第3103話 はるかな過去編 ――カイトの敵――
『時空流異門』と呼ばれる時空間の異常現象に巻き込まれ、過去の時代のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラや瞬達。そんな彼らであったが、何の因果かそこは後に八英傑と呼ばれる英雄の一人として名を残す過去世のカイトが居る時代であった。
そんな彼との出会いや彼の配下の騎士達。そして同じく八英傑として後に名を残す若き英雄達との出会いを経ながらも元の時代に戻るまで冒険者としての活動を開始した一同であったが、その最中にもたらされたのはカイトが大怪我を負って行動不能に陥っていたという情報と、その隙を狙って動き出したという貴族達の暗躍の情報であった。
というわけでその阻止に動いている王族達の意向を受けるおやっさんの要請を受け、ソラ達は国王たるアルヴァとの連絡役を引き受ける事となり、ソラが王城を訪れていた。
「ふぅ……あ、ありがとうございました」
「いえ……では、私はこれにて」
元々若いメイドはヒメアの世話役だ。なのでカイトの治療に専念するヒメアの世話をすることが仕事で、アルヴァの所まで案内するのは彼女の仕事ではない。というわけで東棟を出てすぐ。彼女はソラをその場に残して再び東棟へと入っていった。とはいえ、それで問題があるかというとそういうわけではなかった。
「天城様ですね」
「あ、はい」
「こちらへ。陛下がお話を伺いたい、と」
「わかりました」
ヒメアさんの読んだ通り、ってわけか。自身が出るなりすぐに近付いてきていた若い執事にそう思う。というわけで今度は王城の中心に向けて、彼は通される事になる。
「そういえば……陛下はお元気ですか? もう随分とお会いしていないんですが」
「ええ。陛下はこのご時世、健康である事も仕事だと健康維持にも人一倍気を遣われていらっしゃいます」
「はー……」
確かに組織のトップが倒れては組織が瓦解しかねない。というわけでアルヴァは可能な限り分業制を行えるようにして、自身の仕事を可能な限り減らしているという事であった。
無論、それでもこのご時世だ。彼の裁可が必要な書類は限りなく、民の慰撫を考えれば各地への慰問も行う必要もある。もしかしたら仕事が多すぎて出来ないから、という理由は大いにあった。というわけで彼の所へと通されるわけであるが、今回は彼の執務室であった。
「こちらです……陛下。天城様をお連れ致しました」
『入ってくれ』
「どうぞ」
「はい、っ」
若い執事に促されソラは少しだけ緊張しながらもドアノブを回す。すると一瞬だけぴりっと静電気に似たなにかが彼の手を襲い、思わず顔をしかめて手を離す。
「あ、すみません。静電気が……」
「いえ。どうぞ」
「はい……はぁ」
やはり静電気――のように見せた偽装を解除する魔術――が走って手を離してソラは恥ずかしかったらしい。彼は改めてドアノブに手を伸ばして中へと入る。中には当然アルヴァが居たわけであるが、その横には一人の銀髪の美女が足を組んだ状態で腰掛けていた。と、そんな彼女はソラが入ってくるなり興味深い様子で彼を観察する。
「ふむ……」
「え、あ……えーっと……」
「はぁ……ロレイン。客人の前だ。少しは行儀よくしろ。というか、待て。またパンツルックか」
「ははは。この執務室に招く客だ。おおよそそこらは気にしないで良いと思うが」
「まぁ、それは否定せんがな」
誰に似たのやら。やれやれ、という様子でアルヴァがため息を吐く。とはいえ、その様子や顔立ちなど様々な部分にどこか似通った様子があり、血の繋がりを感じさせた。と、そんな彼の一方。美女の方が楽しげに笑いながらソラに声を掛ける。
「ふふ……ああ、天城くんだったね。よく来てくれた。ロレイン・シンフォニア……手っ取り早い話、君がさっき会ったヒメアの姉だ」
「あ……これは失礼しました。ソラ・天城です。城下町で冒険者をしています」
「そして未来人、と。随分と面白い来歴を持っている」
「は、はぁ……」
どうやら彼女こそが先程ヒメアが言っていた第一王女だったらしい。ちなみに、ヒメアが名乗ったミドルネームは当然ロレインも持ち合わせているが、面倒だったので省いたらしい。公的に使う事も無いので別に良いだろう、という事であった。と、いうわけでどう反応すれば良いか困惑するソラの一方。アルヴァが盛大にため息を吐いた。
「はぁ……すまんな。君なら察していると思うが、今後私が不在の間などではこれが私の代役を務める。その間で報告が必要になったりしたら、私ではなくこのロレインが応対するのでその紹介もしておきたかった」
「わかりました」
「うむ……それで、早速だがカイトの容態について聞いておきたい。話してくれるな」
「はい」
元々ヒメアからもカイトの容態をアルヴァに報告する事を頼まれていた。というわけで、ソラはヒメアから頼まれたカイトの状況についての報告を行っていくのだった。
さておおよそのカイトの容態を伝え終えた後。アルヴァは苦い顔でため息を吐いた。
「はぁ……元々わかってはいたことであるが。やはりカイトの容態は芳しくないか」
「今はまだ良い方だろう。昔は一ヶ月二ヶ月なぞザラだった……あの時はヒメアの治療がまだまだ未熟だったという事もあるが」
