第3033話 はるかな過去編 ――炎の迷宮――
『時空流異門』と呼ばれる異なる時間軸。異なる空間へと飛ばされてしまう非常に稀な時空間の異常現象。それに巻き込まれて、セレスティア達の世界のよりにもよって戦乱の時代へと飛ばされてしまったソラ達。そこで出会ったのは、後の世に八英傑と呼ばれる英雄の一人として讃えられる事になるこの時代のカイトであった。
そんな彼との出会いをきっかけとして彼の率いる騎士団の最高幹部である四騎士達や彼の主人である第二王女との出会いを重ねたわけであるが、その中で一同は一旦足場を固める事になっていた。
というわけで、足場を固める前準備として資金調達に奔走する事になったわけであるが、その手段として一同は迷宮攻略を選択。幾つかに分かれて行動を開始する事になり、一番最初に準備が整った瞬とリィルのペアがスカーレット領へと訪れていた。
「ふむ……なんだか騎士の名家というよりも貴族の名家と考えた方が良い……んだろうか」
「そうかもしれないですね……」
迷宮への立ち入り許可証を受け取った後。スカーレット家が運営する公的施設を後にした瞬のつぶやきにリィルもまた少しだけ苦笑を混じえながら同意する。この公的施設はスカーレット家の一角にあったのであるが、このスカーレット家の実家は普通の貴族と見紛うばかりであったのだ。
「そう言えばスカーレット家は騎士だがシンフォニア王国の王族に連なるという事だったな……あれ? そういう意味ではお前もそうなんだか」
「……まぁ」
どこか胡乱げに、リィルは瞬の言葉に頷いた。エンテシア皇国の現在の皇帝であるレオンハルト。これの祖母がバーンシュタット家に属していたわけで、リィルは皇室と遠い親戚と言って間違いではなかった。とはいえ、当人はそれについては良い事と思うが、それに対して配慮される事に対してはあまり良く思っていない様子だった。それはそれとして。瞬もそういえばと思い出しただけで特別気にしているわけではなかった。
「いや……別にふと思い出しただけなんだが。とはいえ、この様子だと元々軍の高官とかで騎士道精神云々に後から目覚めた、という事もありそうだな」
「ああ、それは有りえますね。元々が高位の貴族で、騎士道に後から邁進したという家はエネフィアでも珍しくはありません。こればかりは二極化、という所ですが」
長く平和な時代が続くと、堕落するか高潔さを手に入れてさらなる高みに登るかのどちらかなのだろう。リィルはエネフィアの歴史を思い出してそう思う。そしてその高潔さを手にしたのがスカーレット家だと考えると色々と筋は通りそうであった。
「そんなものか……それが多くなってくれればと思うばかりだが」
「現実とは、そういかない事が多いものです。残念な事ですが」
「そうか」
結局現実とはリィルの言う通りそういうものなのかもしれない。瞬は自身が出会ってきた者たちの多くが長く生きてなお高潔な精神を持ち合わせていたからか、少しだけ理想を抱いていたようだ。が、実際にはカイトという英雄がいればこそだという事を、彼は理解していなかった。とまぁ、それはさておき。許可証は手に入れたので、瞬は改めて『炎の迷宮』に関して思い馳せる。
「まぁ、それは良いか。とりあえずこれで迷宮には行けそうか」
「そうですね……ひさしぶりですか、何気に二人では」
「あはは。確かにな……いや、今思えばかなり申し訳ない」
「……何がですか、いきなり」
なにかに気付いた様子で頭を下げた瞬に、リィルが意図を理解出来ず困惑する。これに、瞬は少しだけ恥ずかしげに明後日の方向を見ながら告げた。
「いや……よく思えば付き合って当初の頃なのに何度も迷宮に連れ出すのはどうか、と今更だが思った」
「あ、あぁ……ま、まぁ……私達らしくて良いのではないかと……」
二人が思い出していたのはウルカでの事だ。確かに付き合いたての二人が行くのに迷宮はどうなのだとリィルも今更ながら思わなくもなかったらしい。
とはいえ、これは瞬からだけでなく腕試しとリィルが誘う事もあったので、実は周囲の者たちは似たものカップルというわけかと笑っていたのは、二人だけが知らない事であった。というわけで二人は明日からの迷宮に備えて、この日は少しだけ笑い合いながら宿に戻るのだった。
さて明けて翌日。二人は自分達同様に『炎の迷宮』を目的にした冒険者や旅人達に混じって『炎の迷宮』を管理する管理事務所のような所の前に立っていた。とはいえ、どうやらまだ立ち入り時間の前だったのか、多くの挑戦者達が事務所の前で開門を待っていた。
「思ったより……多いな」
「そうですね……まさかここまで盛況とは」
「ひのふのみの……数十人はいるか」
情勢から戦う力を求める者や自分達同様に様々な理由で一攫千金を夢見る者が多いだろうというのは想像出来ていたし、実際スカーレット領に向かう馬車にも冒険者と思しき者たちが多かったのは道中で見て取っていた。
無論街の中も冒険者がそれなりに多い様子ではあったが、いざ現地に到着してみると思う以上だったのだ。そしてこれだけいると気になるのは、やはり自分が彼らと比べてどうなるかという所であった。
「ふむ……大多数は俺より下……か。明確に、だが」
「……どうでしょうね。明確に上回っている方も何人かいる様子ですが」
若干声のトーンを落とした瞬のつぶやきにリィルもまた少しだけ声のトーンを落として応ずる。明確に上回っているのは数人である事を考えると、おそらく瞬とリィルのペアで生還出来る可能性は高いと考えて良いだろう。それについては安心という所であるが、それはそれとしてもやはりまだまだ上はいる様子であった。
「やはり情勢から上も多そうだな。まだまだ、やれそうだ」
「そこでくじけぬあたり、貴方らしい」
上がいる事に気を害するではなくやる気を見せるのは瞬の良い所であるだろう。リィルはやる気をみなぎらせる瞬の言葉に若干苦笑気味に笑うだけだ。と、そんなこんなを話し合っていると、管理事務所から兵士が姿を見せる。
「これより『炎の迷宮』への入場を開始する! 入場を希望する者は前へ!」
「よっしゃ!」
「やるぞ!」
「待ってました!」
やはり朝一番でここに来るぐらいなのだ。誰も彼もがやる気を漲らせていた。そうして、そんな挑戦者達に並んで瞬とリィルもまた受付を済ませて『炎の迷宮』へと入っていくのだった。
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