第3045話 はるかな過去編 ――猛攻――
『時空流異門』と呼ばれる異常現象に巻き込まれ、過去の時代のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまった空や瞬達。そんな彼らは後に八英傑と呼ばれる八人の英雄の一角にして中心人物と呼ばれる事になるこの時代においてはシンフォニア王国騎士団長のカイトや、その配下の騎士達と会合を果たす事になっていた。
そうして彼らの支援を受けながら冒険者としての活動を開始させる一同であったが、その前に足場を固めるべく迷宮攻略に臨んでいた。
というわけでそんな迷宮攻略を一足先に終わらせていた瞬は次の活動に向け冒険者を統括するおやっさんと話をしていたわけであるが、そこで入ってきた急報をきっかけとして冒険者達と共に北東の第二砦への救援に赴く事になり、そこで罠に嵌められ高位の魔族達との交戦に及ぶ事になっていた。
「……」
おそらくこいつはとんでもなく強い。瞬は銀の魔族と相対しながら、呼吸を整える。
(腰に一振りの長剣……鎧は無し)
まるで急報を受けておっとり刀で駆けつけたようだ。瞬は銀の魔族に対してそう思う。その彼に特徴的なのは、銀色の長い髪だ。まるで剣の様に輝く銀色の髪と整った鼻梁。おそらくこれで社交界に立てば貴婦人達の視線を一身に浴びただろうが、今はその美貌ではなく圧倒的な戦闘力でこの戦場の注目を一身に集めていた。そんな相手に警戒を重ねる瞬に、酒呑童子が笑う。
『おそらく、こいつは貴様の基準に当てはめればランクSも上位に位置するだろうな』
『見れば……いや、見なくてもわかる』
『ほぅ……その割には焦りがないな』
明らかに今まで相手をしてきた中でも有数の猛者だ。酒呑童子は瞬の来歴を知ればこそ、この難敵がバーンタインやレクトールらにも劣らない相手と理解していた。が、だからこそ焦りのない瞬に意外感を感じていたようだ。
『剣士だ……まだカイトに比べればどうということはないだろう』
『なるほど。あの男に比べれば数多の剣士なぞ雑兵に過ぎんか』
確かに、カイトの腕を冒険部で最も身近で見てきたのは瞬だろう。特に彼の場合、師匠はケルトでも有数の英雄であるクー・フーリン。カイトにとっては兄弟子なので、なにかと腕試しなどはしてもらっているのだ。下手をするとソラ以上に見てきていた。焦りが見えないのは当然だった。
『だが……それとこれとは話が違うぞ』
『わかっている……ふぅ』
あまりやりたくはないが、おそらくこの敵には自身の培ってきた物では勝てない。瞬は今の数度の激突でそれを悟っていた。故に彼は生き残るため、プライドを捨てる。
「……ほう。双剣か」
自身が培ってきた槍の速度では間違いなく勝ち目がない。故に瞬の選択は酒吞童子と島津豊久の二人分の力を使う事だ。そうして大鉈のような巨大な両手剣を携えた瞬が、紫電を纏い消える。
「おぉおおおお!」
「ふむ……中々見事だ」
やはりこの速度でもこの男には届かないらしい。瞬は自身の一撃を受け止められ、そう理解する。とはいえ、流石に二人分の猛者の前世を開放した以上、及ばないではなかったようだ。銀の魔族の目がかっと見開かれる。
「はっ!」
どんっ。銀の魔族が力を込め、轟音と共に瞬の双刃を押し戻す。そうして押し戻された所に、銀の魔族は間断なく剣戟を繰り出してきた。
「ふっ」
「はっ!」
「ほう……ならば」
自身の一撃を左手一つで防いだ上に更に余勢を駆って右手で突きを繰り出してきた瞬に、銀の魔族が僅かにほくそ笑む。そうして繰り出された刺突を首をよじって回避すると、彼は瞬の左の大太刀を弾いて距離を取る。一度仕切り直し、というわけだ。
「……防いで見せろよ」
地面に着地した銀の魔族が僅かに楽しげに、瞬へと告げる。そうして今度は先の返礼とばかりに、彼の方から瞬へと切り込んだ。
「っ!」
速い。先程の自身の倍近い速度での剣戟に、瞬が僅かに目を見開く。とはいえ、決してなんともならないわけではなかったようだ。
「はぁ!」
「……ふっ。はっ……ふっ」
「っ……おぉおおおお!」
先程の連撃を更に上回る速度で放たれる無数の剣戟に、瞬は紫電を迸らせ動体視力を極限まで加速させその全てを防ぎ切る。そうして剣戟が丁度100に届いたと同時。再度銀の魔族が地面を蹴って距離を取る。
「良し。よく防ぎきった……そうでなければ遊び甲斐がない」
「……」
これでまだ遊び。瞬は魔族達の上位層の層の厚さを垣間見て、僅かに内心で恐怖を抱く。この銀の魔族でさえ、大魔王とやらの足元にも及ばないというのだ。どれほど上が高いのか、想像も出来なかった。そんな彼に、銀の魔族は満足げに笑いながら告げる。
「では……次だ。まだ先は長いのだ。間違ってもくたばってくれるなよ。最低三十分……いや、一時間ぐらいは保って貰いたいものだ」
これを後一時間。瞬はそんな長時間この状態を維持出来ない事を理解していればこそ、内心で苦笑が浮かぶほどに絶望的な状況を理解する。
が、それは銀の魔族には預かり知らぬ所であるし、何より知っていても彼が手を緩める事はないだろう。耐えられねば、そこで殺すだけ。ある意味では子供を相手にするような余裕がありありと見て取れた。そうして、銀の魔族が消える。
「っ!」
「ほぅ……やるな」
転移術で背後に回り込まれた。雷のセンサーによりそれを察知した瞬に防がれ、再度銀の魔族が満足げな表情を浮かべる。そうして満足げな顔を浮かべた彼が、バックステップと同時に消える。
「はっ」
「っ! はぁ!」
「ふふ……」
一撃を防いだ瞬が返す刀で剣戟を放つが、それに対して銀の魔族は楽しげに笑いながらバックステップと共に転移術で剣戟を回避。そして次の瞬間。瞬の死角へと転移術で回り込んで剣戟を放つ。
「ちっ!」
「ほぉ……」
これも余裕で防いでくるか。銀の魔族は再度の転移術による剣戟を叩き込むも防がれ、僅かに目を見開きながらも満足げに笑う。そうして剣戟を交え、瞬の間近で銀の魔族が告げる。
「久しぶりに遊び相手になれそうだ……これで死んでくれるなよ」
「!? はぁ!」
「ふふ……」
楽しげに笑いながら、銀の魔族が転移術を繰り返しに起動してその都度剣戟を放っていく。そうして四方八方から繰り出される剣戟に翻弄されながらも、瞬はなんとかその全てを防ぎ切った。
「はぁ……はぁ……」
「よくやった……ふむ。五分ほど経過したか。中々楽しめたな」
銀の魔族は貴族さながらの優雅さで懐中時計を取り出して、戦闘開始――ただしおやっさんへの攻撃からだが――から5分ほど経過している事に満足そうだ。
(まだ5分!?)
これだけ全力でやって、まだたった5分しか経過していない。瞬はその事実に愕然となる。が、現実は変えられないのだ。そうして、瞬は銀の魔族の『遊び』にしばらくの間翻弄される事になるのだった。




