第3046話 はるかな過去編 ――耐える――
『時空流異門』と呼ばれる異常現象に巻き込まれ、過去の時代のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまった空や瞬達。そんな彼らは後に八英傑と呼ばれる八人の英雄の一角にして中心人物と呼ばれる事になるこの時代においてはシンフォニア王国騎士団長のカイトや、その配下の騎士達と会合を果たす事になっていた。
そうして彼らの支援を受けながら冒険者としての活動を開始させる一同であったが、その中で足場を固めるべく迷宮攻略に臨んでいた。
というわけで迷宮攻略を一足先に終わらせていた瞬は次の活動に向け冒険者を統括するおやっさんと話をしていたわけであるが、舞い込んできた急報をきっかけとしておやっさん達シンフォニア王国の冒険者と共に高位の魔族達との交戦に及ぶ事になっていた。
「ほう……存外保つものだな。が、流石に限界も近いか」
結論からなのであるが、やはり銀の魔族の言う通り瞬が戦えた時間はかなり短かった。とはいえ、それそのものについては銀の魔族も特に気にした様子はなく、若いのによく頑張ったという賞賛さえ滲んでいた。
「くっ……」
「瞬……ちっ。流石にもう無理か」
<<原初の魂>>の二重開放による膨大な魔力消費に耐えきれず膝を屈する瞬に、おやっさんはこれが限界と若干の諦観を滲ませる。ここまで足掛け二十分ほど。二重開放をしている事を考えれば、今の瞬には十分堪えきれたと言ってよかった。
なお、おやっさんはどうやら銀の魔族の初撃で死ぬ事はなかったものの気を失っていたらしい。瞬が銀の魔族と十分ほど戦い続けた所で目を覚ましたようで、勝ち目のない戦いと知りつつ復帰していたのだ。と、そんな彼の呟きに、瞬が膝に力を入れて再度立ち上がる。
「いえ、まだやれます」
「そうか……ならもう一息頑張るとするか」
どうにせよ諦めたらそこで終わりである事は間違いないのだ。ならばやれるだけ足掻くしか手は残されていなかった。というわけで、再度立ち上がり気合を入れる瞬に、おやっさんもまた気を引き締める。
「ほぉ……」
まだやれるか。銀の魔族は再び戦う気概を見せる瞬とおやっさんに、意外感を滲ませながらも僅かな喜色を露わにする。すくなくとも、この銀の魔族は二人が戦う限りは他にてを出すつもりはないらしい。
ということはつまり、二人が戦い続ければその分だけ犠牲者が減らせるという事でもあった。というわけで、自分達が生き残るためにも、そして仲間を守るためにも喜色を滲ませる銀の魔族に向けて二人が同時に地面を蹴る。
「おぉおおお!」
「実直だな……だが良し」
流石にもう疲労困憊の状況だ。搦め手なぞ考えられる余裕も残っていないのだろう。真正面から突っ込んできた瞬に、銀の魔族は感心した様に頷いてそれを待ち構える。
正面からバカ正直に向かってくるのなら正面から叩き潰す。そんな気概が彼にあった事は、ある意味では二人にとって幸運な事だっただろう。そうして振るわれる二振りの大太刀の一撃を、銀の魔族は真正面から受け止める。
「っ……良いぞ。太刀筋の鋭さが最初に比べ随分と上がった」
「育ててるつもりか、クソ魔族!」
「そのつもりはないが……楽しめるならそちらの方が良い」
瞬と剣戟を交えている間に大きく迂回して背後に回り込んだおやっさんの言葉に、銀の魔族は一度だけ強撃を放って瞬の行動を押し留めおやっさんに向けて回し蹴りを放つ。
「ぐっ!」
「……」
追いつけるか。瞬は銀の魔族が楽しげに笑いながら視線でそう告げるのを見る。そうして瞬に背を向けた銀の魔族が地面を蹴って、おやっさんを追撃する。これに、瞬もまた地面を蹴る。
「はぁ!」
「良し。よくやった……なら、これはどうだ?」
