第3083話 はるかな過去編 ――飛翔機――
『時空流異門』と呼ばれる時空間の異常現象に巻き込まれ、過去の時代のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らは後の時代に八英傑と呼ばれる英雄の一角にして前世のカイトや、その配下の騎士達。彼と同じく八英傑と後に呼ばれる事になる英雄達の支援を受けながら、元の時代に戻るべく冒険者としての活動を重ねていた。
そんな中、ソラ達はこの世界の古代の文明の遺産である飛翔機の解析に協力して貰いたい、というカイトの要請を受けて王城の地下の研究室を訪れていた。
「ふーむ……」
「なにかわかるのか? 現物は無い様子だが」
「いえ、流石に現物が無い限りわからないですね……飛翔機は流石に無いですよね?」
「軍の共通規格として、飛翔機へのアタッチメントはありますが……今はもう取り外して貰っています。下手に干渉して飛空術の邪魔になっても困りますので……」
ノワールの問いかけに対して、リィルは申し訳無さそうに首を振る。当たり前といえば当たり前の話なのであるが、リィルとアルの魔導鎧に取り付けられていた飛翔機は二人が飛空術を取得すると共に取り外されている。彼女らが言う通り、魔術と魔道具が干渉する事を危惧しての事だ。が、軍の共通規格に則って作られている鎧なので、接続可能な機能そのものは残っているのであった。
「でしょう……にしても、これを作ったっていう魔女の方はほとほと凄い技術者ですねー。私達と遜色ない領域の技術を保有されています……ううん。一部ではあちらが上回っているかもしれません」
「どういう人だったんだ?」
「エネフィアでは歴史上最優の名を有している技術者でもあらせられます。未来の貴方の発想を具現化したのはすべて彼女の手腕によるものです」
「でしょう……お兄さんが技術的にもここまで出来るようになっちゃってたら、私達要らなくなっちゃいます」
あくまでもカイトは意見を述べているだけで、それを形にしているのは<<無冠の部隊>>技術班の面々だ。それは当たり前であるが、だからこそノワールの声にはどこか安堵が乗っていた。そしてこれに、カイトが笑う。
「やめてくれ。オレ聞いてる限りで為政者までやらされてるんだろ? これ以上技術者までやれるかよ」
「そうですね。それに留めてください。サポートのしがいがありますから」
「あははは。頼むよ。戦いで精一杯だ」
「でも兄さん、寝てる間暇だからその間に書き物とかなら出来るかもしれませんよ? 存外やれば出来るのかも」
「やめてくれよ。怪我してるんだから」
少し冗談めかしたサルファの言葉にカイトは嫌そうな顔を浮かべながらも、その言葉が冗談とわかっていればこそ楽しげだった。そうして笑いながらも作業は進んでいくわけであるが、やはりここらはカイトとその仲間達というわけだろう。雑談の合間。気を抜いている所にソラ達に水が向けられる。
「うーん……これ、少し思うんですが、動く理由とかってわかります?」
「動く? どれの事っすか?」
「この部分です……開いたり、閉じたり……でも閉じると言っても完全に閉じきるというわけではなく、絞るというような感じ、ですね」
「ああ、それだったら多分出力絞ってるんだと思います。ジェット機のエンジンが似た感じで……」
「だがあれはあくまでも燃焼を推進力にしているジェットエンジンだからこその機構じゃないのか? エネフィアの飛翔機にこういった絞る機構はなかったと思うんだが」
「そうですね……たしかに出力の調整は出来るようになっていますが、こういった形で絞れるようにはなっていません」
ソラの返答に続く形で疑問を呈した瞬に、リィルもまた同じ答えを口にする。これに、ソラもそう言えばと思い出す。
「そっか……たしかにそう言えばロケット型の飛翔機も……いや、ちょっと待てよ……」
「なにかあるのか?」
「……そうだ。確か前にティナちゃんに聞いた事あるんっすよ。エネフィアの飛翔機ってジェット機みたいに絞る? ような感じになってないよな、って」
これはソラがやはり飛翔機を取り付けられる魔導鎧を装備しているからだろう。飛翔機についても色々と聞いた事があったようだ。そうして、彼はその時の事を口にする。
「そうやって物理的な障害を用いて絞る形だと物理的な制約が発生するから、敢えてそうしないで良いようにしてる……って」
