃが」
「容易容易と言うがね、アサツキ殿。それが容易なのは割りと高位の戦士に限られるさ」
「それぐらいはやれねば今の時代、生きてはいけまい。何より魔道具に頼ればそれで足が付く。本当にバレぬようにするのであれば、道具は使わぬよ」
ロレインの返答に対して、アサツキが肩を竦めながらはっきりと断言する。ここらはやはり裏で情報を手に入れている彼女だからこそだろう。誰がどんな魔道具を作ったか、という所もやろうとすれば手に入れられる様子だった。と、そんな事を話す二人にアルヴァが口を開いた。
「それは良い……兎にも角にも重要なのは如何にしてその何者かを見つけ出すか、という所だろう。それに関してはどうしたものか」
「それなら知る奴に直接話させれば良い。エクウス家当主もこの様子ではしたくて関わるわけではないようだ。呼び寄せたりすれば敵側にも伝わるだろうが、バレずに接触する方法はいくらかある」
「なにか策が?」
「ま、そこは考え方次第という所さ……ここからは後にした方が良いだろう。あまり留守にすると悟られかねないしね。詳しくは道中で話そう」
アルヴァの問いかけに対して、ロレインはそう言いながら馬車へと戻っていく。それにアルヴァもまた続いて馬車へと乗り込んで、そこで扉が閉じられる。というわけで、一人残ったアサツキはため息を吐きながら、王都へ向けて戻っていく馬車を見送る。
「行ったか……やれやれ。王城の手入れも怠ってはおらんのじゃろうがのう。いや、そんなもの当然といえば当然か」
「そんな多いんですか?」
「掴んでおらぬ密偵はさほどはおらんじゃろう……が、掴んでおる密偵が繋がる主人が更に敵側に繋がっておるかどうかまでは分からぬ。そして密偵というのは色々な所におるもんじゃ。報告が分からぬ程度に捻じ曲げられたり、というのはよくある話じゃぞ」
ソラの問いかけに、アサツキが呆れたようにため息を吐きながらはっきり明言する。そうして、彼女は続けた。
「それ故に、よ。こうやってあれらはここに来たわけじゃ。報告が歪められ、敵の良いように踊らされぬようにな。これが魔族が絡む案件じゃったらより一層面倒になるしのう」
「はぁ……」
元々この時代にあったという統一王朝が崩壊したのもそういった情報が歪められたりした結果といえば結果なのだ。なのでアルヴァやロレインがそういった情報に対して警戒するのはある意味当然なのかもしれない。ソラはアサツキの言葉を聞きながら、そう思う。と、そんな事を思った彼であったがすぐにはっとなる。
「あ、そう言えばこの後この人らはどうするんですか?」
「む? ああ、これらであれば一旦は妾の館で匿う。嘘は言っておらんかったから、これらの主人が好き好んでやっておるわけではない事は確実じゃしの……無論、それがこやつらに見せておる演技の可能性もある。そうなればこやつらが面倒になる。解放はこれらの主人と話が付いてからじゃな」
ぱんぱんっ。アサツキはそう言って手を鳴らすと、どこからともなく先程アルヴァ達が乗った馬車と同じ拵えの馬車が現れる。と、そんな馬車が現れると同時に、どこからともなく何人もの黒服が現れた。その中の一人が進み出ると、アサツキの前で腰を折る。
「支配人」
「うむ。これら全員を馬車へ。若干狭いが……構うまい。後は地下に輸送せい」
「かしこまりました」
騎兵隊の騎兵達もアルヴァまで出てきている以上、抵抗する事はなかった。そうして馬車の中へと移送されていく騎兵達を見ながら、アサツキがソラ達に告げる。
「これで良かろう……後はこちらでやる。レジディアの姫よ。見事な手並みであった」
「ありがとうございます」
「うむ……後でまた話がある。この後の事を話し合わねばならんからのう」
当たり前の話であるが、これでこの一件が一件落着というわけではない。あくまでも今は輸送隊の襲撃の一件が片付いたというだけだ。というわけで、この後は今手に入れた情報を元に次の動きを考えねばならなかった。そしてそれについてはロレインがなにか考えがあるらしいが、それもまた後の話だろう。
「色々と決まれば遣いを送ろう。それまでは一旦警戒しつつ、待機しておけ」
「はい」
アサツキの指示にセレスティアは素直に頷く。そうして馬車が走り去るのを見送って、アサツキが黒服達と共にあっという間にいなくなる。それを一同は見届けると、彼らもまた何事もなかったかのように王都へと戻るのだった。
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