第3097話 はるかな過去編 ――暗躍――
『時空流異門』と呼ばれる時空間の異常現象に巻き込まれ、過去の時代のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らは後のセレスティア達の時代には八英傑と呼ばれる八人の英雄の一人として名を残す過去世のカイトや、その配下の騎士達。そして同じく八英傑の英雄達との会合を果たしていた。
そんな彼らの支援を貰いながらも元の時代に戻るまで冒険者としての活動を重ねていたわけであったが、その一環として偉大なる巨岩と呼ばれる魔物の討伐に参加していた。
「……これは」
『瞬。無事だな?』
「おやっさん」
『よし。無事か。上出来だ……作戦会議の時にも言ったが、その爆発に巻き込まれて何人か命を落としてる。その理由は……多分お前は理解出来てるだろうな』
「ええ……」
やはり巨大な魔物の再生力は尋常ではなく、今回もソラが風穴を空けて数十秒も掛からず穴は塞がろうとしていた。同じ様に脱出までに手間取って肉壁の再生に巻き込まれ、逃げ切れなかった冒険者は時折居るようだ。というわけで、それを実感していた瞬におやっさんが称賛を送る。
『咄嗟に傷口を焼くって判断が出来たのは上出来だ。そうか。そういう手もあったな。咄嗟だから思い付くヤツはかなり珍しいが……ちっ。俺らは経験で何とかするが、若いやつってのは判断力がやっぱ良いな』
「あはは……はぁ。にしてもとてつもない爆発でしたね」
『ああ、あれか。単発限りだがコアを爆弾にしちまうんだ』
「そういえばそう言っていましたね……そうだ。あれ一つでヤツのコア全部を書き換えられたんですか?」
『ああ、いや。そいつは流石に無理だ……そうか。そうだな。そう言えばお前さんらには詳しい原理ってのは話してないな』
昨日の作戦会議は冒険者向けという事もあり、かなり手短かつ要点だけを纏めて行われていた。もちろん、そこには必要無いだろうという話も多かったので、敢えて省かれたという所も大きい。というわけでその省かれた部分についてをおやっさんが手短に教えてくれた。
『あれは厳密にはコアの性質を変化させてる、ってわけじゃないんだ。あれは厳密に言えばコアをオーバーロード状態にさせて……オーバーロードってわかるか?』
「なんとなく、という所です」
『そうか。有り体に言えば腹一杯の状態から更に魔力を注ぎ込んで破裂させる、って塩梅なんだが……ここらの原理については俺も詳しくは知らんがな。ノワールの嬢ちゃんみたいな偉い学者さん方が色々とやって、杭を起点としてコアに蓄積される魔力を一気に増大させるんだと。それで一箇所に蓄積される魔力量が臨界点? そんなのを上回ると大爆発が起きる……とかなんとかだ。なんつー現象だったか……』
ここまで出てるんだが、出てこねぇんだ。おやっさんはああでもないこうでもない、というような表情を浮かべる。どうやら彼も完全に理解しているわけではなかったらしい。とはいえ、ここまで聞いて瞬の側が理解出来たようだ。
「なるほど……多分、魔素爆発ですね」
『それだ! そうそう、そういう現象を引き起こすんだと。で、そこに杭に仕込んだ別の魔術を用いて魔物の身体を構築する魔力を一点集中。大爆発を引き起こす……とかなんとか』
「なるほど……」
どうやってコアに魔力を目一杯叩き込むかなど色々と不明な点はあるが、先程起きた爆発などはたしかに魔素爆発と考えて良さそうではあった。そしてそれについては瞬も一家言あり、すんなり納得出来たようだ。
「ありがとうございます。大体理解出来ました……ひさしぶりに良い運動にもなりましたよ」
『おう、俺もだ……やっぱ時にはデカい戦いに参加するのも悪かぁねぇな。座ってばっかじゃケツが凝っちまう』
「あはは」
『ははは……じゃ、後は被害状況を纏めて帰るか。今回はお前さんらが上手く囮をやってくれたおかげで被害はほとんどなさそうだ』
笑う瞬と共に笑ったおやっさんであるが、すぐに気を引き締めて撤収の用意を整えるべく手配に入る。が、やはりそう簡単に撤収は出来なさそうであった。