「ふむ……ということは物理的にはそうしていないという事とも取れますね」
「っすね。飛翔機を覆う障壁の形状を制御出来るようにすることで、物理的な制約を取っ払ったと」
「ふむ……」
ソラの言葉を聞きながら、ノワールが唸る。そうして彼女は一つ嘆息した。
「そうであるなら見事ですね。この飛翔機の性能を遥かに上回っています……この飛翔機には全体を覆う障壁を発生出来る機能は備わっていない。発掘された状況を鑑みるに墜落した原因はこの飛翔機の破壊とは別でしょうが……少なくとも防御機能を有していない事だけは事実です」
「世代として考えるのなら、どれぐらい上そうだ?」
「少なくとも三世代か四世代は性能が上でしょうね。鎧の性能を考えると、ですけど」
「圧倒的だな」
「うん。あまりに圧倒的……間違いなくこの鎧をどこかの貴族達が奪うととてつもない事になりかねない」
「壊しておきたい所だな」
ノワールの言葉に、サルファが物騒な事を口にする。とはいえ、やはり改めて調査してみればそれぐらいの技術力の差があったという事だった。そんな彼らに、ソラがおずおずと問いかける。
「えーっと……それって」
「本気じゃないですよ。飛翔機以外に関しては私で再現出来ますから、壊した所で私が復元してしまえますから。奪われるぐらいなら、という所ですね」
「あ、そうっすか」
そう言えばそんな事を言っていたな。ソラはノワールの言葉にそう思う。と、そんな彼女は改めて飛翔機の調査に取り掛かるのであるが、手と目はせわしなく動きながらも口は質問を幾度となく繰り返していた。
「……うーん。そう言えば飛空艇の操縦ってどうしてるんですか?」
「操縦……操縦は操縦桿やらを使って、ですが」
「操縦桿?」
「えーっと……」
「スロットルとかそういったのなんっすけど……わかんないっすよね、多分」
「ごめんなさい」
「すよね……どう説明したものかな……」
そもそもエネフィアの飛空艇の操縦に関してはカイトが簡略化を思案し、ティナが考案。それを何百年と掛けて実現した代物だ。これを詳しく説明と言っても難しいのは仕方がなかっただろう。と、そんな彼にサルファが告げた。
「仕方がない。実際に見た方が早いだろう……ソラと瞬とリィル。誰が一番飛空艇に慣れている?」
「「「……」」」
誰になるだろうか。唐突なサルファの質問に三人が顔を見合わせる。そうして少しだけ話し合った結果、瞬が挙手した。
「多分、俺が……ギルドでの活動でも比較的飛空艇を操るんで……免許も一級免許を持っているので大抵の飛空艇は扱えます」
「一級……いつの間に取ってたんっすか?」
「いつだったかな……秋の中頃だったか」
一応、エネフィアでは飛空艇の免許にはいくつかの階級が設けられており、扱えるサイズに違いが出てくる。一級だと軍の戦艦を筆頭にした超弩級の飛空艇も扱える免許だ。
が、こうなると取得にはかなり複雑な手続きやら面談やらがあるので、冒険者どころか軍のエリートでも取る事は非常に稀だった。そしてどうやら、これに関してはリィルも知らなかったらしい。
「貴方、軍の基地で時々目撃したとは聞いていましたが……」
「いや、すまん……そういえば言っていなかったか。やはり少し楽しくてな。カイトに相談したら金銭面は負担してやるから気にするな、と」
「はぁ……まぁ、便利でしょうから良いのですが」
少し恥ずかしげな瞬に対して、リィルも苦笑しながらも誰か一人は持っておくのは良いと思ったようだ。実際、今後もマクダウェル公爵軍やらと関わる以上は戦艦級と呼ばれる飛空艇を操れる者が一人でも居た方が良いのは事実であった。
「とまぁ、そういう具合で多分俺の方がよく知っていると思う」
「まぁた未来のオレか……まぁ、良いんだけど」
「あはは。未来の兄さんが頼もしい限りで何よりです……じゃあ、やろうか」
「いや……何を?」
そもそも何をしたいがために聞かれたのかは説明されていないのだ。というわけでの瞬の疑問に、サルファが確かにと教えてくれた。
「ああ、君の記憶を頼りに飛空艇とやらの操舵室を再現してみようというだけだ。もちろん、幻になるが」
「出来るんですか?」
「出来るよ」
「「「はー」」」
あまりにあっけらかんと断言された言葉に、一同は思わずため息を零す。そうして、サルファの目が光り輝いて周囲の光景が一変していくのだった。
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