第3114話 はるかな過去編 ――騎兵隊――
『時空流異門』と呼ばれる時空間に起きるという非常に稀な異常現象。それに巻き込まれてしまったソラ達が飛ばされたのは、数百年も昔のセレスティア達の世界であった。その時代はよりにもよって戦乱の時代と呼ばれる時代であったのだが、幸いな事にそこには過去世のカイト。後に八英傑と呼ばれる八人の英雄の一人として名を残す事になるカイトが存在している時代でもあった。
というわけで、彼やその配下の騎士達。同じく後の八英傑の英雄達の支援を貰いながら冒険者としての活動を開始させるわけであるが、その最中。カイトの負傷をきっかけとしてシンフォニア王国第一王女ロレインとカイトを狙う暗躍の情報を掴むと、一同はそれを阻止するべく動く事になる。
そうして裏通りの酒場の女主人アサツキからカイトの回復薬輸送を妨害する襲撃の情報を掴んだ一同は、その襲撃者達との交戦に及んでいた。
「……」
この女、出来る。セレスティアと相対する騎兵隊の部隊長は、大剣を持ちながらも優雅ささえ感じさせる見事な身のこなしにより自身の前に現れた彼女を腕利きと即座に察していた。そうして警戒しながらも間合いを測る部隊長に、セレスティアが問いかけた。
「一つ、お聞かせ願えますか?」
「……なんだ?」
「貴方達が狙った輸送隊……それがどこの国の輸送隊で、何を運んでいるかは承知していますか?」
「……」
セレスティアの問いかけに部隊長は苦いものが込み上げていたのか、無言ながらもしかめっ面だ。それが何より、彼らにとってこの事件がしたくないものだったのだと察せさせるに十分だった。そしてそれならば、と彼女は彼らの顔を立てる事にする。
「そうですか……ならば問答は無用でしょう。貴方達は騎士。立てねばならぬ顔もありましょう」
「くっ……そこまで承知の上か。どこの貴人かは知らぬが、ならばこそ押し通らせて頂きたい」
なるべくなら被害は出さずに終わらせたいのだ。部隊長の態度にはそんな様子がありありと滲んでいた。もちろん、そんな彼自身ここでこんな問いかけをしてくる時点で何を言っても無駄と理解していた。
「無理ですね」
「だろうな……ならば、もはや問答は無用だろう」
どうやらこの問答は部隊長にとって諦めさせるに十分だったらしい。諦めたように彼は総身に魔力を漲らせ、鞍をしっかりと踏みしめて手にしていた槍を構える。
「はぁ!」
部隊長が意を決して馬の腹を蹴ると同時に、主人の意思を受けた馬に魔力が漲って地面を蹴り上げる。そうして人馬一体となった騎兵による、人の身を遥かに超えた力強い跳躍にも似た突進が放たれる。
「おぉおおおお!」
(騎兵による第一撃。それは相手の障壁を破砕するためだけのもの。決して受け止めてはならない。だが同時に、人馬一体となったその速度は目を見張る物がある。故に避けるのも容易ではない。特にシュバル家やエクウス家の騎兵が相手であれば、常人では不可能と言わざるを得ないだろう)
セレスティアは後の世には廃都となり今はもはや学園都市として栄える街にて学んだ事を思い出す。そうして浮かぶのは、僅かな苦笑だ。
(そんな教えを遺されたのは、廃城の賢者と呼ばれたカイト様……彼は何を思い、これを語ったのでしょうか)
何かを思えた事は無かったのだろうが。セレスティアはシンフォニア王国の王族以外には友好国レジディアの王族にのみ伝えられていた当時のカイトの状況を思い出し、それでも心の何処かにこの騎兵達の様はあったのではないかと思う。そして同時に後にカイトが伝える騎兵の突進に対する最適な対処を思い出し、それを実践してみせる。
「ふっ」
「む!?」
受け止められるではない。さりとて躱されたのでもない。奇妙な感触に部隊長が目を見開く。が、これにイミナが歓声を上げた。
「お見事です、セレスティア様!」
「何度も見せられれば嫌でも覚えますよ」
何度目かになるが、イミナは今回の襲撃の首謀者と目される両家をライバル視している。なのでその騎兵達の得意技とも言われる突進に対しての対処法は完璧と言われるほどにまで練習を重ねていた。
セレスティアはそれを常に真横で見続けていたのである。故に、彼女もまたそれを見覚えてしまっていたのであった。というわけで、反動を受け止めるではなく受け流す形で。しかも一部は自身が距離を取るのに利用したセレスティアは数歩後ろへ着地。そのまま地面を蹴り、前へと距離を詰める。
「はぁ!」
「っぅ!」
