第3076話 はるかな過去編 ――職人の腕――
『時空流異門』と呼ばれる時空間の異常現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代に飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らは元の時代に戻るべく、過去の時代のカイトらや王都の冒険者を統率するおやっさんと呼ばれる冒険者の支援を受けながら冒険者として活動していた。
というわけで、その第一歩として足元を固めるべく拠点の改修に乗り出す事になった一同であったが、そのために莫大な資金を調達すると共におやっさんの紹介でエルフの職人の所にソラは足を運んでいた。
「すごいな……これ、盾……なんだよな? こんなものも作ってるのか? もっと小さい物ばっかりと思ってたけど……」
「はい……これは特別に銀の山のドワーフ達と共に拵えたと。盾に偽装させた魔道具です。規模もさることながら、その耐久力が凄まじい。相応しい者が使えば戦術級や戦略級の魔術にも耐えうる超硬度を有する盾……いえ、もう一つの城壁です」
「城壁……」
おそらく見たままというわけではないのだろうな。ソラは無骨ながらも美麗な装飾が施されている様子の巨大な壁にも見える盾を見る。やはり彼も盾を使う者だからだろう。この盾の凄さが理解出来たようだ。そうしてマトリの言葉に改めて盾を見て、ソラはなるほどと納得する。
「……確かに、こいつは盾っていうよりも堅牢な……そうだな。白亜の城壁って言う方が相応しいかも……」
「数百年も昔。レジディア王国のとある騎士が使った盾です。その彼はこの盾を携え厄災とも呼ばれる魔物から王都を守り抜き、彼の仲間がその間に魔物を討ち果たしたそうです」
「……」
確かにこの盾なら、厄災種の攻撃だろうと耐え抜けるかもしれない。ソラは純白の盾を見ながらそう思う。
「これ、もう使えないのか? 今の時代にこそ、こういった盾が再び活躍するべきだと思うんだけど」
「そうですね……十数年前。レジディアのさる王子がこちらに来て手にされたそうですが……自身には相応しくないと返されたそうです」
「レックスさんが……レックスさんなら似合うだろうに」
「殿下とお知り合いでしたか」
こちらに来れるようなレジディア国の王子様だ。ソラでなくてもレックスの名が出ただろうことは想像に難くないが、それでもさん付けで呼ぶのは知り合い以外に考え難い。そっと出た言葉を鑑み、知り合いと判断されたのだろう。
「殿下には大きすぎたのだ、と。人族の、齢十数歳の子供にこれは大きすぎたそうです」
「あー……たしかにこれは大きすぎるな……」
盾の全長は高身長な部類である自身とほぼ変わらないか、少し小さい程度だ。高身長な鬼族ならまだしも、普通の人間の子供であればこれを持って戦うのはかなり厳しいものがあっただろう。
「でもこんなの持ってたんだから、相当な大男だったんだな」
「だった、とお師匠様から伺っています。おそらく鬼族の血を引いていたのだろうと」
「なるほど……」
鬼族の男達の大半はがっしりとした巌のような体格を有している。その血を引いている者も多くがそういった体格を有していた。というわけで、150センチ以上もあるだろう巨大な盾でも軽々振り回せただろう事がソラにも想像出来た。
と、そんなこんなで数々の英雄達のその一生涯を陰から支え続けた数々の魔道具達を見ていくソラであったが、そんな事をしているとあっという間に時間が経過したらしい。彼らが通ってきた道から風が吹いた。
「っ」
『客人。待たせた。作業が終わった……それか。それは特例的に銀の山のドワーフ達と作ったものだが……奴らは作り終えた後の管理がなっていないのでな。私の方で保管しているものだ』
作業を終えたからか、それとも何かしらの由縁があるからか。エルフの男性は少しだけ苦笑気味にソラに説明してくれる。そんな様子に、ソラは行けるだろうと聞いてみる事にした。
「この人はどんな人だったんですか? 今の俺より何段も上のすごい人とは思いますけど……」
