第3037話 はるかな過去編 ――攻略――
『時空流異門』という時と空間の異常現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代へと飛ばされてしまった瞬達。そんな彼らは後の時代に八英傑と呼ばれる八人の英傑の一角にして中心人物の一人と呼ばれる事になるカイトや、彼の率いる騎士団の面々と会合。元の時代へ戻るべく冒険者としての活動を開始させる。
そうして冒険者としての活動を開始させておよそ一ヶ月。紆余曲折があって一旦足場を固めるべく、一同は迷宮の攻略に赴いていた。というわけでスカーレット家が管理する四迷宮が一つ『炎の迷宮』の攻略に赴いていた瞬とリィルであったが、二人はなんとか『炎の迷宮』の攻略を終えつつあった。
「はぁああああああ!」
気勢を上げ、瞬が槍を猛火の中に突っ込む。そうして紫電と業火を纏った一条の閃光と化した瞬が、猛火の中にあった球状のコアを貫いて、反対側から飛び出した。
「これで、どうだ!?」
瞬とリィルが相手をしていたのは、この迷宮のボスだ。それは超巨大な炎の巨人で、身の丈は数十メートルもあろうかという巨大さであった。
しかも巨大なだけあってコアを見つけ出すのは容易ではなく、およそ一時間ほどの交戦を経てなんとか二つのコアを見つけ出してリィルと同時攻撃で破壊に及んでいたのである。
「瞬! 離れなさい! 爆発します!」
「っ!」
炎の巨人は完全に最初に『炎の迷宮』で戦った巨人と同じく炎で出来ていた。が、サイズは桁違いだ。故にその爆発の規模も桁違いだった。
「っぅ!」
はるか彼方で巻き上がるキノコ雲を遠目に見ながら、瞬は放たれる衝撃に顔を顰める。そうして数秒後。吹き飛ばされた岩石を破砕して、瞬はなんとか耐え凌いだ。
「……終わり……か?」
『みたい……ですね』
どこかこれで終わってくれ、という様相はあったものの、すでに爆炎は晴れていて敵影はない。なら安心して良さそうではあった。が、最初の事例があったからか瞬はどこか警戒が残っていた。
「が……最初の事もある。実は地中にコアが……となっていないなら良いんだが」
『流石に大丈夫……でしょう。地面もガッツリ抉れていますし……』
「それが隠れ蓑でない事を願いたいものだが」
『考えすぎると逆に身体に毒ですよ。何より貴方らしくもない』
「それもそうか」
こういう時、すっぱり切り替えが出来るのは瞬の強みと言えるだろう。彼は大きく抉れた岩盤を見て、流石にあれだけの大自爆を隠れ蓑にして逃げおおせるほどの知能は無いと判断したようだ。
というわけで空中に居た彼は地面に舞い降りると、その場で腰を下ろす。流石に一時間以上もぶっ続けで戦い続けていたのだ。体力も魔力もかなり消費してしまっていた。
「ふぅ……にしても本当に厄介だったな。ああも大きい上にこちらからの物理攻撃がほぼ通じない……されど魔術も効果が薄い……こんな敵も居るか」
『そうですね……ああいった魔物は基本的には飛空艇による砲撃でコアを見つけ出し、そこを狙撃するのが一般的な討伐方法です。貴方の言う通り、物理攻撃は効果が薄いですから』
「距離を取って面攻撃によるコアの探索。その後に狙撃による一点射撃で、か……なるほど。非効率的ではあるが、確実ではあるか。いや、飛空艇を使うのだから非効率も何も無いか」
飛空艇に備え付けられている魔導砲は飛空艇の魔導炉からエネルギーが供給されている。故に乱射してもさほど問題はなく、効率は問題にならなかった。
「が、そんなもの人力でやろうとすれば正気の沙汰じゃないな」
『やらねばならないなら、やらねばならないでしょう』
「そうだがな……はぁ。流石に疲れた」
数十メートルの巨大な魔物の全身に向けて、瞬は無数の槍を投じたのだ。それも単なる見せかけでは炎で焼き払われてしまうので、そこそこ強度を高めなければならなかった。というわけでごっそりと魔力が減ってしまったのである。と、そんな彼の横にこちらはまだ余裕を残していたリィルが舞い降りる。
「お疲れ様です、瞬……これを」
「ああ、すまん……ああ、すっかり忘れていた」