『おやっさん! 見張り台のヤツから連絡! 魔物の群れが接近中!』
『ちっ! やっぱ嗅ぎつけられたか! 瞬!』
「了解です! ニトラートさんに支援もらえますか!?」
『半分ほどは使えんが、それでも良いか?』
「十分です!」
あれだけ大規模な魔力の爆発だったのだ。周囲の魔物達を刺激してしまっていても無理はないだろう。というわけで、瞬達はそれから暫くの間おやっさん達が被害状況やら撤収やらの準備を整えるまでの間、陣地の護衛に務める事になるのだった。
さて偉大なる巨岩との戦いが終わってから翌々日。翌日の昼には拠点に戻った一同であったが、その日は流石に休息に充てる事にして活動再開は翌々日となっていた。
というわけで、一応の振込などの手続きのためにソラが冒険者協会の支部を訪れていた。そんな彼であったが、待っていたのはどういうわけかおやっさんであった。
「おう、ソラ。来たな……お前一人か?」
「おやっさん……あれ? 確か仕事部屋の改修はもう終わってるんじゃ。ああ、それと一応俺一人ですけど……先輩とかは明日からの迷宮に備えて準備っす」
「そうか……で、俺の仕事部屋な。工事は終わってる……んだが、少し連絡があってな」
「連絡?」
少し険しい顔のおやっさんの様子から、ソラは現状がただ事ではない事を理解する。そしてそれを理解した様子を見て、おやっさんも頷いて踵を返す。
「おう……ちょい来い。あんま大っぴらに出来ない案件だから、俺の部屋行くぞ」
「……了解っす。あ、先輩呼んだ方が良いっすか?」
「ん? あー……いや、一旦はお前だけで良い。もし必要なら、必要なだけ集めてくれて構わん」
どうやらかなり厄介な状況になりつつあるらしい。それにソラは気を引き締めつつ、おやっさんの仕事部屋へと入っていく。そうして部屋に入って自分の椅子に座って早々、おやっさんは特大のため息を吐いた。
「はぁ……この話が俺の所に来る前に部屋の改修が終わってくれて助かった。それと、お前さんらの話のお陰で信頼の出来る職人に依頼出来てたってのも有り難い」
「……ってことはもしかして……」
「……ああ。貴族共の案件でな。ま、俺もカイトと一緒で気に入らねぇ貴族共の何人かはその鼻っ面を物理的にぶちのめしてきた。恨まれてねぇってのは無いが……ちょいと今回はそういったのを超えて厄介でな」
自身同様に険しい顔をしたソラに、おやっさんは少しだけ苦笑いしながら現状を語る。それにソラは話の本題を聞く事にする。
「この間、カイトが大怪我をしたってのは聞いてるか?」
「……え?」
「初耳か……ま、あいつが大怪我をして運び込まれる、なんてよくある話過ぎて流れて来ないのもわからないでもないけどな。というか、誰か心配ぐらいしてやれよ。ったく」
「え!? いや、そんな落ち着いてて良いんですか!? あいつが大怪我なんて……」
なにせあのカイトである。確かに未来のカイトほどの技はないとはいえ、単純な身体能力であれば未来の彼を上回っているのだ。その彼が大怪我を負うという事態はそんな落ち着いていられるとは思えなかった。
「あいつ、王国の国防の要っすよね? そんな落ち着いていられる事態っすか?」
「まー、よくある話だし、あいつが大怪我って時点で魔族共も相当な被害が出たってのはわかるだろ? だからどっちも攻めは打てないんだよ。今回のは相当デカかったみたいだけどな……それに、言っただろ? 偉大なる巨岩の討伐……王国軍にそんな余裕はねぇって」
「あれ、そういう意味なんっすか……」
あまりに慣れすぎているが故に、ソラは気付けなかったらしい。そして後に調べた所によると、どうやらカイトが大怪我をして運び込まれたのはちょうどソラ達が迷宮の攻略に赴いている最中で、その後すぐに偉大なる巨岩との戦いだったので知り得なかったようだった。
「そんなのいつもの事だ。お前さんらがこっち来てからそういうのはあんまなかったが……実際にゃ大怪我して一週間二週間寝たきり、ってのはヤツの常だ。気にすんな」
「は、はぁ……」