「確かにな……どうにせよ、あいつほどの騎士が動けないというのは看過できる問題ではない。事実、それを見て動き出した奴らも居るのだからな」
「厄介な話だ。結局、一番厄介なのはいつも同じ人なのかもしれん……というわけか」
元々アルヴァ達が動いていた話なので不思議でもなんでもないのであるが、やはりどこかの貴族が暗躍している事はわかっていたようだ。その動くきっかけにもなるカイトという存在の大きさにため息を吐いていた。そうして気を取り直してロレインがソラを見る。
「さて……それで本題か。そうだ。そう言えば天城くん。一つ聞きたいのだが」
「なんでしょうか」
「君はカイトの罪状について、どれだけ知っている?」
「罪状?」
おおよそカイトに馴染みのある言葉とは思えず、ソラがぎょっとした様子で目を丸くする。とはいえ、これは敢えてそんな言い方をしていたようだ。ロレインは楽しげに笑っていた。
「ははははは」
「やれやれ……それで言えばお前も私もそれを命じたという意味で大罪人になる。第一、先年の戦いはお前が指揮したのだろうに」
「ふふ……そうだな。この罪状はかなり意地の悪い意味合いの問いかけだ。その上でまず君に知っているか問いたいのは、カイトの敵は何も魔族だけではない、という所だ。無論それは今彼を狙うどこぞの貴族共という意味ではないがね」
「それは、どういう……」
今カイトの身を狙う貴族達というのは明らかな彼の敵と言って良いだろう。が、それ以外となるとソラには想像が出来なかったようだ。というわけで、そんな彼にロレインが問いかける。
「君は今の時代がどういう時代か、未来のお姫様達から聞いているかね?」
「戦国乱世の時代だ、とは……」
「そう。戦国乱世だ……魔族達により意図的に引き起こされたか、それとも結局そうなったのかは別にして、だがね。有り体に言えば一つの時代の末期か。それは統一王朝という王朝の崩壊を経て各国に勝手を引き起こし、今の戦国乱世へと至っているわけだ。それはわかるかい?」
「はい……私の故国でも似たような時代がありましたので……」
日本には百年も戦乱の時代が続いた戦国時代がある。それに関してはソラも常識として知っているし、彼自身の前世を調べる中で色々と調べもした。少なくとも人並み以上には知っている、と言って良かった。
「そうか……無論、私達とて腐敗をなんとかしようとはしたのだがね。今思えば一地方の国家がどうにか出来る話ではなかった。それでもベルを守り切れたのが限度だったのかもしれん……彼女には辛い思いをさせてしまっているが」
当時の事を語るロレインの顔は苦いものだ。が、そんな彼女はすぐに気を取り直した。
「それは良いだろう。とにかく、そういう時代だ。敵は何も魔族だけではない……その意味はそれでわかるだろう」
「つまり好き勝手する国を相手にも戦っている、と」
「そうせねばならんよ。無論、下手に地脈の重要な地点に魔族の拠点を構築されても困る。そこを管理する国に守る力が無いのなら我が国が奪ってでも守らねばならん事もある……戦争を引き起こしてでもな」
冷酷に冷徹に。ロレインは為政者としての冷たさを滲ませながら、そう明言する。とはいえ、それだけの事をせねば国を守れない事もまた事実ではある事はソラも現状を僅かでも知ればこそ理解していたようだ。
「……なんとなくですが理解はします。あまり認めたくはないですが……」
「ははは。そうだな。認めたくはない、というのは理解できる。が、たとえ後世侵略戦争と言われようと、せねばならん事はせねばならん……民を守る。その責務がある以上はな」
苦笑を滲ませるあたり、ロレインにも自身が引き起こした戦争が侵略戦争の側面を含んでいる事は理解できていたのだろう。その彼女の言葉で、ソラはセレスティアの語った後世におけるロレインの評価を思い出した。
(幾つかの避けられただろう戦争を避けなかった冷酷な悪女とも言われている……か)
実際に会って話す限りそんな人には見えないが。とはいえ、これはセレスティア自身も悪く言う人は、と断りを入れていた事は事実だった。そしてそれを思い出して、カイトの話も思い出した。
「あ……」
「どうした?」
「いえ……そういえば仲間から聞いたカイトの話を思い出したんです」
「そうか……その様子であれば、どうやら私の関わる部分でのカイトの話、というわけなのだろうな」
自身と話しながらカイトの話を唐突に思い出すのだ。ロレインは自身がカイトに命じたある種の『侵略戦争』の話なのだろうと理解した様子だった。そしてそうであればと彼女は口にする。
「それなら、話は早いだろう。とどのつまりそういうことなのだ。彼も私も恨みは買っている。無論、覚悟の上だし真正面から向き合うつもりでもあるがね。だから何もこの国の貴族だけが彼の敵ではないのだ」
「ということは今回も?」
「十分にあり得るだろうね。というより、おそらく今回の一件の裏にもそういう輩は居るだろう。そしてそこらを理解してもらうためにも、まずは君に情報を共有しておく」
兎にも角にもどういう相手が敵なのかを知らねば話にならない。ロレインはそういうと、今回の話し合いに合わせて用意した資料を取り出す。そうして、ソラは暫くの間ロレインから今のカイトの敵についての講習を受ける事になるのだった。
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