第3070話 はるかな過去編 ――風の聖域――
『時空流異門』と呼ばれる現象に巻き込まれ、過去の時代のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代にて活躍していた過去のカイトや、その配下の騎士達と遭遇する。
そうして彼らの支援を受けながら元の時代へ戻るべく冒険者としての活動を開始させる事になるのであるが、その第一歩として今後に備えた地固めに奔走する事になっていた。
というわけで資金調達に奔走していた一同であったが、拠点の改修費用の頭金が整ったとほぼ同日にエルフ達から聖域への立ち入り許可が下り、諸々の事情も相まってエルフ達が治める黒き森へと再び足を運んでいた。そうして聖域にたどり着いたソラ達であったが、そんな彼らはエルフ側が指定した立会人であるカイト達と合流。神殿の最奥にまで案内されていた。
「こちらです……そう言えば勇者殿もここまで来るのは初めてでしたか?」
「あー……いや、一度だけこの付近までは来ていたはずです。前に都に攻め入られた時……いえ、魔物の侵入を許した時の話です」
「ああ、あの時……」
カイトの言葉に案内を命ぜられた神官は壁の一部が妙に新しくなっている部分を見て納得する。そうして、そんな神官が笑った。
「あの時少年だった貴方がこうも大きくなられるとは。相変わらず人間の世界の時は流れるのが早い。私からすれば昨日の事の様に思えるのですが」
「あっはははは。図体ばかり大きくなって、中身が成長できていれば良いのですが」
「あははは。いやはや。それに関しては我らも他所の種族の事は言えませんよ。身体が変わらないだけではなく中身も変わらないエルフが実に多い」
カイトの少しだけ冗談めかした言葉に、神官が楽しげに笑って応ずる。そうしてそんな笑い話を繰り広げながら歩く神官に先導され歩くこと十数分。何度か結界を通り抜けて、ついに一同は最奥と思しき場へとたどり着いた。
なぜそう思えるのか、というとそこでスイレリアと年かさのハイ・エルフが二人立っていたからだ。と、そんな年かさのハイ・エルフ二人の、老人の方がカイトを見て頭を下げる。それにカイトもまた跪いた。
「勇者殿。お待ちしていましたぞ」
「議長……お久しぶりです」
「うむ……四ヶ月……いや、五ヶ月ぶりという所かのう」
「それぐらい……になりますでしょうか。例の古代の魔道具の件にて協力を要請しに来た時にお会いしておりますので……」
五ヶ月前というと、その少し前にレジディア王国で今カイト達が調査を進めている古代の魔道具が発見された頃合いだった。そこからレジディ国での解析が進められ、これ以上は技術的に対応が出来ないと判断。七竜の同盟で協力する事が決定され、シンフォニア王国まで移送と相成ったのであった。それを思い出して、元老院議長が深くため息を吐いた。
「うむ……人の世では時が流れるのが早いが、今はもはやエルフ達の世界でも時が流れるのが早くなってしまった」
「ええ……私も気付けばもう半年の月日が流れておりました。途中一ヶ月ほどは寝ておりましたが」
「そうであったのう……貴殿には色々と苦労を掛けている。我らも助力は惜しまぬゆえ、存分にお頼りなされ」
「ありがとうございます」
カイトを失えばこの大陸は敗北する。元老院議長はそれをシンフォニア王国の貴族達より、はっきり理解していた。故にカイトへの支援を惜しむつもりもなかったし、だからこそ虎の子であるサルファが自由に動けるようににしていたのであった。カイト達八英傑こそがこの戦いの切り札。そう認識していたのだ。そうして軽くカイトと話を交わした後に、元老院議長は今度はサルファを見た。
「殿下」
「はっ。委細承知しております」
「うむ……大神官殿。後は頼みますぞ」
「はい」
あまり長々と話して大精霊を待たせるわけにもいかないのだ。なので元老院議長は長々と話さずスイレリアに後を任せる事にしたようだ。というより、後に聞けばこの後も会議があったらしい。その中で聖域に向かうのだから、とわざわざ時間を割いて駆けつけたのであった。
というわけでここまで案内してくれた神官や元老院議員二人を残して、今度はスイレリアに導かれて一同は門戸の前へと移動する。
「では、最後の扉を開きます」
どうやらこの扉が聖域につながる扉ではなかったらしい。一同は巨大な木の扉を見て告げたスイレリアにそう理解する。そうして彼女が杖で地面を軽く小突くと、扉に複雑奇っ怪な緑色の紋様が現れた。
「「「っ」」」
ごくり。誰かが生唾を飲んだ音が聞こえるほどの静寂が訪れ、聖域へと続く最後の扉が開かれる。そうして開かれた扉の先は、木々が広がるだけで何もなかった。これにソラが思わず困惑の声を零す。
「……あれ?」
「何も見えません。何も感じられません……聖域の入り口とはそういうものなのです」
「大神官様は?」
「私は特別です」
ソラの問いかけに、スイレリアが少しだけ微笑んだ。どうやら彼女にはここが聖域の入り口であると認識出来るなにかがあるらしい。とはいえ、この言葉を彼らが疑う事はない。なにせ未来のカイトもまた、聖域の入り口を理解出来る何かしらの力を持つからだ。故に素直に受け入れた一同に、スイレリアが少しだけ驚いた。
「……疑わないのですね」
「出来るだろう、ってヤツ知ってますんで……大神官様が出来ても不思議はないかなー、って」
「ああ、なるほど……出来るのでしょう、彼なら」
スイレリアはカイトを見ながら、一同が自身の言葉に納得した理由に納得する。そうしてそんな彼女に導かれ、一同は扉をくぐり抜けてその先へと入っていく。
「っ」
「どうした?」
「いや、風属性の魔力がすごいんで……」
「ああ、そうか。お前は相性の関係で……ん?」
「どうしたんっすか? うぉ!?」
なにかに気付いた様子の瞬を訝しんだソラであったが、そんな彼も瞬の視線の先。自身の二の腕のあたりが緑色に輝いているのを見て目を見開く。これに、スイレリアが笑った。
「加護をお持ちでしたか……この先は聖域。共鳴しているのでしょう……それに歓迎もされている様子です。そうでなければ光り輝くという事はありません」
「は、はぁ……」
どうやら幸いな事に拒まれてはいないらしい。ソラはなんとか支援を受けられそうだと胸を撫で下ろす。と、安堵したと同時だ。そんな一同をまるで引き寄せるように、木々から風が吹きすさんだ。
「っ! 大神官様!?」
『風に身を任せて。聖域へと参ります』
「こ、これに!? えぇい!」
どうやら引き寄せられる猛烈な風こそが、聖域へと続く道らしい。そうして、一同はスイレリアの言葉に従って敢えて堪えず風に引き寄せられていくのだった。
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