第3043話 はるかな過去編 ――第二砦の戦い――
『時空流異門』という時空間の異常現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代へと飛ばされてしまった瞬やソラ達。そんな彼らは後のセレスティア達の時代には八英傑の一人にして中心人物の一人と呼ばれる事になるこの時代のカイトや、その配下の騎士達と会合。彼らの支援を受けながら、元の時代へと戻るべく冒険者としての活動を開始する。が、その最中にふとした事から地固めに奔走する方が良い事を悟った一同は一旦はホームの強化を兼ねて、迷宮へ赴く事になっていた。
そんな中でホームを空に出来ない事から一足先に迷宮に赴いて戻ってきた瞬であったが、彼は冒険者を束ねるおやっさんとの相談の最中に舞い込んできた急報により冒険者達と共に王都北東にある第二砦という砦の防衛戦に参加する事になり、おやっさんと共に赤紫色の鎧を身に纏う妖艶な女魔族との戦いに及んでいた。
「「「‥‥」」」
赤紫色の女魔族と瞬達の両者が睨み合いを交える。確かにおやっさんの見立てでも瞬の見立てでも自分以上と判断された女魔族であるが、それでも実力差が絶望的と言えるほどではない。女魔族とて油断すれば致命的なダメージを負う事は明白で、どちらも即座に仕掛けられるわけではなかったようだ。
『瞬……あの女魔族も中々だが、俺の見立てでは速度だとお前の方が上回っている……だが、あいつの攻撃力はお前を大きく上回っている。一撃でも貰えば致命的だ。ダメージを負わない事を中心として考えろ』
『はい』
実力差は明白ではあるが、幸いな事があるとすれば速度であれば瞬が上回れている事だろう。おかげで避けに徹するのであれば、なんとか生き延びる事は出来そうだった。そうして僅かな助言の後。おやっさんが念話で告げる。
『……タイミングを合わせろ。3……2……1!』
「「っ!」」
おやっさんの号令に合わせる形で、瞬とおやっさんが同時に地面を蹴る。おそらく攻めに回られれば一気に不利になるだろう。二人はそう直感的に理解していたのだ。そうして雷と炎を纏った瞬が、赤紫色の女魔族の眼前に肉薄する。
「ん」
中々に速い。赤紫色の女魔族は瞬の速度に僅かに目を見開く。どうやらこれほどの速度を有しているとは思わなかったようだ。が、それでも。実力差は大きかった。
「はぁ!」
「速い……けど軽いわね」
「っ」
軽いんじゃなくてお前が重すぎるんだ。瞬は鉄鞭から放たれる鋭い一撃を槍で受け止めて、盛大に顔を顰める。が、流石は地球でも伝説に名を残した<<束ね棘の槍>>の模造品――それも使い手たるクー・フーリンその人が拵えた――という所だろう。格上の攻撃だろうと問題なく受け止め、瞬を吹き飛ばすだけに留める。そうして地面を大きく抉りながら減速した瞬は停止と同時に再び雷と化して消える。
「あら……坊や。ただ速いだけの男は嫌われるわよ?」
「っぅ!」
再度振るわれる鉄鞭に、瞬が再度顔を顰める。が、それで良い。瞬の役割はおやっさんが懐に潜り込むための囮だ。というわけで鉄鞭が薙ぎ払われた直後。先の数度の攻撃で攻撃の間隔を見極めてタイミングを見定めていたおやっさんが切り込んだ。
「なら、強い男は好きか!?」
「っ……なぁんて」
一瞬。赤紫色の女魔族の顔が歪んだかに思えた瞬間。彼女の顔が楽しげに歪む。そうして、先におやっさんに見せていた以上の速度で鉄鞭が振り抜かれた。
「ええ、強い男は大好きよ!」
「っ!」
「おやっさん!」
「すまん!」
「あら」
速いだけは嫌われると言った手前、瞬が防御を間に合わせたのは少しだけ赤紫色の女魔族も反応に困ったらしい。楽しげに笑っていた。が、楽しげに出来るという事は即ちまだまだ彼女は余裕があるということだ。決して油断できる状況ではなかった。
「じゃ、こういうのは如何?」
「「!?」」