「ぐっ!」
紫電を纏い銀の魔族の前に躍り出た瞬に対して、銀の魔族は満足げに頷きながら先を上回る強撃を瞬へと叩き込む。その一撃は先程の強撃とは比べ物にならず、防いでいるのに瞬が地面を大きく削りながら背後へと押し出されるほどであった。
「くっ!」
「瞬! 肩借りるぞ!」
「む」
相当な力が込められているな。銀の魔族は瞬を隠れ蓑に加速し更に瞬の肩を足場にして跳び上がったおやっさんの総身に宿る力に、僅かに刮目する。が、そうして浮かぶのは楽しげな笑みだ。
「来い」
「おぉおおおお!」
雄叫びを上げて迫りくるおやっさんに、銀の魔族は真正面から受け止める姿勢をやはり露わとする。そうして、直後。二人が激突し周囲に巨大な衝撃が解き放たれる。
「くっ!」
「おぉおおおおお!」
「……」
激突からの拮抗により放たれる強大な魔力の波に瞬が顔をしかめ、おやっさんの雄叫びだけが木霊する。が、相対する銀の魔族の顔には一切の苦悶は浮かんでいなかったことが、この勝敗を如実に露わにしていた。そうして、僅かに銀の魔族が目を見開いて力を込める。
「はぁ!」
「ぐっ!」
気合一閃。今までで銀の魔族が最大の力を込めるや、おやっさんが一気に押し戻されて激突で生じたクレーターの端まで吹き飛ばされる。
「ちっ……これで駄目かよ」
流石に冗談がキツすぎるだろう。おやっさんはわかっていた事であるが、上位の魔族達の強さにただただ顔を顰める。しかもこれで最上位ではないのだ。人類が劣勢に立たされるのは当然としか言えなかった。と、そうして吹き飛ばされたおやっさんを支援するべく瞬が地面を踏みしめる。
「おやっさん! っ……あ?」
「瞬!?」
「くっ……」
瞬が地面を蹴ろうとしたその瞬間だ。彼の身体がぐらりと傾いて、鬼武者から元の戦士のそれに戻る。時間切れであった。そうしてそんな様子を見て、銀の魔族は僅かに嘆息した。
「……そうか。まぁ、良くやった方か」
銀の魔族は自身が最上位ではないものの上位層に位置する事を理解しているらしい。自身を相手に三十分近くも戦い抜いた二人に対して僅かな称賛を抱く。とはいえ、だからと容赦してくれるわけでもないらしい。
「来い。残っている力はあるだろう……まだ立てるなら、戦ってやる」
どうにせよ死ぬがな。二人に向け、銀の魔族はそう言外に告げる。これにもはや立つことも容易ではない瞬を見て、おやっさんが諦める様に立ち上がる。
「ちっ……ここまでか」
「……む?」
それでこそ。銀の魔族は諦観さえ滲ませながら立ち上がったおやっさんに笑ったものの、そこで何かに気付いた様に僅かに目を見開く。そうして、次の瞬間だ。絶対零度にも似た寒気が、一同を襲った。
「っ……次はなんだ?」
「流石にこれ以上は……」
どうしようもない。流石にただでさえ絶体絶命の状況におまけまで付こうとしているのだ。瞬でさえ諦めが滲むのは無理もなかっただろう。が、しかし。対する銀の魔族の険しい顔が、これが彼らにとっての救いの手である事を示していた。そうして、今まで一切途絶える事のなかった余裕の顔がここで初めて歪む。
「ちっ!」
「……」
ひゅぅ。冷風が吹いたと思われた、その次の瞬間。吹雪が吹きすさび銀の魔族へと襲い掛かる。そうして吹雪が銀の魔族を覆い隠したその直後。無数の金属音がその内側から響き渡った。
「くっ」
何が起きているんだ。瞬もおやっさんも猛吹雪の中で僅かに溢れた銀の魔族の苦悶の声に困惑を隠せない。そうして苦悶の声が響いた次の瞬間だ。銀の魔族が吹雪を切り裂いて、外へと飛び出す。その身体には僅かな傷が刻まれており、この吹雪を引き起こした者の強さを物語っていた。そして彼が飛び出したと同時だ。日が落ちたはずの砦に、太陽が浮かび上がった。
