第3115話 はるかな過去編 ――聴取――
『時空流異門』と呼ばれる異なる時間と空間を繋いでしまうという時空間の異常現象。それに巻き込まれて数百年前のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。それは十数年にも及ぶ戦乱の時代であったのだが、幸いな事にその時代には後の時代に戦乱を終わらせた八英傑と呼ばれる八人の英雄の一角にして中心人物として名を残す事になる過去世のカイトが存在する時代でもあった。
というわけで過去世のカイトやその配下の騎士達。更には同じく八英傑の英雄達からの支援を受けながらも元の時代に戻るまで冒険者としての活動を開始させたわけであるが、その最中。カイトの負傷をきっかけとして、彼とシンフォニア王国第一王女ロレインを狙う暗躍を察知。その阻止に向けて動く事となり、一同はとある有名な貴族の騎兵隊の一隊との交戦を行っていた。
「……」
「そんな警戒しなくとも良い。我らが戦ったのはあくまでも主人の建前のためだ。あそこまで圧倒されては勝てずとも仕方がない」
戦闘終了後。アサツキの手勢が来るのを待つ間警戒をしていたソラであるが、そんな彼に騎兵隊の部隊長が笑う。
「主人の建前ねぇ……じゃ、一つ聞きたいんっすけど。その主人は誰に脅されてるんっすか?」
「そこまでは我らも知らん。我らは所詮は一介の騎馬兵だ。主人がこんな事を命ぜぬという事は知っているが、その主人がなぜこのような事をという事までは知らされていない」
「一介の、ね……」
たかだか一介の騎兵程度にこんな汚れ仕事を任せるとは思わないけどな。ソラは自嘲気味に笑う騎兵隊の部隊長の言葉にそう思う。と、そんな部隊長に今度はイミナが声を掛ける。
「エクウス家の騎兵とお見受けする。一つ問わせて頂きたい」
「む?」
「先の馬上での片手剣の手繰り……そして騎兵達の武芸。最初シュヴァル家とエクウス家のどちらかまでははっきりとは分からなかったが……セレスティア様との戦いで察した。その少し幅広の片手剣はエクウス家の騎兵が多用する拵えだ。私の知識が確かなら、だが」
「……」
確かなら、と言う割にはかなりの確信が滲んでいた。騎兵隊の部隊長はイミナの言葉に内心そう思う。そして自身が戦った相手などから、隠す事が自分達の主人にとって得にならないと判断したようだ。
「そうだ……貴殿はそこの貴人の騎士だな」
「そうだ」
「それで問いかけとは?」
「インペトゥス卿はこの事をご存知なのか?」
「……」
インペトゥス卿というのは、この時代においてエクウス家で名を馳せた騎士にして騎兵の名だ。その名は英雄として後世に伝えられており、後の廃城の賢者となったカイトも歴史的な話として褒め称えたほどとの事だった。
イミナには彼がこの非道を見過ごすとは思えなかったのだ。そうして先程までのどこか諦観の滲んだ様子から一変し、騎兵隊の部隊長の顔が歪む。これにイミナはおおよそを察したらしい。
「……そうか。失礼した」
「理解してくれて助かる」
インペトゥス卿は何も知らない。イミナは後世に伝わるインペトゥスの人柄を知ればこそ、今回の一件には何も関わらない事を理解して安堵すると共に、事態が相当悪い状況でもあるのだと理解する。
そしてそれはちょっとした誤解を孕みながらも、騎兵隊の部隊長も認識していたようだ。今度は彼の方から問いかけが投げ掛けられる。
「貴殿がどこの出身かは知らないが、今回の事態はレジディアさえ絡む一件なのか?」
「む?」
「戦って理解した……貴殿の主人は間違いなくレジディアの高位に属する貴人だろう。なぜそのような方がこちらへいらっしゃったかは定かではないが、レジディアの貴人が関わられるほどの事なのか?」
「「「……」」」
なるほど。どうやら騎兵隊の部隊長はセレスティアが使う剣技やら身のこなしがレックスに似ている事から、レジディアの王家かそれに近しい所に属する貴族の令嬢と思っていたらしい。実際間違ってはいないのだから、こう思うのは当然だろう。
そんな言葉に一同は顔を見合わせて、無言でそう認識を統一させる。というわけで、騎兵隊の部隊長は今回主人達が巻き込まれてしまった一件が自分が思った以上に悪い事態ではないかと危惧していたのだ。というわけで自分の存在が気になるらしい様子の部隊長に向け、今度はセレスティアが口を開いた。