着地した直後に前に出て剣戟を放つセレスティアに、部隊長は顔を顰めながらもなんとかそれを防ぎ切る。ここで一つ残念だったのは、セレスティアは馬を仕留めるつもりはなかった事だろう。大切な軍馬だ。傷付けるわけにはいかなかったのだ。
というわけでかなり上気味に放たれた剣戟は十分な威力ではなく、そして部隊長にとってもかなり想定外のベクトルの力だったようだ。彼が大きくバランスを崩す。が、そうなると必然馬も引っ張られ、大きく上体を持ち上げる。
「あ」
これは少し想定外でした。セレスティアは咄嗟の機転を利かせそのまま馬の前足で自身を踏み抜こうと判断した部隊長に、自らの失策を理解して僅かな悔いを覗かせる。
とはいえ、これは彼女の失策というよりも部隊長側が上手かったという所だろう。というわけで、彼女は再度地面を蹴って背後へと跳躍。が、それを逃さず部隊長側は着地と同時に再度魔力を漲らせると、人馬一体となり突進を仕掛ける。
「ふっ」
「っ」
やはりか。流石に部隊長も二度目となるとセレスティアの慣れた対処は付け焼き刃などではないと理解するに十分だったようだ。故に彼もまた即座に二の矢を用意していた。というわけで、セレスティアが再び背後に飛ぶと同時に腰に帯びていた片手剣を左手で抜き放って斬撃を放つ。
「はぁ!」
「っと」
流石に二度も不意を打たせてくれるほど、相手も甘くはないですか。セレスティアは魔力を帯びた斬撃を大剣で軽く処理しながら、上空へと跳躍する。足を止めれば先の二の舞い。再び突進を食らうだけだ。そうして跳躍した彼女はそのまま部隊長の上を飛び越えるわけであるが、それを部隊長は見逃さなかった。
「はっ!」
自身の真上を飛び越える瞬間を狙いすまし、部隊長が槍を突き付ける。が、これにセレスティアは身を捩って大剣を空中で器用に操ると、大剣の重さを利用した強撃を叩きつける。
「はっ」
「くっ!」
ぎぃん、という音が鳴り響いて槍が大きくしなる。といっても幸か不幸か部隊長の槍の柄は特殊な木の枝で、まるで弓のように大きく弧を描くが折れる事はなかった。
一方、その勢いを利用したセレスティアは部隊長の背後に着地。そのまま軽やかな動きで反転すると、反転の勢いを乗せて大剣の腹を部隊長に向けて叩き込む。
「ぐっ!」
元々槍を防がれその衝撃がまだ残ったままの部隊長だ。なんとか片手を自由にするのが精一杯で、彼は左手に持っていた片手剣でセレスティアの大剣の直撃だけはなんとか防ぐ。
が、流石に数百年の隔たりがあるとはいえ同じく戦乱の時代にエースの一角として名を馳せるセレスティアの力量には及べなかったらしい。直後にはセレスティアが逆側に大剣を振り抜いており、部隊長の喉元には大剣の切っ先が突きつけられていた。
「……まだ、続けますか?」
「はぁ……大剣で私の片手剣と槍の速度を上回るか」
冗談はやめて欲しいものだ。大剣という取り回しの悪い武器にも関わらず、その剣戟の速度は自身の片手剣の全力を遥かに上回っていそうなのだ。
しかも今は自分達に故あっての事と理解してくれているからこの程度で良いのであって、本気で殺しに来られていたら数合と打ち合えず殺されていた事を部隊長も悟っていたようだ。諦めたように彼はため息を吐いて、槍と片手剣を左右に投げ捨てる。
「降参だ。手加減された挙げ句、ここまで圧倒されては勝ち目なぞあろうはずもない……しかもこれだけの人数で止められたのだ。どうしようもない」
「貴方とて本気ではなかったでしょう」
「私が本気を出すのは主君のためだけだ」
とどのつまり、この事件は主人の本意ではない。セレスティアの指摘に対して、部隊長は暗にそう口にする。そうして諦めたからか、彼の方が一つ問いかける。
「誰の差金だ? ロレイン様か、それともスカーレット家の令嬢か」
「それはお答えしかねます……が、貴方方の尋問はその方が行われると」
「そうか……手荒でない事を期待しよう」
今回の出来事は明らかに不祥事だ。自分達が捕まった時点で最悪は切り捨てられる事も覚悟の上だったようだ。碌な扱いは期待していなかった様子であった。そうして彼女らの戦いが終わる頃には、瞬達の方も戦いを終えていたらしい。ソラと由利がこちらに駆け寄ってくる。
「そっちも終わった……みたいだな」
「ええ……信号弾は?」
「今打ち上げるよ」
セレスティアの問いかけに、ソラがアサツキから受け取っていた信号弾を打ち上げる。そうして一同は武装解除させた一団を一箇所に纏めると、逃げられないように見張りながらアサツキの手勢が来るのを待つ事にするのだった。
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