この落ち着きよう。おそらく本当なのだろう。ソラはおやっさんの落ち着き方から、ソラはカイトが大怪我を負って寝込むという事が珍しい事でもないと理解する。そしてそんな彼に、おやっさんが告げた。
「まー、そんなもんだ。あいつが怪我してようが、俺らは俺らの仕事をする。で、あいつが目を覚ました時に大丈夫だから安心しろ、って言ってやるんが俺らの役割だ」
「……うっす」
「おう……で、だ。それはそれとしても。あいつが怪我をして喜ぶヤツが居るってのもまた事実だ」
「それが、今回の貴族共と」
「そうなる」
ソラの理解に、おやっさんが一つの封筒を取り出す。そうして彼は一瞬だけ周囲を警戒し何も覗かれていない事を理解すると、それをソラへと差し出した。
「中はここで見ろ。後、工事をやってる奴らに頼んで、お前らの部屋の書類仕事をする部屋? その部屋の警戒レベルをここと同様まで引き上げて貰うように頼んだ」
「良いんっすか?」
「それより信頼出来る手駒を増やしたい……必要経費って事でアルヴァ陛下も承諾くださった」
「陛下が……」
どうやら今回の一件はアルヴァさえ動く大事になっていたらしい。それにソラは思わず言葉を失う。そんな彼に、おやっさんが少しため息を吐いた。
「お前さんも言ってるが、この国はあいつに頼ってる所が大きい。が、だからこそあいつを妬んでる貴族共ってのはかなり大きい……ここだけの話……でもなんでもないが、ヒメア様と婚約するのはあいつだろう、ってのも当たり前のように語られてるしな。あいつは望んでないが、権力ってのはあいつが好きらしくてな」
「……」
王国の切り札的な騎士団の騎士団長なのだ。そして孤児ではあるが、現在はシンフォニア王国でも歴史ある騎士の一族――しかも王族に覚えも良い――に属する騎士でもある。婚約は可能だと言って良いだろう。というわけでそこらは常識として知っているおやっさんはそこらの話をすっ飛ばし、本題に入った。
「多分、魔族共に付け入られてヤツを殺そうって勢力が動いてる……無理だが」
「無理?」
「ヒメア様がつきっきりで守ってる。あの方の守りは誰も突破できん……本当に休み無く、な。いや、そりゃ良い。兎にも角にも守りは抜けん……抜けんが、負担を掛けるわけにもいかん」
「そりゃ当然っすね……でも四騎士達は?」
「あのな……カイトが大怪我って時点で全員大怪我だ。正直、あいつら全員大怪我して帰ってくる癖になんで全員揃って生還出来るのかさっぱりだ」
正直それは凄いと思うがな。おやっさんは他の騎士達もほぼ全滅状態と口にしつつも、全員無事である事を明言する。これにソラは少しだけ胸を撫で下ろす。
「それはそうとしても全員無事、と」
「おう。あいつらすでに数百は戦場を戦い抜いてるだろうに、誰一人として死んじゃいない。ま、そこはカイト……いや、あいつだけでなく四騎士達の意地ってのもあるんだろう。最後の一戦でカイトに預けてた本隊以外は全員一緒に死んだが……それまでは誰一人として死ななかった。それをカイトは絶対視してやがる」
親父さんみたく、全員一緒にくたばるなんてオチはやめてほしいがな。おやっさんはカイト達が背負うものを理解しながらも、だからこそ苦い顔だった。とはいえ、だからこそ全員が生還出来ているのだろうとも思えばこそ、誰も何も言えなかったようだ。
「いや、そこは一旦横に置いとくぞ……とりあえず俺と懇意にしてる冒険者で、裏に通じてるヤツが居てな」
「情報屋……みたいなのっすか?」
「そうだな。そんなヤツだ……そいつも謂わば俺達側で、情報を流してくれてるんだ。情報は事実だろう……とりあえずそいつを読んでくれ。話はそこからだ」
「うっす……あ、それで一応この資料は持ち帰らないっすけど、話は持ち帰って良いっすか? 意見を聞きたいヤツ居るんで」
「もちろん構わん。お前らなら大丈夫だろうからな」
こういう案件であればセレスティアやイミナの保有する歴史の知識は重要になるだろう。ソラはそう判断していたようだ。そうして彼はその場で封筒の中身を可能な限り暗記して、急いで仮住まいの拠点へと戻るのだった。
お読み頂きありがとうございました。