魔力とは意思の力だ。故に魔力をごっそりと失ってしまうと一時的に思考能力の低下が見られる事はままあった。遠目に瞬の様子を見ていたリィルは彼が回復薬を持っていた事を思い出していない事を見て、こちらに来てくれたのであった。
「ふぅ……ん?」
「どうしました?」
「あれは……ドロップか? なにか光っている様子が……」
「なるほど……」
瞬の言葉で、リィルも崩れた岩盤の中に光る物を見つけ出したらしい。ドロップは敵を倒した時にのみ出てくるのだ。これが出てきたのであれば、倒したと考えて良さそうだった。というわけでドロップを回収するために二人は崩れた岩盤の中を進んでいく。そうして、爆心地の中心。そこに剣の柄と思しき物体があるのを見つけ出す。
「……柄だけ?」
「だけ、ですね……しかも何かの装飾がされているわけでもない」
美術品としての価値は低そうだ。二人は少しくすんだ黄土色の柄だけの剣を見て小首を傾げる。とはいえ、ボスのドロップとして出てきたものなのだ。こんな意味不明なままで終わるわけがなかった。
「……リィル」
「わかりました」
おそらく魔導具の一種だろう。そう判断した瞬の声掛けに、リィルがその場から離れる。何が起きるかわからないため、反射神経の優れた瞬が試してリィルは万が一に備える事にしたのだ。
というわけで、リィルが十分な距離を取った所で瞬は一度だけ深呼吸。いつでも逃げられる準備だけはしておく。そうして深呼吸の後、瞬は柄に魔力を通してみた。すると、柄から赤い剣が伸びてきた。
「……これは……」
『炎の剣……ですね』
「ああ……いや、待てよ。もしかして……」
注ぎ込んだ魔力の量に応じて長さを変化させる炎の刀身を見ながら、瞬はもしやと流し込む魔力のイメージを変えてみる。すると伸びていた炎が収束し、黄色い炎の刃と化す。
「やはりな……俺のイメージに従って力が変えられるらしい」
赤色と黄色を行き来させ、瞬はなるほどと納得する。無論注ぎ込んだ力が増えれば黄色い炎の刃のまま刀身を伸ばす事も出来るだろうし、より収束させて威力を増やす事も出来るだろう。そこは使い手次第という所であった。と、そうして幾度か試しているとリィルが横に舞い降りた。
「良い魔導具みたいですね」
「ああ……一度本気でやってみたいが」
「壊したら、と思うとあまりやってみたくもない所ですか?」
「ああ……こういう時にユスティーナが居てくれればと思うんだが」
やはりティナこそが瞬達が知る中で最優の技術者だ。故に彼女であれば自分の全力に耐えきれるかどうかを一目で見抜いて助言してくれるだろうと思ったのだ。とはいえ、居ないものは仕方がない。諦めるしかなかった。
「まぁ、居ないものは仕方がない……それに何より、俺は剣士でもないしな……ん? 良く思えば俺達の中に今剣士は……セレスティア以外には居ないか?」
「一応、ソラも剣士ではあるでしょうが……両手剣は使えませんね」
「そうだな……あいつはなんだろうな。グラディエーター? いや、なんか違うか? まぁ、良い。兎にも角にも盾を使うから、こういった変則的な物を使えるわけじゃないだろ?」
「それはそうですね」
ソラは確かに剣を使うわけであるが、彼の剣術はあくまでも盾の使用を前提とした上での物だ。なので使える剣は片手剣に限定され、こういった両手を使う事を前提とした武器の類を使う事は出来なかった。
「ふむ……そうなってくるとやっぱりこれは俺達では使えそうにないか。どうにせよセレスティアは大剣士だしな」
「大剣士だからこの剣が使えないという事は無いでしょうが」
「まぁ……そうだが。とはいえ、使う意味も必要も無いだろうさ」
おそらく剣としての性能は今セレスティアが持つ大剣の方が上だろう。瞬は見た感じでそう判断する。そしてそれは当たり前ではあった。セレスティアが持つ大剣は<<守護者>>から奪取した大剣の概念を有する大剣だ。性能としては最上位の性能を有していた。というわけで、自分達では使い手が居ないと判断。これはこのまま持ち帰って売っぱらう事に決めて道具袋の中にしまい込む。
「じゃあ、後は宝物庫を見て帰るだけか」
「ええ……流石にボス部屋の後に罠があるとは聞いた事が無いですが……注意だけは怠らない様に」
「ああ」
