第3038話 はるかな過去編 ――道理――
『時空流異門』に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代。それもよりにもよって魔界という異空間から現れた魔族達の暗躍により戦国乱世の時代へ突入してしまったタイミングにやってきてしまった瞬達。そんな彼らは数百年の後の時代に八英傑の一角にして勇者と呼ばれる事になるカイトや、この時代のカイトの仲間達と会合を果たしていた。
そうして元の時代へ戻るべく冒険者としての活動を開始させた一同であったが、紆余曲折を経て一旦足場を固める方向へとシフト。資金調達を行う事になっていた。
というわけで王都にある迷宮を紹介して貰うべく四迷宮というカイトの率いる騎士団の最高幹部達の実家が管理する迷宮に赴く事になったわけであるが、その最初として『炎の迷宮』に赴いていた瞬とリィルの二人は何度か苦戦を重ねながらも迷宮攻略を完了していた。
「許可証の提示をお願いします」
「あ、はい……これで大丈夫ですか?」
「……確かに。専属の鑑定士による鑑定をご希望の場合は右。スカーレット家による買い取りをご希望の場合は左へお願いします」
『炎の迷宮』への立ち入り許可証を提示した瞬に、事務所に隣接する建屋の入り口で待ち構えていた受付がそれぞれの方向を指し示す。というわけで、指し示された鑑定士が居る場所へと瞬とリィルは向かっていく。そうして数分歩いた所で、幾つかの小さい小部屋が並んだ部屋へと通される事になる。
「おまたせしました……鑑定でお間違いありませんね?」
「ええ……二人分なんですけど、大丈夫ですか?」
「勿論です……ああ、許可証を」
「はい」
どこでも許可証の提示を求められるな。瞬は受付でも求められた許可証を鑑定士へと許可証を提示する。それを鑑定士は
「瞬・一条さんとリィル・バーンシュタットさんですね……はい。登録されている情報と合致しました。では、鑑定したい物のご提示をお願いします」
「この中身全部です……あの、一つ良いですか?」
「なんですか?」
「鑑定……本当に無料なんですか?」
通常、エネフィアでもこの世界でも未知の魔導具などの鑑定は無料にはならない。鑑定士とてタダ働きは出来ないのだから当然だろう。だが調べていると、四迷宮に関してはそれぞれの家が雇った専属の鑑定士が無料で鑑定してくれるらしかった。というわけでこの質問は慣れっこだったらしい。瞬達を担当する事になった鑑定士が笑って教えてくれた。
「ええ。スカーレット家に雇われていますから……何よりどうにせよ買い取るならその際には鑑定が必要になります。我々としてはその手間が省けるという所です」
「まぁ……それはそうですけど。それを明かす必要は無いのでは?」
「それはそうですね。ですがどうせ外で鑑定して貰えればわかる事です。スカーレット家を不信に思うのなら、外で鑑定すれば良いだけの話ですから……ですが我々の鑑定に信頼が出来るのであれば、そのまま皆さんはスカーレット家に買い取りを依頼するでしょう?」
「まぁ……それはそうですね」
そうなれば一番利益を手に入れられるのはスカーレット家ですからね。瞬の納得した様子に鑑定士はそう告げる。と、そんな鑑定士が二人に問いかける。
「それで、どうされますか?」
「あ、お願いします」
単に無料である事が大丈夫なのかと思っただけで、瞬としては鑑定して貰わないつもりはなかった。というわけで、二人はそれから一時間ほど掛けて手に入れた色々な物の鑑定を行ってもらう事になるのだった。
さてそれから二時間後。瞬とリィルは一通りの鑑定を終えて、リストを手に宿屋に戻っていた。それを基にしてどれを売ってどれを持っておくかを話し合うためだ。
これは別に珍しい事ではないらしく、迷宮攻略、もしくは鑑定から二日以内ならリスト通りに買い取ってくれる――ただし偽造されない様に現物は持ち帰れないが――らしく、瞬達もありがたくそうさせて貰う事にしたのであった。
「うぅむ……」
「なにか釈然としない様子ですね」
