第3108話 はるかな過去編 ――裏通り――
『時空流異門』と呼ばれる時空間の異常現象に巻き込まれ、数百年も昔のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らであったが、幸いな事にその時代には後の時代に八英傑と呼ばれる八人の英雄の一人として名を残す過去世のカイトが存在していた。
そんな彼やその配下の騎士達、同じく後に八英傑と呼ばれる英雄達の支援を受けながら元の時代に戻る日まで冒険者としての日々を過ごしていた一同であったが、そんな中でカイトを狙う暗躍の話が持ち込まれる事になっていた。というわけでその阻止に向けて動き出した一同であったが、その中でソラと瞬の二人は王都の冒険者を取り纏めるおやっさんからの要請で王都の酒場へと情報を集めに出向いていた。
『やっぱ王都つっても裏通りに入るとちょっと柄悪いっすね』
『みたいだな……時々だが血の匂いも感じられる。喧嘩も……多そうだ』
『多そうっていうか……』
『聞こえているからな』
やれやれ。酒に酔っているのかそれとも薬に手を出して正常な判断が出来ていないのか、それとも素面でも喧嘩っ早いのか。ソラも瞬も時折響く怒声を聞きながら少しだけ苦笑を浮かべる。
こういう時の鉄則は下手に目を合わさず、さっさと進む事だ。というわけで二人はそこかしこの喧騒を横目に目的地を目指す事にする。
『そう言えば地図だと一番奥なんだったか?』
『そうっすね。一応昼間の内におやっさんとも話したんっすけど、この王都でもかなり古い店らしいです』
『まぁ……あの主人でさえかなりの古株みたいだからな』
昨日二人が訪ねた大通りの酒場であるが、あそこの主人はおやっさん曰く元冒険者――おやっさんの先輩にあたる――らしい。なのでおやっさんも古くから知っていたのであった。というわけで、そのおやっさんから聞いた話をソラが思い出す。
『確か……元冒険者でなんかの依頼で一山当てたらしいっすね。だからある種あの店は道楽みたいなものらしいっす』
『道楽……凄いな。何をしたんだ?』
『なんかワイン農園? 持ってるらしいっすね。昔依頼の途中で助けた人が有名な大商人で、結構広い土地を譲り受けたらしいっす。元々ぶどう畑があったそうで酒が好きだから、ってワイン作らせたら当たったとかなんとか……』
『なるほど……』
それだったらワインでも飲めばよかったかな。瞬はソラの情報にそう思う。そんなこんなで喧騒を尻目に進んでいるわけであるが、裏通りだ。身なりの良い若い少年二人なぞ簡単に目を付けられる事になったようだ。
『……ソラ』
『はぁ……どこの世界も変わらねぇっていうかなんていうか』
『な、なにか馴染みありそうだな』
『え、あ……まぁ』
なにか懐かしい様子さえ滲ませるソラであったが、それを瞬に指摘されてかなり恥ずかしげであった。その昔グレていた頃に路地裏で喧嘩していた事を思い出したようだった。とはいえ、そういうわけである。管理の行き届かぬ裏通り。柄の悪い連中のたまり場だった。
「よう、兄ちゃん……ここら誰のシマだと思ってる?」
「通るのなら通行料金を貰わないとな」
「はぁ……誰のシマってアルヴァ陛下のシマじゃねぇか?」
「「「……」」」
あ、まぁそうだけど。ナイフを見せびらかしながら威圧していたガラの悪い連中であったが、ソラの思わぬ返答に思わず正しく鳩が豆鉄砲を食ったような顔を晒す。誰もがそんな返答が返ってくるとは思っていなかったようだ。というわけで、ソラはその隙を見逃さなかった。
「先輩!」
「ああ!」
今のうちだ。ソラの言葉に応じて、瞬が<<縮地>>でガラの悪い連中の真横を通り抜ける。その一方のソラはソラで一気に駆け抜けており、二人はガラの悪い連中が反応するより前に通り抜けていた。
「あ、おい! 待ちやがれ!」
「追え! 逃がすんじゃねぇ!」
してやられた。ガラの悪い連中はあっという間の出来事に正気に戻ると、自分達の横を通り抜けた二人を追い掛けるように声を荒げる。が、その次の瞬間だ。走り出したガラの悪い連中が大音を上げて停止する。
「んぎゃ!」
「ぐぇ!」
「なんだ!?」
「どうした、お前ら!」
「なんだよ、これ! どうなってんだ!?」
二人の後ろから、ガラの悪い連中の困惑する声が響いてくる。何が起きているかはさっぱりであったが、兎にも角にも二人を追う事は出来ないらしい。というわけで、瞬は再び歩くわけであるがそこでソラに問いかけた。
「何をしたんだ?」
「ああ、予め<<操作盾>>の簡易版を拵えておいたんっすよ。で、俺ら通り抜けた瞬間に発動させてぶつかったって……こっちの力量も見きれない程度の連中だったんで、上手く成功したみたいっすね」
「なるほど……手慣れているな」
「まぁ……昔とった杵柄っていうか、ああいう連中がどう出るかってわかりやすいんで」
伊達に中学時代裏路地で喧嘩に明け暮れたわけではないらしい。ソラは少しだけ恥ずかしげながらも、今回の一件で役に立ったので良かったと思う事にする。というわけでガラの悪い連中の追跡を逃れ更に奥に進むわけであるが、簡単に店にたどり着けるわけではないらしかった。
「「……」」
酒場の主人の言った通りになったな。ソラも瞬も香ってくる酩酊感を催す嫌な匂いに顔を顰める。
「掃除はされてない、ってわけっすか」
「そういうことだろうな……はぁ。ソラ、あれは忘れてないな?」
「うっす。出る前にハンカチと一緒に確認しました」
「俺もだ」
教えてくれていて助かった。二人はおそらく薬を燻しているのだろう香りに顔を顰めながら、準備しておいたマスク代わりのあて布を取り出す。そうして、この後も色々と簡単なトラブルに巻き込まれながら、二人は裏通りの最奥を目指すのだった。
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