「それはわかりません。私が関わったのはあくまでも偶然王都に居たから。そして今回の事の性質上、情報を開示出来る相手が限られている事から我々が関わったに過ぎません……何より、貴殿らの主人がこのような愚かな事をするとはどうしても思えなかった。その理由を問い糾したく思ったのです」
「そうでしたか……申し訳ありません。先に述べました通り、我らは何も。ただインペトゥス卿には話すわけに参りませんでしたので、我らが代わりにと」
「でしょう。インペトゥス卿は伝え聞くに忠義の方と伺っております。今回の一件を聞けば、その相手が誰であれ立ち向かわれる正義の方とも」
「……」
騎兵隊の部隊長は自らの尊敬する騎兵隊の総隊長の評価に対して、無言ながらも苦い顔を浮かべるばかりだ。セレスティアの言う通り、もし今主人が巻き込まれている一件を聞けばなりふり構わずその相手に向かっていくだろう。そう彼自身が思っていたからこそであった。
「インペトゥス卿は我らエクウス家の要。彼を損なうわけには参りませんでした」
「ということは、エクウスの奴に手を出したのは相当な難物というわけか」
「「「なっ……」」」
響いた声と現れた人物に、騎兵隊の騎兵達のみならずソラ達さえ思わず息を呑む。そうして騎兵達が多慌てで、それこそ地面に頭を打ち付けるほどの勢いで頭を垂れる。
「「「陛下!」」」
現れたのはシンフォニア王国国王のアルヴァと第一王女のロレインの二人だ。その後ろには護衛として何人かの近衛兵と呆れた様子のアサツキが立っていた。
「良い……ソラくん。悪いのだが、彼らの枷を外してやってくれ」
「良いのですか?」
「構わん。これでも数多の騎士に剣を捧げられる身だ。その忠義が嘘か真かぐらいは見抜ける目は持っている。騎士達の忠義は本物だ」
「わかりました」
ぱちんっ。ソラは指を鳴らして、騎兵達に装着していた枷をすべて外す。この場で一番偉いのはアルヴァだ。その彼がよしとした以上、否やはなかった。
「すまんな……レジディアの姫よ。手を借りてしまったな」
「いえ……エクウス家はシンフォニア王国の機動力の要。それを損なうのは同盟にとって大きな痛手となります。お気にならさず」
「恩に着る……それで確認だ。卿らはエクウス家に仕える騎士に相違ないな?」
「はっ!」
何が起きているか騎兵達にとって定かではないが、目の前に現れたのが幻術でもなんでもない本物のアルヴァである事は理解している。
「うむ……すまぬな。本来なら王城へ連行させ尋問官達の仕事とするべきなのだろうが……どうにもあちらにはおしゃべりな者が多くてな。此度が王族をも害そうとする一件である事が見えた以上、あそこは些か使いにくい」
「「「なっ……」」」
後に尋問官達の問いかけに対して騎兵達が答える事であるが、どうやら彼らは自分達――正確には主人のエクウス家もだが――が襲うのはカイトの周辺と教えられていたらしい。
それがまさか王族に害を為そうとする一件だったとは思いもよらず、アルヴァが来た時よりはるかに顔を青ざめさせていた。と、そんな彼に呆れるようにアサツキが口を開く。
「じゃから妾の館を貸そうか、と言うてやったのに」
「貴殿にあまり借りは作りたくなくてな……それはそれとして。卿らの知る事を知る限り話して貰いたい。何、先んじてここらには結界を展開している。卿らの主人をくだらぬ策に巻き込んだ愚か者共にも卿らが捕縛された事は伝わろうが……余が直接聞いている事まではわかり得まい」
「は……」
ここら王侯貴族でなくてもそうであるのだが、やはり国というものは様々な所で色々な人物が色々な思惑を持って活動している。王城で聞くよりいっそ、外で結界を展開して聞いた方が色々と対処がし易いらしかった。もちろんそのためには色々と下準備の必要もあるわけだが、そちらの方が楽ではあったらしい。そうして、それからしばらく。ソラ達はアルヴァの護衛とその後の連絡役としての仕事のためも含めて、アルヴァとロレインの尋問に加わる事になるのだった。
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