第3090話 はるかな過去編 ――巨山崩し――
『時空流異門』と呼ばれる非常に稀な時空間の異常現象。それに巻き込まれ、数百年前のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らは後の世において八英傑と呼ばれる事になる伝説の英雄の一人である過去世のカイトや、その配下の騎士達。同じく八英傑の英雄達と遭遇し、彼らからの支援を受けながら元の時代に戻るべく冒険者としての活動を開始していた。
というわけで、そんな冒険者としての活動を重ねる最中。ふとした事で冒険者協会を訪ねたソラと瞬であったが、それと時同じくして舞い込んだ報告をきっかけとして一同は巨山崩しと呼ばれる魔物との戦いを繰り広げる事になっていた。
そうして、冒険者協会が設置した野営地にたどり着いて数時間。その後も様々な冒険者達が馬車でやって来ていたのであるが、それも暗くなった頃合いで一旦終わりを向かえ焚き火を囲んでいた。
「……そういや、おやっさん。一個良いっすか?」
「おう……聞ける時に聞いとけ」
「すんません……なんで今回、竜車一台も出てないんっすか? 協会も何台も竜車保有してるでしょ?」
「おう。ウチもこの大陸全体で見ればデカい組織だからな。何台も持ってるし、ウチの支部独自でも何台も持ってるぜ」
ソラが聞いた事は別に彼が調べたり誰かから聞いたわけではないが、普通に組織の規模や人員の層の厚さなどを知っていれば自然理解出来る事ではあった。が、だからこそ気になったのだ。というわけで、彼の指摘を認めたおやっさんが教えてくれた。
「あの巨山……偉大なる巨岩って魔物なんだが……ま、見てわかる通りあんな図体してるんだ。とんでもなく魔力を喰う。そりゃ良いか?」
「まぁ……あんだけデカい図体してるんっす。多分相当量喰うんだろうなー、ってのは」
なにせ正真正銘小さな山ほどもある巨大さなのだ。下手をすれば以前にソラ達が戦った厄災種の一体。八岐大蛇と同等か、サイズだけであればそれ以上かもしれなかった。となると肉体を構築する魔力の量は凄まじく、そして同時に維持するのに必要な魔力量も莫大になる事は察しやすかった。
「おう……そういうわけだから、ヤツは普通に一週間二週間……休眠期になると一ヶ月二ヶ月って眠りやがる。ああやって地脈の魔力を吸い上げてるんだな」
「地脈の?」
「おう……地脈の……この意味はわかるか」
「……うっす。ヤバいっすね、それ」
地脈の魔力をあの巨大な魔物が吸い上げているというのだ。そして先に二人が言っている通り、吸い上げる量は莫大になるだろう。となると、考えられるのはあまり良いとは思えない事態だった。
「つまり、本来周囲の砦やら街やらに融通される魔力を途中で吸い上げてる、って事っすよね? しかもあんなデカブツが」
「ああ……だからあいつが出た周囲の街やら軍事基地は堪ったもんじゃない。あいつが居る間は出せる出力が一気に落ちるし、あんなデカいヤツはその存在そのものが脅威だ。もちろん、あんなヤツが魔族が操られてみろ。砦なんて簡単に落とせちまう……ま、ウチの国だとカイトやらルクスやらが居るおかげでそんな事態にはならねぇけどな」
それだけは救いだな。おやっさんはソラに向けて笑う。やはり絶望的な状況であろうと、最終的にどうにか出来るヤツが居るというのは安心感につながるのだろう。とはいえ、もちろん彼らに任せきりに出来る状況ではない事は自明の理。なのでこうして冒険者協会も動いているのであった。
「いや、そりゃ良いな……とりあえずそういうわけだから、ヤツにとってデカい魔力の塊……つまり竜ってのはごちそうになるんだ」
「竜を食っちまうんっすか!?」
「そうだ。すげぇだろ? 俺も初めてデカい地竜を丸呑みしたのを見た時は思わずは嘘だろ、って呆然としちまったよ」
「うわぁ……」