「いや……宝剣類が安くて実用的な物が思ったより高くてな。前にカイトから見せて貰った際に知った金額と少し差があったからな」
「それは戦時中だから、でしょう。美麗な装飾があった所で戦闘にはなんら意味はない。それどころか引っ掛かって不利になる要因にさえなってしまうかもしれません」
「それは……まぁ、そうだろうな」
そう考えれば実用的な物ほど高値になり、実用性が低い美術品になる物の価値が下がるのは当然ではあるかもしれないか。瞬はリィルの指摘に納得を示す。そうして納得した彼は改めてリストを机の上に広げた。
「さて……今回の入手品で一番高価だったのはあの炎の剣か」
「あれは相当レア物だったみたいですね」
「ああ……鑑定士もかなり驚いていたな」
どうやらこれは幸運な事だったらしいが、あのボスである炎の巨人からドロップした柄だけの武器は滅多に手に入らないお宝だったようだ。それこそ希少性であれば宝物庫から回収された槍よりも希少で、鑑定士も思わぬ大物に目を丸くしていた。
「あれに関してはぜひともスカーレット家で買い取りたい、という事でしたか」
「ああ……買取額も非常に高値だ。相当な希少品という事なんだろうな。これは売りで良いか?」
「でしょう」
これを手に入れた時にも話していたが、こういった変わり種は使い手が限られる。そしてその使い手は現状瞬達にはいなかった。同様にエネフィアに持ち帰って冒険部の活動に役立てようにもそれ以前の問題として帰れないのだ。優先するべきは元の時代への帰還だった。というわけでそう割り切った二人は炎の剣は売り払う事を決め、他の入手品を見ていく。
「ふむ……今回は実用品が多めだったからか買取額は高め……なのかもしれんな」
「往復分とここでの宿泊費を差っ引いても赤字にはならなそうですね」
「それは大丈夫だろう……うん。問題ない」
瞬は今回の旅路で掛かった経費を書き記したメモを見て、一つ胸を撫で下ろす。やはり来たものの経費が多く掛かって赤字になりました、では笑い話にもならない。十分な収入が得られてよかったという所であった。
「というか……うん。炎の剣一つで経費は全部チャラだな。相当な高額だ」
「そんなですか?」
「ああ……あはは。これは今回は良い土産にできそうだ」
今回は相当に幸運だったと考えて良いだろう。瞬は少しだけ嬉しそうにリィルへとメモを見せる。ちなみに、やはり冒険部の幹部という事もあり瞬――だけでなくソラや由利もだが――は経理の仕事も多少出来る様に教育されている。なので意外な事に今回の旅費なども瞬が管理していたりする。それはさておき。そんな経費が書かれたメモを見てリィルが僅かに目を見開いた。
「……存外経費が掛かっていないですね。移動費とかもう少し掛かっていたかと思ったんですが」
「色々と節約の方法はあった……本当にカイトさまさまという所でな。あいつが戦時中の話をしてくれていたおかげで節約方法の参考に出来た。宿泊費はその分高くついたが……安全とトレードオフを考えれば妥当だろう」
「はぁ……」
基本戦時中の話をしないカイトであるが、時々愚痴の様に昔はこうでこうやって節約したという話をしてくれる事があった。これは単に苦労話をしたいというわけではなくなにかの時に役に立つかもな、という老婆心に過ぎなかったし瞬達も特には覚えておくつもりはなかったのだが、幸運にもここで役立っていたのである。というわけで少しだけ嬉しそうな瞬は改めてリストを見る。
「とりあえず属性を左右出来そうなアクセサリを除いて全部売っぱらう形で良さそうか」
「そうですね。アクセサリ系はあまり手に入らない。特に炎の指輪などは私や貴方にとって有益でしょう。今後を見据えて売らない方が良いかと」
「そうだな……良し。じゃあ、これとこれは回収と……」
瞬はスカーレット家に売り払う物品をリストアップし、回収する物をまた別のメモに書き記す。そうして、二人はこの日の残り時間で必要な物を見繕って翌日の朝一番で買い取りを依頼。翌日の昼には王都に戻る便に乗り込む事にするのだった。
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