第3025話 はるかな過去編 ――ひとまず――
どことも知れぬ時間軸。どことも知れぬ空間へと飛ばされてしまうという『時空流異門』に巻き込まれて、セレスティア達の世界の過去の時代へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らは後の時代に八英傑の一人として讃えられる事になるカイトや、その仲間達と会合する。
そうして元の時代へ戻るべく冒険者としての活動を開始させた一同であったが、紆余曲折がありカイトの主人にして幼馴染。後に彼の妻となるヒメア・セレスティア・シンフォニアとの模擬戦に臨む事になっていた。
そんな模擬戦であるが、結論から言ってしまえば当然ソラ達が一切及ぶべくもなくという塩梅であった。というわけで、模擬戦の開始から二十数分。グレイスが笑っていた。
「ほう……ガッツは認められそうだな」
「持久力は皆無ね」
「それは全力全開で、という話だからだろう。私達とてそんな全開の戦いなぞ数十分も続けんよ。姫様も人が悪い。あれでは全力を続け続けるしかないのだからな」
「だからこそ意味があるのでしょう」
楽しげに笑うグレイスに対して、ライムは呆れ顔で肩を竦める。そうしてそんな女性騎士二人に対して、男性騎士二人の方はどこか得心がいったような顔を浮かべていた。
「……まぁ、腕は兎も角ですが。重要な事はきちんと理解して……いそうですね」
「ですね……あの諦めの悪さ。兄さんにそっくりだ」
結局的に四人が知りたかったのは、カイトが最も重要視しているだろう諦めない心がきちんと養われているかという所が見たかったようだ。そのためにはある種の極限状態に追い込まねばいけないわけで、無理と諦めず向かっていけるのならと認められたようだ。
「まぁ、どうにせよ……相手が姫様だからこそ出来た事ではあるだろう」
「攻撃が届かない、というのは厄介なものね。相手にとっても、こちらにとっても」
もう何度か触れられているが、ヒメアの攻撃は届く事がない。それが何故かは四騎士達どころか八英傑の他の面々からしても謎という所ではあったが、それ故に誰もが知る所ではある。そして彼女への攻撃もまた誰も通せず、魔族達でさえ彼女の防御を抜く事は不可能とされていた。そんな不可思議な現象に言及するライムに、グレイスは肩を竦める。
「なにせ通用しないからな。かといって睡眠中の暗殺なども団長が居る限り通用しない……ま、名実ともに最強の守り手ではあるか」
「そうね……あ、倒れた」
「限界か……当然か」
足掛け三十分ほど、全力を出し続けたのだ。ソラも瞬もダメージは無いものの、限界まで魔力を絞り出していたようだ。瞬からは鬼の角が。ソラからは太陽の輝きが消失し、戦いの終わりを明らかにしていた。
「……これで終わり?」
「……もうちょいやれるっすけど……」
「流石に厳しいな……」
ヒメアの問いかけに対して、ソラも瞬も膝が笑いながら答える。実力差は圧倒的だ。殺されない事はわかっているし、ダメージもないがここまで圧倒的な壁とは思わなかったようだ。というわけで笑う膝をこらえながら立ち上がる二人に、ヒメアが肩を竦める。
「まぁ、良いわ。そこまでやったなら」
「「え?」」
「もう良い、って言ったの。まぁ、私相手に諦めはしないぐらいの心意気はあるみたいだし。それが見えたから良しとしておきましょう」
「「はぁ……」」
どうやら精神面に限定して、及第点は貰えたらしい。ソラも瞬もそれに安堵し、膝を屈する。限界は限界だったようだ。そうしてヒメアは呆れ半分で口を開く。
「まぁ、可能だったらカイトに本気でやらせるのもありだったのだけど……あいつはやらないでしょうからね。あいつは甘いから」
「甘いのも一緒なんっすね」
「そりゃそうでしょ。甘いのこそがあいつの唯一の弱点なんだから」
ソラの言葉に、ヒメアが笑う。どうやらこの世界のカイトも甘い事――ただし戦乱特有の厳しさもあるが――が欠点と言われる人物らしい。と、そんな彼女に瞬がずっと気になっていた事を問いかける。
「あの……一つ良いですか?」
「何?」
「あの剣技は……ずっと後ろにカイトの姿が見えたんです」
瞬が気になっていたのは、カイトがまるでそこに居るかと思えるほどに精巧なマクダウェル流の剣術だ。あれほどの攻撃は中々に出来る事ではなく、何があったのだろうかと疑問になったのだ。
「カイトの……ね。まぁ、あれは単にあいつの動きを模倣してるだけの真似事だから」
「ま、真似事?」
「そ。言っとくけど、私はマクダウェル流の剣術なんて学んだ事ないわよ」
「「えぇ……」」
学んだ事がないのにほぼほぼ極められたに等しい動きをしてくるのだ。天才ではないのか。二人がそう思いドン引きしたのは無理もなかった。が、そういうわけではなかった。
「でも当然でしょ? 大切な人の動きよ。それを毎日毎日見ていたら、自然覚えるわ」
「いや、その領域じゃない気がするんですが……」
「そう? 貴方には居ないの? 大切な人……気付けば目で追ってる。本人が気付けないような細かな違いでも気付く、っていうような大切な人」
「え、いや、まぁ……」
居ないかと問われれば居ますが。瞬はヒメアの問いかけに恥ずかしげな様子で視線を逸らす。そしてどうやら、この大切な人が居るという事はヒメアにとっては好印象だったらしい。彼女は一つ頷いた。
「そういうことよ。その人がどういう動きをしているのか。どんなタイミングでどんな呼吸をしているのか……そういったものを真似る事なんて造作もない。まぁ、真似事だから本人並の力なんて到底でないのだけどね」
「はぁ……」
そういうものなのだろうか。瞬は恥ずかしげに苦笑するヒメアの言葉にそう思う。だが、これは当たり前の話でカイトの呼吸やカイトの動きは彼が何十年も掛けて体得させた彼に適した動きだ。それをヒメアが再現した所で彼と同等の力が発揮できるわけがなかった。
「……ま、大切な人がいてその人のために戦えるのなら、なおさら良しとしておきましょう。そこが何より重要なのだから」
「「はぁ……」」
兎にも角にも、認められはしたらしい。ソラも瞬もヒメアの様子からそう理解する。そうして、二人は少しだけ休んでから再び『蒼の騎士団』の本部へと戻る事になるのだった。
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