第3100話 はるかな過去編 ――東棟――
『時空流異門』と呼ばれる時空間の異常現象に巻き込まれ、過去の時代のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラや瞬達。そんな彼らであったが、何の因果かそこは後に八英傑と呼ばれる英雄の一人として名を残す過去世のカイトが居る時代であった。
そんな彼との出会いや彼の配下の騎士達。そして同じく八英傑として後に名を残す若き英雄達との出会いを経ながらも元の時代に戻るまで冒険者としての活動を開始した一同であったが、その最中にもたらされたのはカイトが大怪我を負って行動不能に陥っていたという情報と、その隙を狙って動き出したという貴族達の暗躍の情報であった。
そうして貴族達の暗躍を看過出来ないとカイトの守護に奔走するおやっさんの要請を受け、一同はおやっさんと共にカイトの守護に動く事となり、ひとまず情報収集に奔走していた。
というわけで、瞬が馴染みとなった冒険者から情報を集める一方。ソラはというとカイトの負傷を聞いて見舞いに訪れた体で王城を訪ねていた。
「というわけなんですが……」
「……少々、お待ち下さい。本部に問い合わせをさせて頂きます」
見舞いとして果物を用意したソラの問いかけに、王城の出入りを取り仕切る文官は少しだけ考えた様子で確認に動いてくれる。そうしてそんな動きを見ながら、ソラは内心で少しだけ考え込んでいた。
(一応、見舞いだから果物でも、と思ったけど……これ正解だったんかな……)
流石に見舞いだというのに手土産も何も無しというのはどうなのだろう。ソラはそう思って、一応贈答用の高級フルーツセットを買っていた。もちろんこれはセレスティアとイミナに確認を取っての事だ。
が、何分彼女らの時代より数百年も前。彼女らもこの時代に見舞いの品がどういう形だったか、それどころか見舞いで手土産を持っていくかどうかさえ知らなかったため、未来の時点での正解で進んでいたのであった。
(いや、でも持ってってだめって言われても誠意は伝わる……よな。多分……)
そうであって欲しい。ソラはここが王城で相手が王国有数の騎士団の騎士団長である事を思い出し、内心で冷や汗を掻く。そうして彼が悩ましげに考え込むこと暫く。どうやら確認が取れたらしい。文官が戻ってきてくれた。
「おまたせしました。お通り下さい」
「あ、ありがとうございます」
良かった。ソラは文官の返答に一つ頭を下げ、奥に進ませて貰う事にする。そうしてかつての記憶を頼りに<<蒼の騎士団>>本部まで進む事にするのであるが、その道中。彼はこれが文官にとって驚くべきだったのだろうと思っていた。
(あの人……驚いてたな。それにこの王城の警備……厳戒態勢、って言って過言じゃない)
この間入らせて貰った時に比べて段違いに警戒されている。ソラはカイトが怪我をしたというだけで一気に警戒レベルが跳ね上がっている様子の王城の各所を注意深く、ただし警戒されない程度に観察する。これはそれだけ<<蒼の騎士団>>がこの国に与える安心感に対する証明と考えてよかった。
(多分俺に監視が付いてないのは……勘違いだよな。腕利きが配置されたか……それとも陛下が許可を出されたか)
そっちなら安心出来るが、おそらく自分でも対応が出来ない領域の腕利きが寄越されたと考えて良いのだろうな。ソラは王城の様子からそう思う。と、そんな彼が中庭に入って早々に目を見開く事になった。
「なんだ、これ……」
尋常じゃない。ソラは中庭全域に漂う得も言われぬ圧力に思わず進むことを躊躇う。いや、躊躇うどころの騒ぎではない。少しでも気を抜けば引き返したくなる。そんな領域の圧力が漂っていた。と、そんな彼の背に声が掛けられた。
「天城様」
「……え、あ、はい」
「ご案内致します」
「は、はぁ……」
進まないで良いなら進みたくない。そんな考えがソラの中にあったのは事実だ。というわけで、背後から掛けられた声に彼はようやく振り向いた。そこには若いメイドが一人立っていたが、彼女が単なるメイドには到底見えなかった。
(……この人無茶苦茶強い)
話し掛けられた事でソラはようやく自身の呼吸がかなり浅くなっている事に気が付けたわけであるが、それに対してこの若いメイドは全くの自然体。このわかっていても息苦しくなるような圧力を平然と受け流していたのだ。そうして、そんなメイドがソラへと頭を下げる。
「こちらへ」
「は、はい……えっと……でもあっち本部ですよね? 今カイトはどこに?」
「……」
それを口頭で聞こうとするのか。メイドは一瞬だけ盛大に呆れたような顔を浮かべる。とはいえ、何も知らされずにあの圧の中に放り込まれたのだ。正常な判断が出来ていなくても仕方がない、と考えを改める。
『聞こえますね』
『え、あ、はい』
『カイト様は現在、ヒメア様の結界の中で治療を受けられていらっしゃいます。ヒメア様の体調管理もありますので、現在は自室にてお休みになられています』
『自室? それって東棟の?』
『そうなります』
てくてくてく。メイドとソラは東棟へ向けて歩きながら、念話を交わす。そうして厳重な警戒態勢が敷かれている中庭を迂回していくわけであるが、そうなるとソラには一つ気になる事があった。
『あの……一つ聞いて良いですか?』
『なにか』
『本部にはカイトは居ないんっすよね? ならあの警戒態勢って……陽動とかですか?』
『カイト様はいらっしゃいませんが、他の皆様はいらっしゃいます……他の皆様の来歴はご存知ですね』
『あ、はぁ……あ、そういう……』
『そういうことです……同様に、まだ眠っていられる方もいらっしゃいます。故に目覚めた騎士達がああやって警戒しているというわけです』