「随分と好き勝手してくれたものだ」
「なんだと? 貴様ら、どうやって……」
「銀剣卿……久しいな。我々ともあろうものがまんまと乗せられたものだ。おかげで半日も掛かってしまったよ。あちらも間に合っていれば良いが」
太陽の中心。そこに居たのは真紅の鎧の各所から伸びた真紅の業火をドレスの裾の様にはためかせるグレイスだ。その姿はまるで鎧とドレスを合わせたような姿で、戦場を舞踏会に見立てているかの様でさえあった。そうして、そんな彼女が地上へと舞い降りると同時に剣を振り上げた。
「総員、突撃! 魔族共を駆逐しろ!」
「「「おぉおおおお!」」」
グレイスの号令と共に、真紅で統一された鎧を身に纏った騎士の一団が鬨の声を上げる。そしてそんな鬨の声にかき消される様に吹雪が晴れて、中からライムと青みがかった白銀の鎧を身に纏う騎士達が姿を現す。
「総員、砦の防衛隊と合流。まずは砦の防備を固めて」
「「「はっ!」」」
ライムの指示を受け、青みがかかった白銀の鎧を身に纏う一団が音もなく消える。そうして直後には半壊しつつあった砦の各所が白銀に輝く守りに覆われ、元々の砦よりも更に強固な威容を手に入れる。
「……ちっ」
確かに王国兵を釣り出すつもりで作戦は立てていたが、<<蒼の騎士団>>だけは勘定に入れていなかったらしい。銀の魔族が僅かに舌打ちする。
彼らはたったの千人だが、その千人はこの王国全土から選りすぐった選りすぐり。そこに八英傑やそれを支援する職人達が技術も腕も全てを注ぎ込んだ正しく精兵なのだ。
一人ひとりが中位の魔族と同等かそれ以上で、足止めだけなら高位の魔族を相手に出来る者なぞ吐いて捨てるほどだった。というわけで、そんな精兵達の到着で銀の魔族はこの作戦の失敗を理解する。
「はぁ……作戦は失敗か」
「ほぅ……相変わらず諦めが良いな」
「貴様らが間に合わん、というのが作戦の大前提だったのだがな……大魔王様の作戦も完璧ではないか」
先に銀の魔族の事を銀剣卿と呼んでいた様に、どうやらグレイスとこの銀の魔族は知り合いだったようだ。まぁ、高位の魔族と人類側最強クラスの戦士だ。戦場で何度となく相まみえてきた、というわけだろう。そうして、そんな銀剣卿が苦笑混じりに笑う。
「相変わらず貴様らの所の蒼き戦士は我らの予想を超越する」
「我らの団長は伊達ではないのでな……それで? まさかこのまま逃げられるとは思わないよな?」
「……」
グレイスとライムの二人に挟まれて、銀剣卿が先程までの瞬達を相手にするよりも更に楽しげな、それでいて荒々しい闘士の笑みを浮かび上がらせる。
「おぉおおおお!」
「ライム!」
「ん」
銀剣卿が吼えて、灰銀の魔力が天高く立ち昇る。それにグレイスとライムが同時に攻めかかり、一瞬にして無数の剣戟が交差する。と、そんな圧倒的な光景を目の当たりにした瞬であったが、膝を屈したままの彼へと声が掛けられた。
「大丈夫か?」
「え? あ」
「銀剣卿相手によく持ち堪えたな……確かイチジョウだったな」
「あ、はい……あ」
「回復薬だ。あの三人の戦いに巻き込まれる前に砦へ避難しろ。巻き込まれたらひとたまりもないぞ」
どうやら白銀の鎧を着た騎士は先の演習で瞬達の事を見知った一人だったらしい。彼は瞬へと回復薬を手渡すと、彼を抱えてぐっと膝を屈める。そうして瞬が回復薬を口にするのを見届けて、笑った。
「じゃ、行くぞ! 舌噛むなよ!」
「は!? おぉおおおお!?」
どんっ。そんな擬音が良く似合うほどの勢いで、瞬がまるで砲丸投げの様に放り投げられる。そうして、彼はかなり強引な形で戦線を離脱する事になるのだった。
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