第3089話 はるかな過去編 ――巨山――
『時空流異門』という時間と空間の異常現象に巻き込まれて、過去の時代のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らは後の時代に八英傑と呼ばれる事になる過去世のカイトや、その配下の騎士達。同じ八英傑の英雄達と遭遇する。
そんな英雄達との会合を経て再び元の時代へ戻るべく冒険者としての活動を開始させる一同であったが、その第一歩として拠点の改修を行う事にしていた。
というわけでその準備として迷宮攻略による資金調達を行っていたわけであるが、それも終わりかけた頃にその次の下準備として迷宮の外の依頼を請け負う事になっていた。
「……これ、マジの話っすか?」
「なんでぇ。俺、ってかギルドの依頼書を疑うのか?」
「あー、いや、そういうわけじゃないんっすけど……」
冒険者協会側が手配してくれた馬車に揺られ暇だった事もあり、ソラは今回の依頼のターゲットを再確認していたのであるが、そんな彼はおやっさんの言葉に困った顔を浮かべていた。というわけで、彼がそのまま問いかける。
「いや、でもマジでこんな魔物が居るんっすか?」
「おう。放置しておくと小さな村ぐらいなら吹き飛んじまうから、絶対に倒さねぇとな」
「いや、そりゃそうなんっすけど……」
マジでこんな魔物が居るのなら一大事だし、よしんば居るのなら自分達で討伐出来るのだろうか。ソラは依頼書もとい手配書を見ながら、非常に険しい顔だった。
「ま、お前の懸念もわからいではない……けどこの間の瞬の実力。そこから見繕えるお前の実力……そっちの嬢ちゃんらの実力やらを見極めると、大丈夫だろうって判断だ。で、俺も参加してやってる。支援は任せろ」
「は、はぁ……」
やはりソラは不安らしい。気楽に構えている様子のおやっさんに、ソラは大丈夫なのだろうと思うだけだ。と、そんな彼の横から瞬が依頼書を覗き見る。
「巨山……か。そうあだ名されるだけの魔物だという事だが」
「……どう見ても山っすね」
「どう見てもな」
山のような、という比喩表現ではなく正真正銘の山。それが描かれている手配書に瞬は笑い、一方のソラはやはり困惑した様子だ。というわけで、ソラが改めて確認するようにおやっさんに問いかける。
「……山のようにデカい、じゃないんっすよね?」
「まぁ……山のようにデカい、っちゃ山のようにデカいな。山のように、ってか山だけど」
「……」
やっぱり大丈夫には思えない。ソラはおやっさんの返答にそう思う。と、そうして数日前の一幕を思い出す。
『なんか良い依頼無いっすかね』
『お前らだと丁度よい依頼、ってのは長期になっちまうからなぁ……短期で出来て、なるべく高効率な依頼が良いんだろ?』
『まぁ。その代わり危険性とトレード・オフっしょうけど』
数日前。冒険者ギルドの中で次の仕事を見繕っていたソラと瞬であったが、そこに声をかけたのが自分の仕事部屋が改修されるということで追い出され、暇をしていたおやっさんだ。
というわけで暇を潰せる良い相手が来たとウキウキ気分で依頼を見繕う協力をしてくれていた彼であったが、そんな時の事だ。ギルドの受付から大声が上がった。
『おやっさん! 急報です!』
『なんだ、どうした!?』
『例の件です!』
『巨山の件か!? 急報ってことはマジだったか!?』
『ええ! 噂はマジだったみたいです!』
おやっさんとギルドの事務員の会話を聞いて、ギルドの中がざわめく。これにおやっさんが一瞬険しい顔で沈黙し、しかしソラ達を見てにやりと笑った。
『……お前らに良い仕事をくれてやる。報酬も良いし、依頼人は王国だ。嘘もない。お前さんらにゃ関係ないだろうが、国への覚えも良いぞ』
『『は?』』
