第3112話 はるかな過去編 ――情報屋――
『時空流異門』と呼ばれる時空間の異常現象に巻き込まれ、はるか過去の時代のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラや瞬達。そんな彼らは幸運にも後の時代において八英傑と呼ばれる八人の英雄の一角として名を馳せる過去世のカイトと会合。彼や彼の配下の騎士達、そして同じく八英傑の英雄達の支援を貰いながら、元の時代に戻るまで冒険者としての日々を過ごす事になっていた。
そんな中。王都の冒険者を取り仕切るおやっさんからカイトが負傷したこと。そしてその負傷した事をきっかけとして貴族達が彼を害そうと暗躍している事を知る。
その阻止に向けて動き出したソラ達が裏通りの酒場の女主人から教えられたのは、それがかつてメハラ地方という小競り合いの絶えない地の統一をきっかけとしており、裏にそこをかつて治めていた豪族達がいるという事であった。そうしてそんな裏通りの酒場の女主人から色々な情報を手に入れたソラ達はカイトのために作られた回復薬の輸送隊への襲撃を阻止するべく動き出す事にする。
「……というわけじゃな。襲撃者達は当然じゃが襲撃よりも前に現場に到着しておらねばならん」
「それを見越して襲撃を仕掛けろ、と」
「うむ。襲撃されている所に横槍を仕掛けた所でエルフ達に被害が出かねぬからな……といっても、流石に襲撃者達がどう動くか。いつ動くかなどはそちらにはわかるまい。なので監視に関してはこちらで手配する故、お主らはそれと合流。タイミングを見極め、それに襲撃を仕掛ければ良い」
「わかりました」
とりあえずはアサツキの指示に従って戦えば良いわけか。瞬はひとまず何も考えなくて良さそうで安心する。
「うむ……ああ、そうじゃ。これを持っていけ」
「これは?」
「いわゆる信号弾と呼ばれる物なのじゃが……お主らは知っておるか?」
「ああ、信号弾……」
リレーのバトン程度の長さの円筒を渡された瞬であったが、それが馴染みの深いものであった事からなるほどと思う。そして少し外観を観察してみると、下側にスイッチがあった。
「これを押し込めば良いんですか?」
「うむ……こいつは冒険者用も兼ねておるから、地面に叩きつけるなど結構強めに叩かねばならんらしい」
「戦闘中に誤作動しても困りますからね」
「そうじゃの……で、そいつを使えば妾の部下が捕縛した輩の回収に入る」
「回収した兵士はどうなるんですか?」
「ああ、それは気にせんで良い。妾が聞きたい事を聞いた後でアルヴァに引き渡すゆえな」
あの両家もなにかがあるとはわかっておるので殺しはせんよ。アサツキはため息を吐きながら、あくまでも情報収集が目的と口にする。
「そういうわけでの。お主らはとりあえず襲撃する騎兵隊をぶちのめせば良い。簡単といえば簡単な仕事じゃ……もちろん、殺してはならぬという縛りは課すがの」
「わかりました……それに殺さないで良いなら殺さない方が良い」
「そうじゃの」
瞬の言葉にアサツキも何を当たり前なという様子で僅かな苦味を滲ませながらも笑う。そうしておおよそ伝えるべきこと。与えるべき道具などを渡した所で、彼女が問いかける。
「で、他に聞きたい事はあるか?」
「俺は特には……ソラは?」
「いや……俺も特には。仕事に関係無い事なら幾つかはありますけど」
「む? ああ、アルヴァやロレインの事か」
アサツキは自身がアルヴァの事を呼び捨てにする度にソラが最初驚いた様子を見せていた事を見抜いていたようだ。彼女は楽しげに笑っていた。そしてそんな彼女の言葉に、ソラは頷いた。
「……うっす」
「そうじゃろうのう。アルヴァアルヴァと言うがあれはこの国の国王じゃ。本来なら陛下と付けねばなるまいて……さて、なぜじゃろうな?」
