第3071話 はるかな過去編 ――風の大精霊――
『時空流異門』と呼ばれる現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代へと飛ばされてしまったソラや瞬達。そんな彼らは後の時代に八英傑と呼ばれる英雄となる過去の時代のカイトや、その配下の騎士達と遭遇する。そんな彼らの支援を受けながら元の時代へ戻るべく冒険者としての活動を開始させた一同であるが、その指針を手に入れるべく今はエルフ達の都の最奥にある風の聖域まで足を運んでいた。というわけで、風に飛ばされた後。一同は巨木の切り株の上に立っていた。
「はー……なんだここ」
周囲をキョロキョロと見回しながら、ソラが口を開く。猛烈な風に煽られて飛ばされたわけであるが、飛んだ時間としては一分にも満たないだろう。にも関わらず自分達が飛んできた方向には神殿は見受けられず、ここが別の時空である事が察せられた。というわけで、そんな彼にスイレリアが教えてくれた。
「ここが聖域です……この更に先に、試練の間があります」
「この更に先? でもこれより先って……」
この場にあるのは自分達が足場にしている巨木の切り株だけで、前後左右を見回しても足場らしきものは見当たらない。というわけでソラは試しに自分達が降り立ったとは真逆の所の縁から、顔を出してみる。が、そうして見えたのはどこまでも続く木々だけで、地面さえ見えなかった。それにソラは思わず目を丸くする。
「……うそぉ……え? この下……とかなんっすか?」
「まさか……風が流れていない、という事はこの先には進む必要が無い、という事なのでしょう。今回はここまでの様子ですね」
「は、はぁ……」
「そんなすごいのか? 下は」
「ま、まぁ……見ればわかるかと」
あまりにソラが仰天していたからだろう。ソラの様子に瞬が興味深い様子で問いかける。これに彼もまたソラ同様に縁から顔を出して、目を丸くする。
「下が……見えない?」
「へー……うぉ、マジか」
二人して驚くものだから、今度はカイトまで興味を持ったようだ。彼もまた巨木の縁から顔を覗かせ、二人と同じような顔をしていた。と、彼が下に顔を覗かせると同時だ。下から風が吹き上げて彼の顔を煽る。
「うぎゃ! なんだ!?」
カイトが猛烈な風に顔を撫でられ顔を顰めると同時。巨木の中心にまるで竜巻のように強大な風が収束していく。そうして、少し。収束した風が弾けると共に緑髪の少女が舞い降りた。
「「「……」」」
誰だこれ。シルフィを知る全員が自らの見ず知らずの美少女の顕現に困惑を露わにする。一応彼女に似た顔立ちに彼女と同じ緑色の髪であるので姉妹かなにか、と言われれば納得出来る似た様子はあったのだが、彼らの知るシルフィとは年齢も少し上だったりと違いが多かった。
とはいえ、何よりの共通点としては大精霊達が本来身に纏う風格だろう。それが彼女が風の大精霊である事を察せさせていた。そしてそんな風格で、カイトら知らない者も彼女こそが大精霊と察したのだろう。スイレリア知っている者を含め揃って跪く。
「「「……」」」
「皆さん、よく来られました。おおよその事情は理解しております」
「ありがとうございます、大精霊様」
緑髪の美少女の口から発せられる声はシルフィに似ていた。が、その落ち着いた様子などは彼女らしくはなく、ソラ達には別の大精霊なのかもしれないと思うに十分だったようだ。というわけで、彼らもまた慌てて跪く。そんな様子に、緑髪の美少女が笑った。
「大丈夫ですよ。私自身は世界が異なっているだけで、貴方達の知る彼女と同じですから」
「えっと……そう……なんですか?」
「ええ……この聖域には時間という軛がない。なので過去も未来も現在も全てが一緒……だからここに居る私は貴方達の時代の私でもあるのです。そして同時に、この聖域には世界という軛もない。全ての世界に通じる場所です。故にあの世界の私もこの世界の私も等しく私でもあります」
「は、はぁ……」