『巨山崩し……ちょいとデカい山というかデカいヤマというかだが……お前さんらがちょうど来たのは絶好のチャンスだ。手伝え』
そうおやっさんが言って、急ぎで用意させた――元々用意させていた様子だったが――手配書をソラ達に渡したのであった。そして一旦持ち帰ったのであるが、それをセレスティアらに持ちかけた所受ける事を推奨したのであった。
「巨山……もしくは一夜の幻。一夜の内に山が現れる事から、冒険者達の間ではそう言い表す事もあるそうです」
「本来なら軍が動くべき案件ではあるが……」
「今の軍にそんな余裕なんぞねぇ。だから軍にも属せねぇ俺達みたいな半端モンがやってやるしかねぇ」
セレスティアの言葉に続けたイミナの言葉に、おやっさんが笑う。どうやら本当に山のような巨大な魔物らしい。というわけでそんな超巨大な魔物の討伐隊が組まれる事になったわけであるが、その主力としてソラ達が選ばれたというわけであった。
「俺もギルドの支部長になって直接巨山とやり合うのは初だな」
「ってことは、やった事はあるんっすか?」
「おう……初めての時は新人のぺーぺー。ビビって逃げ回ってた。その次は……ああ、もう十年近くも前にガキのカイトと一緒の頃か。新人の頃思い出して緊張しちまってたってのに。あいつは軽々ぶっ潰しやがった。それからも何度か出ているが……ま、年に一回あるかないかって程度だな」
それぐらいには滅多に出ない魔物ではあるが、出たら討伐隊が組まれるぐらいなのか。ソラはおやっさんの言葉にそう理解する。と、そんな一同が打ち合わせにも似た会話をしながら時間を潰すこと暫く。御者が声を発する。
「おやっさん! 野営地が見えてきました!」
「おう! 他の連中は!?」
「まだ全員ってわけじゃないですけど、結構揃ってきてるみたいです!」
「そうか! 巨山は!?」
「もう見えてますよ! 相変わらずのデカさですね!」
「そうか!」
楽しくなって来やがったな。おやっさんは楽しげな声を上げる御者の言葉に笑みを浮かべる。そうして、ゆっくりと速度を落とす馬車はすぐに冒険者協会の設置した監視のための野営地に停止する。
「よし……ま、見りゃわかりやすいだろう。ほら、全員降りろ」
「うっす……は?」
「どうし……あ?」
おやっさんの言葉にソラが降りて早々、口を空けて唖然となる。そして同様に瞬もまた唖然となった。
「……あれが魔物っすか?」
「おう。あれが今回のターゲットだ……デカいだろ?」
「デカいってか……マジの山じゃないんっすか?」
「いや、魔物だ。夜行性で、基本昼間は寝てる。まぁ、デカい魔物だから一週間寝てる事も珍しくないがな。今回は魔術で眠らせてるから、暫くは動かん」
「「……」」
あんな巨大な魔物と一戦交えるのか。ソラも瞬も頬を引き攣らせる。そんな二人に笑いながら、おやっさんが告げた。
「交戦は明後日の朝からだ……さっき言った通り睡眠の魔術を掛けてるから、先手は打てる。魔術が効いてる間は、だけどな」
「どれぐらい効くんっすか?」
「わからん」
「えぇ……」
そんなので良いのか。ソラはおやっさんの返答に顔を顰める。とはいえ、当然であるがそんないい加減なわけはない。
「ま、わからんがわからんなりには明後日の昼ぐらいまでなら大丈夫だろう、ってのが専門家の話だ。明日は関係者集めて打ち合わせやって、明後日の朝っぱらから戦闘開始ってわけだ」
「はぁ……とりあえず先手取れるのならまだ戦えるかもしれませんけど」
どんな先手を取るのだろうか。ソラはどうやってあの山のように巨大な魔物を倒すかと考える。そうして、一同は明日からの本番に備えて今日は一日ゆっくり休む事になるのだった。
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