グレイスを筆頭に、四騎士達はこの国でも有数の名家の出身だ。今回のカイトと同様にその前後不覚の隙を狙おうという輩は後を絶たないのだろう。なので他に寝たきりの騎士達を守るべく<<蒼の騎士団>>で目覚めた者たちが警戒態勢を敷いているため、中庭はあの状況というわけらしかった。そうしてそんな話を聞いていると、東棟へとたどり着く。そこで、ソラは今度は困惑を得る事になった。
「……え?」
何なんだ、これは。ソラは自身では到底理解の及ばない結界を見て、思わず感動さえ覚える。この領域で結界を展開出来るのなら厄災種の攻撃だろうとそよ風になるだろう。彼から見てもそう断言出来るほどの強度だった。そんな愕然とも感動とも取れる複雑な表情を浮かべる彼に、メイドが告げる。
「ヒメア様の結界です……姫様」
『お父様とサルファから聞いています……手が離せないから勝手に入って頂戴』
どうやらソラが来る事そのものは想定された事態であったらしい。結界の一部が開いて二人を中へと招き入れる。が、これにソラは再度息を呑んだ。
「っ……」
「ヒメア様は王国随一……いえ、この大陸随一の結界術の使い手です。姫様にとってこの程度は造作も無い事です」
「……」
やはり彼女もまたカイトと同じく後に八英傑と言われるだけの事はあるのだろう。ソラはどこか誇らしげなメイドの言葉にはっきりとそう認識する。
(こんだけ強固な結界なのに、まるで簡単に一部だけ開くなんて……しかも閉じるのを見てたのに開く場所の痕跡なんてどこにもない。どんな技術なんだよ)
もしかすると結界の技術に関してであればティナちゃんさえ上回っているかもしれない。ソラはヒメアの技量に空恐ろしいものさえ感じていた。それほどまでに、ヒメアの技量はずば抜けていたのだ。と、そんな彼女の技量に恐れ入っていた彼であるが、少しして違和感に気が付いた。
「……あれ? 誰も居ない……んですか?」
「現在東棟は完全封鎖。立ち入れるのはヒメア様の世話をする私を筆頭にした極少数のメイドだけです」
「極少数……ってことは今も中には」
「居ます……皆、気配を可能な限り殺しております」
ソラは役割の関係で気配を読む力を高めているわけであるが、その彼の腕を持ってしてもこの東棟に残っているというメイド達の気配が誰一人として感じ取れなかった。とどのつまり、それはこの東棟に残っているメイドであれば誰でもソラの暗殺を可能とするだけの実力者揃いという事であった。
そうして圧力こそ通常時と変わらぬものの、その警戒レベルであれば王城でも有数の領域に到達している東棟を進むわけだが、その最中。階段の前にたどり着いた所で若いメイドが唐突に足を止めた。
「これより上のカイト様のお部屋へ向かうわけですが……二階以降は声を出すのは厳禁とお考え下さい。といっても、声を発した所でサルファ様のお力により消されてしまいますが……」
「消される?」
「そういう事が可能なのです。また念話もほぼ無効化されます。魔糸は」
「あ……使えます」
「未来のカイト様より教わったと考えて?」
「……はい」
後にこれはアルヴァから教えてもらう事であるが、今この東棟に残っているメイドはヒメアと生死を共にする事を役割付けられたメイド達だった。
なのでソラ達の身の上も教えられていたのである。そしてこの結界の中だ。話した所で問題はないのだろう。というわけで、少し驚きながらもはっきりと認めたソラにメイドもまた頷いた。
「なら安心して良いですね……そういうわけですので基本は魔糸を介しての通話を行ってください」
「はい……えっと……あのなんでですか?」
「……失礼致しました。現在ヒメア様はカイト様の治療に専念されております。その集中力を阻害せぬよう、音を極力立てぬようにしているのです」
「あ、そういう……わかりました。それなら全然問題無いです」
それは重要だ。ソラは謝罪したメイドの言葉に納得する。と、そうして納得した彼であったがふと思い出した事があった。
「あ、そうだ。一つ良いですか?」
「なにか?」
「サルファさんが来てるんですか? さっき彼の名前が……」
「いえ。現在サルファ様は黒き森に戻られていらっしゃいます。そこから、この東棟を視ていらっしゃる、とお考え下さい」
「……」
カイトの周辺に関してはもしかしたら未来以上にとんでもない猛者達が集っているかもしれない。ソラははるか遠くの黒き森からこの東棟をサポートするというサルファの技量に、この日何度目かの言葉を失う事になる。と、そんな彼の眼の前にまるでそれを証明するかのように文字が浮かび上がる。
「だから下手な事はするなよ」
「え? な、なんだ、これ……」
「文字に音を乗せただけだ……姉さんの邪魔をすれば一瞬で放り出すから覚悟しておけ」
「……」
何をされているかはさっぱりだが、念話でもない音でもない何かしらの芸当によりサルファの声が文字と共にソラの脳裏に響いていた。と、そんな彼の文字に向けてメイドが腰を折る。どうやら彼女にとってはこの程度驚くほどの事でもなかったようだ。
「サルファ様。ありがとうございます」
「構わない。今回もまた兄さんのお陰で多くのエルフの民が命を落とさず済んだ。その彼の命を守る事はエルフの王族の義務だ。ああ、そうだ。ついでなので伝えておくが、姉さんの飲み薬と兄さんの薬の次の分が出来上がった。また使者が持っていくと思う。アルヴァ陛下によろしく伝えておいてくれ」
「重ね重ね、ありがとうございます」
せっかく話しているのだから、と要件を伝えたサルファにメイドが再度腰を折る。そうして彼の要件が終わった所で文字が完全に消失し、若いメイドに先導されてソラは階段を上がっていくのだった。
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