どういう意味かはよくわからないが、どうやらこの緑髪の美少女もまた風の大精霊ことシルフィード本人であるらしい。ソラ達はとりあえずはそう理解しておく。
「ただ入ってきた世界の私を初期値として、聖域固定しているだけです。なので変わる事も出来ます」
「それはどういう?」
「つまりは、こういうことです」
どういう意味なのだろうか。そんな様子のソラに、シルフィが微笑んで再び彼女の身体を風が包み込む。そうして彼女の身体が風に包まれ一瞬だけ見えなくなった次の瞬間。風が弾け飛んで今度はソラ達のよく知るシルフィが姿を現した。
「というわけで僕の登場です」
「ふぇ!?」
「やっほー……まぁ、そういうわけ。僕は僕だし」
「私は私でもあります」
「「「え?」」」
ソラ達の知るエネフィアのシルフィと共に、その真横にこの世界のシルフィもまた姿を現す。これにスイレリアさえ驚愕を露わにする。そんな一同に、シルフィは笑った。
「どっちが僕っていう事もないよ……どっちも僕。更にいうとどっちが本物という事もない。どっちも本物。僕らは大精霊。あまねく世界に、あまねく場所に存在する風を司る者。ソラ達が慣れなさそうだから今回はこっちで行くけどね」
ぱちんっ。エネフィア側の姿を取ったシルフィが、ソラ達と会話をするためにセレスティア達の世界の姿のシルフィを消滅させる。そうして消えた所で、彼女が深くため息を吐いた。
「にしても災難だったねー。まぁ、僕らからすると過去の事でもあるから知ってたといえば知ってたんだけどさ」
「え? あ、そっか……え? じゃあ」
「教えてくれても良かったんじゃ?」
ソラの言葉の先を読んで、シルフィが楽しげに問いかける。これにソラは無言でうなずくわけなのであるが、それにシルフィが再度深くため息を吐いた。
「そうだねー……でもごめん。それは出来ないんだ」
「出来ない?」
「詳しくは言えないけど、君達が出会った時点でこの出来事は僕にとって過去になっている、という事は良い?」
「うん」
「そう……だから君達にとっての未来。世界にとっての過去を変えられてしまうと、君達の運命さえ変わってしまう。そうなると……どうなると思う?」
「どうなるんだ?」
どうなると思う、と聞かれても今のソラは正常に頭が働いていなかったようだ。オウム返しに問いかけるしか出来なかった。これに、シルフィが教えてくれた。
「例えば君と由利が付き合わなかったり、下手をするともっと大変な事態にもなるかもしれない。例えば……カイトが彼女と出会わなかったりね。そうなると、どうなると思う?」
「……」
シルフィの問いかけに、ソラはカイトがおそらくティナと出会わなかった未来を想像する。まず魔王ティステニアとの戦いは更に苛烈を極める事になるだろう。<<死魔将>>達の思惑があるので最終的には勝利するのだろうが、それをソラが知る事はない。故に彼もそれを理解してこう答える。
「勝てる……とは思うけど。多分……」
「うん。もっと悲惨な状況になるかもしれないね。そして勿論、カイトが爵位を受け取る理由も消えるかもしれない。そうなると……君達だって困る事態になるかもしれない」
「……」
それは確かに過去の何一つとして変えるわけにはいかないだろう。それはソラ達もわかっていたことだからこそ、不必要に未来の事は明かしていないのだ。それをしていただけ、と言われればソラ達にも納得が出来た。
「そういうことだね。君達がしていると同じように、僕らもまた未来を見通せるけど未来は敢えて封じて知らない事にしている。ま、これは僕だけじゃないけどね……うん。じゃあ、それは納得出来た所で本題に入るとしようか」
兎にも角にもこれで自分が未来の自分と一緒である事を理解して貰えただろう。シルフィはソラ達の様子からそれを理解する。そうして、彼女は今後の話やらを話し始めるのだった。
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