ばんっ。瞬の槍に激突した鉄鞭が弾け飛んだのを見て、瞬とおやっさんの二人が目を見開く。そうして、直後。弾け飛んだ鉄鞭の欠片が縦横無尽に宙を舞いながら、二人へと襲いかかった。これに、瞬は全身に力を込めて雄叫びを上げて周囲に雷を巻き起こす。
「おぉおおおおお!」
「あら?」
どんっ。轟音と共に弾ける雷により何故かコントロールが上手く行かなくなり、女魔族が僅かに困惑を露わにする。どうやら彼女には科学の知識はあまり無いらしい。瞬の雷による磁力の発生で上手くコントロールできなくなっている事が分からず、困惑していたようだ。とはいえ、その好機を逃す二人ではない。その場を飛び退いて、距離を取る。
「瞬。何をやったんだ、お前さん」
「え? あ、あー……まぁ、色々と」
どうやら磁力による金属のコントロールが理解出来なかったのは赤紫色の女魔族だけではなかったようだ。おやっさんもまた少し興奮気味に問いかける。とはいえ、ここで種明かしをすると敵にもバレてしまう可能性が高いため、瞬ははぐらかす事にしたようだ。
「そうか……今の、連続して出来そうか?」
「いや、種は簡単なんで……おそらくすぐに対策されてしまうかと」
「そうか……まぁ、一発自分達の命を拾えただけ儲けもんか」
あれを何度も使えるのなら、この難敵の攻略も少しは楽になったのだが。おやっさんは瞬の言葉にそう思う。とはいえ、一度とはいえ自身の攻撃を妨害された赤紫色の女魔族としても攻めあぐねはしたらしい。再び、お互い睨み合いへともつれ込んでいた。
「「「……」」」
瞬達が考えるのは、如何にしてこの無数の欠片を突破するか。赤紫色の女魔族が考えるのは、瞬の妨害がどの程度の効果範囲でどの程度の強さなのか。それを見誤れば死ぬのは自分なのだ。お互い攻め込めなくなってしまっていたのは、仕方がなかった。というわけで、先に攻める事にしたのは瞬達側だった。
『瞬。もう一回ぐらいは出来るか?』
『後一回か二回ぐらいなら。でも多分、三回目には対策されてくると思います……原理としちゃすごい単純なんで……そこまで馬鹿な魔族にも見えませんし』
『だろうな……かなり軽い様子はあるが、あの目は全然笑ってねぇ。ありゃ、挑発とかそういうために妖艶な格好やらを演じてるだけだ。知将とかそういった類だな、あいつ』
厄介な相手に当たっちまった。おやっさんは苦い顔ながらも、両手剣を強く握りしめる。そうして、彼は瞬に告げた。
『種がバレる前に攻めきるしかねぇだろうな……瞬。俺が攻め込む。お前さんは出来る限り、あの欠片を防いでくれ』
『……わかりました』
どうやら突っ込む事にしたらしい。瞬はおやっさんの声に滲む固さからそれを理解する。そうして、今度はおやっさんが先に突っ込んだ。
「おぉおおおお!」
「……」
笑いながらも、赤紫色の女魔族は注意深く瞬の動きに目を光らせる。勿論、おやっさんの動き自体は魔力の流れで察知しているだろう。というわけで彼女が瞬の方向を注視しながらも、彼女の操る金属片の3分の2ほどがおやっさんへと殺到する。
「っ! 瞬!」
「はい! はぁ!」
「……」
どういう原理だろうか。赤紫色の女魔族は自身の鉄鞭の欠片へと放たれる雷撃に注視する。単なる雷撃だけで撃ち落とせるようにはしていない。必ず、なにかの仕掛けがあるはず。そう彼女は判断していたのだ。とはいえ、残念ながら二度目ではまだわからなかったらしい。
「ちっ」
これがおそらく赤紫色の女魔族の素だろう。先程までの軽薄そうな印象とは少しだけ違う冷静な声がおやっさんの耳へと聞こえてくる。そうして、直後。彼女の居た場をおやっさんが薙ぎ払った。
「おぅらぁ!」
「ふぅ……力だけも嫌われるわよ?」
「そうかい。なら、速い男と力強い男の組み合わせなら満足だろう」
「ええ」
「ちっ」
気取られていたか。瞬は赤紫色の女魔族が自身の肉薄に気付いている事を理解して、その場から飛び退く。そうして、直後。彼の居た場所を鉄鞭の欠片の嵐が通り過ぎる。と、そんな彼に向け、今度は鉄鞭の欠片が飛来する。
「ちぃ!」
「……」