あ、これは教えてくれないパターンだ。ソラはくふふと笑いながら問いかけるロレインに、そう理解する。そして同時に、なにかを答えるまでは帰らせてはくれない様子もあった。
「流石にヒントも無しにはわかるまいか……一つにはあれも妾の顧客の一人ではある。ここの最上階を仕える数少ない客の一人じゃな。ま、国外の使者が来た際に使う事が多いがの」
「えぇ!?」
「くふふ……さっきも言ったじゃろ。ここは美男美女に酌はされるが至って普通の酒場じゃ。王侯貴族が使っても不思議はあるまい」
「そ、そりゃまぁ……あれ? でもここまでアルヴァ陛下はどうやって来てるんですか? 外なんて通れないですよね?」
「内緒じゃ。そも、お主らとてバレてはならぬ客が普通に来るとは思うまい」
確かにそれはそうだ。ソラも瞬もアサツキの指摘になるほどと道理を見る。そもそもバレてはならない客がこんな裏通りの最奥までガラの悪い連中が居る所を通るわけがなかった。
「ま、後はなぜそうなったかなどを考えれば自ずと答えは見えてこよう」
「……」
何なのだろうか。ソラは楽しげに笑うアサツキの言葉に考え込む。そうして彼は一つ質問する。
「そう言えば……アルヴァ陛下のおじいさんの代にはすでにここに居たとか聞いたんですけど」
「む? ああ、あの小僧から聞いたか。うむ。アルヴァの祖父の代から妾はここで店を構えておる」
「……もしかして」
「ほう」
「アルヴァ陛下のおじいさんの情婦……だったとか?」
「なわけあるまい、馬鹿者。確かに妾は美しいし、年頃なども好き勝手に変えられるが。さりとて王様なんぞの情婦になぞならんわ」
面白みもない返答をしおってからに。ソラの答えにアサツキは盛大にため息を吐く。ソラは一番考えられそうな答えを言っただけだ。面白みも何もなかった。
「ま、お主らは知らんで良い。その内教えるかもしれんが……それは少なくとも今ではあるまいて」
「は、はぁ……」
アサツキの言葉に、ソラはやっぱりと思いながらも生返事だ。というわけで、他に質問はないのならと二人はアサツキの部屋から返される事になる。その一方、残ったアサツキに問いかける声があった。
「アサツキ様……良かったのですか?」
「うむ……未来のカイトの仲間か。気にはなるし、聞かねばならぬのじゃろうが……」
ソラ達は気付かなかった――同時に居ないとは思っていなかったが――のだが、当然ここはアサツキの部屋だ。護衛は潜んでいた。なので闇の中から声を掛けたのは、彼女の護衛だった。その声は若い女ではあったが、下で酌をするような女達とは違いその声に艷はなかった。
「あれらは一見純朴な小僧共であったが、同時にしっかり考えて話してもおった。警戒は怠っておるまいよ。今突っ込んだ事を聞いた所で余計警戒されるだけじゃろうな……それにあれらの来歴を見るに今後も来るじゃろう。そこで誼を深め、聞くべきじゃろう」
「かしこまりました……まぁ、あまり時間は掛からないでしょうか」
「そうじゃの。一年もすれば心も開こう」
一年もすれば。人間からすれば気の長い話であるが、彼女は見ての通り人間ではない。なのでその実、この王都に来ての数十年もさほど長いとは感じていなかった。とはいえ、そんな彼女でも長いと思う事はあった。
「我ら一族数千年の宿願……長かったが、ようやく答えにたどり着いておるのかもしれん。が、なればこそ確かめねばならぬ。あれが時の狭間に巻き込まれた子なのか……な」
先程のソラ達との会話よりもはるかに真剣に、アサツキがなにかを確かめるように目を細める。そうして、彼女はソラ達の心を開かせるように差配する事にするのだった。
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