二人は一応という範囲で警戒を行っておく事にして、そのまま奥へと進んでいく。そうして最後の宝物庫に入った二人であったが、そんな二人を待っていたのは三つの宝箱だ。
「ふむ……こういう場合良いのは左右を開けて最後に中央か?」
「どうでも良いと思いますが……まぁ、それならそれで良いでしょう」
どれから順番に開けても罠が無い以上は一緒だと思うが。リィルはそう思いながらも、せっかく瞬が言うのだからとそれに従う事にする。というわけで、二人は左右の宝箱を開けて中身を取り出す。
「こっちは……盾か。っと……見た目より重いな」
「こちらは鎧……ですね。相変わらずこういう迷宮の宝箱の中身は外からは想像も出来ない事が多い」
どうやら左右の宝箱にはそれぞれ防具が入っていたらしい。瞬が手に入れた盾は無骨かつかなり重厚なもので、リィルの手に入れた鎧は魔石やら宝石やらで美麗な装飾が施された美術品としても価値のありそうなものであった。と、そんな彼女の言葉に瞬が笑う。
「たしかにな……このサイズの宝箱のどこに大の大人が着れるサイズの鎧が入るんだか。この盾も……入りそうにはないな」
「まぁ、得てしてこういう所にあるのは宝箱という概念で収められているだけで、実際には開けるまでランダムになっているのでしょうね」
「リセマラでも出来そうだな……現実に時が戻ればの話だが」
「現実問題として過去にやってきている私達では笑えませんね……」
「そ、それもそうだな……」
あくまでも冗談として口にした瞬であったが、実際自分達の状況こそがその状況とも言える事を指摘されて思わず苦笑いだ。とはいえ、これで左右の二つを開けたわけで、二人は中央の宝箱へと歩み寄る。
「さて……開けて良いか?」
「どうぞ」
「良し……」
やはりこういう時、宝箱と聞いて心躍るのは男の子という所だろう。リィルはさほど興味なさげだったのに対して、瞬は少しだけ嬉しそうに宝箱に手を掛ける。そうして彼が蓋を押し広げると、中に収められていた物が姿を露わにする。
「これは……槍か。無骨だが……良い出来栄えだ」
「ほう……」
宝箱を開ける事には興味がなかったリィルであるが、やはり中に入っていた物が槍となると話は違ったらしい。彼女も少し興味深い様子で瞬の取り出した槍を見る。
「確かに無骨ですが……」
「ほら」
「っと……なるほど。かなりしっかりとして良い重みです。これで突けばかなりの威力になるでしょうね……うん。しなりも良い。刺突も打撃も斬撃も十分にこなせる……軸そのものの強度も十分。名槍ですね」
突いて良し。薙ぎ払って良し。防いでも良し。十分に実用に耐えうる槍と判断し、リィルも満足げに頷く。とはいえ、ここまで見事な槍になると、少しだけ売るのは躊躇われたようだ。リィルが瞬に問いかける。
「どうしましょう。こういった槍であれば一本持っておくのも良いかもしれませんが」
「俺は必要無いな。前にノワールさんに聞いてもこの槍を壊すのは並大抵の事では無理だろうという事だったし……それに使い捨てるなら自分の魔力で槍は編める。問題はない」
「ふむ……となると、私如何という所ですか」
どうするか。リィルは瞬の返答に少しだけ悩む。そうして少しだけ考えた後、答えを出した。
「……いえ、必要はありませんね」
「そうなのか?」
「ええ……一応私の槍も契約で縛っていますから紛失の心配はありませんし、ある程度の自己修復機能は有しています。しばらく問題ありません……それにもしもう一本になるなら、炎を強化する物にしたい」
「なるほど。こいつは確かに良い槍だが……炎を強化するという意味では無力か。そういう意味では残念かもな」
せっかく『炎の迷宮』と呼ばれるほどに炎に縁のある迷宮に来ているのだ。確かにそういった強化が可能な道具も確かに幾つか手に入れられていたが、この槍にはそういった機能は無い様子だった。
「良し。じゃあ、出るか」
収穫としてはかなり上々という所だろう。瞬は今回の探索で手に入れた数々の道具を思い出し、少しだけ満足げにそう告げる。そうして、二人は宝物庫を後にして外へと脱出するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