確かにあんな巨大な存在に口があるのであれば、並の地竜であれ丸呑みにしてしまえるだろうが。ソラは遠くの偉大なる巨岩を見て盛大に顔を顰める。
「ま、そういうわけで竜車は使えない、ってわけだ……ヤツはなんとかせにゃならん。街やらに目をつける前にな……っ」
「なんだ?」
「ヤツの寝返りだ……すげぇだろ?」
「寝返り……」
僅かに揺れた地面に困惑したソラであったが、その原因を聞いて愕然となる。寝返りを打つだけで、地震が起きているのだ。現実感を喪失しそうなサイズ感だった。と、そんな所に若い冒険者が声を掛ける。
「おやっさん……ヤツの魔術の効果が大分薄らいでるって」
「そうか……明後日まではなんとかなりそうか?」
「そりゃなんとか、って所らしい。が、昼までは保たないだろう、って」
「ちっ……思ったよりデカいし、この地脈はかなりデカい脈だ。たらふく食って対抗力が上がっちまってるのか」
どうやら状況は思ったより良くないらしい。おやっさんは若い冒険者の報告に舌打ちする。そうしてその後は苦い顔で頷いた彼は、その後ソラに声を掛ける。
「ソラ。お前も今日はもう寝ておけ……明後日はかなり朝早くなりそうだ」
「うっす」
これは朝一番の夜明けと共に戦う事になりそうだ。おやっさん達の様子からソラはそれを察したようだ。そうして、彼はこの後はすぐに用意されたテントで眠りに就く事にするのだった。
さて明けて翌日。翌日も朝からひっきりなしに馬車がやって来るわけであるが、それも昼になるとある程度一段落して戦いに直接参加する者たちが集まっての会議がされる事になっていた。
「……おやっさん。これで大体は揃った。まだ揃ってないヤツも居るが……」
「おう……砲撃隊は? 遅れてるのか? 奴らも今回の肝だぞ。最低リーダーだけは急いで来るように言ってくれ」
「砲撃隊は俺が率いる。久しぶりだな、アルダート」
「お前……ニトラートか。久しぶりだな。どれぐらいぶりだ?」
「もう五年か六年だ」
おやっさんの言葉を聞いてテントの幕をくぐり抜けて来たのは、ガッシリとした体躯の大男だ。その体躯は大柄なおやっさんやソラよりも更に大きく、2メートルを優に超えていた。そんな彼におやっさんは目を大いに開いて驚きを露わにしていた。
「もうそんなか……だがお前、なんでこっちに。お前、銀の山に帰ってたんじゃなかったか?」
「連合に要請されて新型の砲台を作ってたんだ。今回もその演習で来てたんだが……頼まれて協力に来た。ウチとしても試射代わりに丁度よいしな」
「なんだよ。近くまで来てたなら声の一つでも掛けてくれりゃよかったじゃねぇか」
「そんな間柄でもないだろう」
人懐っこい笑みを浮かべるおやっさんに対して、ニトラートは少し無愛想ながらも顔を綻ばせる。彼も喜んではいる様子だった。
「ああ、悪いな。こいつはニトラート。銀の山で連合向けの砲台とかを作ってる技師だ……こんなナリだが手先は無茶苦茶器用だし、狙いも外さない百発百中の狙撃手でもある」
「持ち上げ過ぎだ」
「はははは……ま、そんなわけで。このニトラートが砲撃隊を率いる……で、良いんだな?」
「ああ。この野営地から砲撃を行ってヤツの行動を阻害すると共に、もし大きく動き出した場合は移動しながら砲撃を行いヤツの足止めを行う」
やはりあれだけ巨大な魔物なのだ。ソラ達におやっさんが加わった所で真正面からでは戦いになるわけがない。というわけで魔導砲やら魔術師達が遠距離から削っていき、最終的にソラ達が直接仕留めるのであった。
「そういうわけだ……良し。じゃあ、各員の自己紹介から始めようじゃねぇか。まず俺はアルダート。シンフォニア王国王都の冒険者協会の支部長だ」
今回音頭を取るのは、王都の冒険者協会らしい。というわけで、おやっさんが最初に自己紹介を行って、順次今回の関係者の自己紹介が行われるのだった。
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