「おいおい! よそ見してんじゃねぇぞ!」
やはり瞬の妨害に対しては赤紫色の女魔族も警戒に値したらしい。そちらに意識がどうしても割かれてしまっている様子の赤紫色の女魔族に、おやっさんが切り込む。これは幸か不幸かはわからなかったが、囮としての役割は果たせていそうだった。とはいえ、やはり単独の戦闘力であればあちらが上手であったようだ。女魔族の鉄鞭の柄の部分に、残りの鉄鞭の欠片が収束する。
「む!?」
「はぁ!」
「ちぃ!」
小型のナイフだと。自身の剣戟を受け止められ目を見開いたおやっさんは今見た光景に内心で目を見開いていた。鉄鞭だと思うより、自由自在に長さや形状を変えられる長剣と考えた方が良いかも知れない。彼はそう判断。斬撃が飛んでくるよりも前にその場を離脱する。と、その次の瞬間だ。二人の背後から雷撃がほとばしり、瞬が鉄鞭の欠片の嵐から抜け出してくる。
「……どうやってるのかしら」
答えてくれることなぞあり得ないのはわかっているが、何をどうしているかは純粋に興味があったらしい。赤紫色の女魔族は小声でそう呟きながら、瞬の背中目掛けて再度鉄鞭の欠片を飛翔させる。
とはいえ、速度であればやはり瞬の方が上らしい。鉄鞭の欠片が彼に追いつくよりも前に、赤紫色の女魔族の背後に瞬が立つ。それに彼女は軽く身をよじっておやっさんの攻撃を弾くと、長い脚で背後に向けて蹴りを放つ。
「はっ」
「っ」
軽い。赤紫色の女魔族も瞬も同時にお互いの反動が軽いと理解する。そしてそれでお互いに考えている事は読み取っていたと判断。瞬は即座に地面を蹴って空中へと舞い上がり、赤紫色の女悪魔もまたそれに追従する様に鉄鞭の欠片を急上昇させる。
「ちっ……背後に自身の欠片をと思ったが……無理だったか」
無数の欠片に追い立てられながら、瞬は僅かに苦笑する。瞬の考えは自身の背後に急速に迫る鉄鞭の欠片をギリギリまで引き寄せ女魔族の自爆を誘発させるつもりだったが、その一方の女魔族は瞬を思いっきり蹴る事で強引に欠片の嵐の中に叩き込むつもりだったのだが、瞬が軽くいなすつもりだった事で失敗したのだ。
そうして追い立てられる瞬であったが、流石に空中では思うように速度は出せない。更にはおやっさんの支援もしなければならない以上、ある程度で諦めるしかない。というわけで、彼は武器を自らの魔力で編んだ槍に持ち替えると、それを思いっきり投げ下ろす。
「おぉおおおお!」
「っと」
「おっと! 逃がすかよ!」
「いいえ! 逃げます!」
転移術か。瞬は押さえ込もうとしたおやっさんの射程から消えた赤紫色の女魔族を見て、即座にそう理解する。そしてそうであれば、と彼は転移先を理解していた。
「はっ!」
「あら……でも、なるほど」
「っ」
悟られた。瞬は自身が雷を纏いながら虚空を蹴った事で僅かに揺れ動いた鉄鞭の欠片を見て、自身の雷に引き寄せられているのだと赤紫色の女魔族が理解した事を理解する。
「バレた……みたいだな」
「みたいですね……」
さてどうしたものか。瞬とおやっさんは種がバレた以上これ以上妨害は難しいだろうと判断。次の手を考える。と、二人の戦いが次のフェーズへと移行するのと、この戦い全体が次のフェーズへ移行するのは同時だった。
「なんだ!?」
「こりゃ……嘘だろう!? 高位の魔族共だと!?」
巨大な爆発と共に舞い降りたのは、数人の魔族達だ。その誰も彼もが、目の前の赤紫色の女魔族なぞ目でもないレベルの魔力を有していた。これに、赤紫色の女魔族が苦笑する。
「あら……御偉いさん達、堪え性が無いんだから」
「……」
そういうことか。瞬は自身がずっと感じていた魔族達があまりに焦っていない理由を理解して、盛大に顔を顰める。最初から、高位の魔族とやらが裏に控えていたという事に間違いないのだろう。そうして、瞬達北東第二砦防衛部隊は一気に劣勢に立たされる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