『比べるべくもないのは言うまでもない……守りに掛けてはおそらく私が知る限りでも最も上手い騎士だった。何十もの戦いをくぐり抜けた騎士だったが、その生涯ほとんど傷を負っていない。その点で言えばカイトやレックス殿下にも勝るだろう。彼がいれば、もしやするとあの二人の怪我をせずすむ戦いが何度もあるかもしれん……そんな騎士の盾を粗末に扱うなぞ、だからドワーフ共は信頼ができんのだ』
「そ、そうですか……」
どうやらこの盾を引き取るにあたって、やはり何かひと悶着があったらしい。とはいえ、滅多に組む事のないエルフとドワーフが合作するぐらいには優れた騎士だったのだ、という事はソラにも理解出来た。
ちなみに、当然だがそんな騎士の盾なのでドワーフ達も粗末に扱っているわけがなく、単にエルフ基準で言えば粗末と言われているだけだ。
「……あ、そうだ。えっと……そちらに向かえば良いですか?」
『……いや、気が乗った。そちらに向かおう。偶には私も回廊を見たくなった』
話している内になにか思う所があったらしい。エルフの男性はソラの問いかけに対してそう告げて立ち上がった様子を覗かせる。というわけで、ソラはマトリと共に回廊のところどころに備え付けられていた椅子に座って待つ事にする。そうして、十数分後。回廊を確かめるように歩いて、エルフの男性がやってきた。
「……掃除は出来ているようだな」
「はい」
「よろしい……さて。君が親父殿から紹介を受けた冒険者か」
やはりひと仕事終えた後だったからだろう。エルフの男性は先程とは違って少しだけ上機嫌だった。そんな彼に、ソラは貰っていた紹介状を手渡す。
「はい……これを」
「ふむ……たしかに、偽物などではないようだ」
中を開いて浮かび上がったおやっさんの花押を見て、エルフの男性はこれが偽装されているものではないと判断。一つ頷いたのち、彼はなにかにはたと気が付いた。
「……む。そう言えば名乗っていなかったな。グイオンだ」
「あ、ソラ・天城です」
そう言えば来て数時間経過しているが、グイオンは作業中だった事。ソラはそのタイミングが掴めなかった事でお互い挨拶出来ていなかったのだ。というわけで、ひとまずお互いの名を名乗った後。グイオンが歩き出した。
「それで、要件を聞こう」
「あ……えっと、前におやっさんから話をしてもらったと思うんですけど、拠点の改修をお願いしていたかと……」
「あれを? あれは君のアイデアだったのか?」
「まぁ……純粋に言うと俺達のアイデア、というわけではないといえば無いんですけど……」
驚いた様子のグイオンに対して、ソラは少しだけ気まずそうな様子で語れる範囲を語る。それに、彼は一つ嘆息する。
「なるほど……何があったか気になる所ではあるが、君達が本来所属している組織の長とやらとそれを支える者たちは素晴らしいな。君らが私に寄越したアイデアの数々……あれは素晴らしいものだった。なるべく人という要因を排除して、可能な限り誰でも……それこそ事務員でも十分に対処出来るようにしている。人員の負担の低減だけでなく、コストの面でも気を遣っている。あれを見た時、目からウロコが落ちたものだ」
どうやら、カイト達が考え抜いた防備の数々はこの時代の技術者達からしてもただただ感嘆するものだったようだ。これに関してはソラは聞かされた限りを書いていっただけなので褒められても困るものではあったが、興味を抱いてくれていたならそれで良いと判断する。
「それで……どうですか? なんかおやっさんからはドワーフ達との合作になるかもっていう所だそうとは聞いているんですけど……」
「わかっている。それに関しては腹立たしいが、今回の一件に関して言えば技術的にも奴らの技術が必要になる。仕方がない」
「ほ……」
グイオンも仕方がない、と承諾していたらしい。ソラは気難しいエルフの技術者がどう答えるかわからなかったため、ほっと胸を撫で下ろす。そうして、彼らは回廊を歩きながら改めて今回の依頼について詳しく話し合う事にするのだった。
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