第3024話 はるかな過去編 ――白き姫君――
『時空流異門』に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らは後の時代に八英傑の一人として讃えられる事になるカイトやその仲間達と会合する。
そうして元の時代へ戻るべく冒険者としての活動を開始させる一同であったが、そこでどういうわけか四騎士達との話し合いとカイトの主人にして幼馴染でもあるヒメア・セレスティア・シンフォニア第二王女との戦いに臨む事になっていた。
「……」
一切動く事もせず、一切攻撃する事もせず。ヒメアはただそこに立つだけだ。が、それにも関わらずソラと瞬の二人は圧倒的な戦力差を感じていた。
「……先輩。攻め込んでたみたいですけど、所感どんなもんっすか」
「全く駄目だな。勝ち筋が見えん。多分持久戦に持ち込んでいても勝ち目はなかっただろう」
何が有り得ないか。瞬はソラの脱出までの数十秒の間に攻め込んで見た光景を思い出し思わず笑う。
「防御性能が高すぎる。槍の穂先を結界の一点展開で止められたなんて、初めてだ」
「あ、それ槍なんっすか」
「いや、こいつは刀だ……槍とはすぐに切り替えられる」
速度重視の槍と攻撃力重視の刀。結界の突破に苦心していたソラは見ていなかったが、瞬はこの二つを使い分けて戦っていたらしい。それはさておき。兎にも角にもヒメアの防御性能は高すぎた。
「まぁ、それは良い……兎にも角にも絶対に一人では攻めきれん。それに持久勝ちも狙えんだろう。どうすることも出来んが……」
「やるだけやる、っすね」
「だな」
兎にも角にもやれるだけやって、自分達の実力を彼女らに認めさせるしかないのだ。二人は覚悟を決めて、地面を蹴る。そうして真正面からの突撃を選択するわけであるが、ヒメアまで後数歩の所でソラが盾を上に掲げる。
「はっ!」
「っ、っと!」
「……」
どうやら自分を飛び越えるつもりらしい。ヒメアはソラの掲げた盾を足場にして跳び上がった瞬が自身の上を飛び越える起動を取るのを見て、そう判断する。が、彼女からすればなんなのだという程度でしかなかった。
「はぁ!」
「おぉ!」
前後から挟み撃ちの格好で攻め掛かるソラと瞬の攻撃に対して、ヒメアは全く動く事さえなくただ結界だけをその場に置く様に展開する。
「っ」
「……」
了解。ソラと瞬は一瞬だけ視線を交え、次の一手を決める。そうして結界で攻撃を止められた直後に襲いかかる結界の殴打を二人は打ち合わせ通りに同じ距離だけ移動して、再度地面を蹴って同時にヒメアへと肉薄する。
「「はぁ!」」
伊達に地球時間で一年以上も一緒に戦ってきたわけではないのだ。ソラと瞬は抜群の連携を見せ、同時に剣戟を放つ。そうして襲いかかる二つの剣戟に、ヒメアはやはり点として結界を展開。その進行を阻害する。が、これは二人にとって見えた流れだ。故に、二人の剣戟は一点を止められても大丈夫なような特殊な一撃だった。
「む?」
面白い剣戟だな。止められたはずの剣戟がまるで波の様に伸びていくのを見て、グレイスが僅かに笑みを浮かべる。普通の剣戟は一点を止められるとそれ以上は進めないが、敵に対してダメージを与えるのは物理的な形を持たない魔刃だ。故にこういう事も出来た。が、それでも。通用するわけがない。
「姫様に通用する……わけないのよね。あの程度で」
「それは当たり前の話だがな」
「「なっ……」」
嘘だろう。ソラも瞬も次に起きた現象に思わず瞠目する。なんとヒメアの生じさせた結界が魔刃の切っ先に併せて動いていき、完全に無力化していたのだ。
「「ごっ!」」
驚愕した所に襲いかかる結界の殴打に、ソラと瞬は思いっきり打ちのめされる。そうしてバラバラの方角に吹き飛ばされていくわけであるが、そこでついにヒメアが動きを見せる。
「「……え?」」
一瞬、ヒメアの後ろにカイトの姿を幻視する。それほどまでに彼女の動きはカイトのそれとそっくりだったのだ。気配。息遣い。動き。それら全てが、カイトの模倣。それはカイトを知っている二人だからこそ、幻視しても無理はないほどであった。
「マクダウェル流剣術……<<雷鳴斬>>」
「ごふっ!」
瞬間。ソラは紫電が迸ったとしか思えなかった。それほどまでの速度でヒメアが自身に肉薄していたのである。が、衝撃はあれどダメージはなかった。それに、ソラは困惑を露わにする。
「……あれ?」
「……私は他人を傷付けられない。だけどそれはこういった剣技が使えないというわけではないのです」
「っ」
ひやりとした感触を首筋に感じながら、ソラは後ろで聞こえた声に震え上がる。と、そこに。瞬がヒメアの真横から襲いかかった。
「はぁ!」
「ふっ」
「っ」
やはり反射神経も高い。瞬は自身の一撃に対してソラに刃を突きつけているとは真逆の手に顕現させたもう一振りの剣で対応するのを見てそう思う。
そして凄まじいのは、瞬の攻撃を見ることなく対応している事だろう。ソラから視線を外していなかったのだ。とはいえ、ソラにも手が無いわけではなかった。故に動こうとする彼に対して、ヒメアは口を開く。
「見えています」
「ですよね!」
ヒメアの指摘で現れたのは半透明の盾。<<操作盾>>だ。極小のそれがソラの首筋に顕現していたのである。先程のヒメアの点の結界を見て、これを咄嗟に思い付いたのだ。
「ふっ」
振るわれるソラの剣戟に対して、ヒメアはカイトさながらの動きでソラの剣を打ち上げる。そうしてがら空きになった胴体に、ヒメアが結界の拳を叩き込む。が、これに。ソラは意地を見せた。
「ぐっ!」
「っ」
ぴく。僅かに、ヒメアの端正な眉が動く。ソラは殴打に対して太陽のフレアを思わせる強引に魔力放出で抗って、その場に留まって見せたのだ。そうして僅かに揺れ動いた直後。瞬がそれに合わせた。
「おぉ!」
「はぁ!」
太陽の輝きと雷鳴と猛火が舞い踊る双刃。その二つに前後から襲い掛かられるヒメアであるが、やはり一切揺れ動かない。留まってみせた意地は想定外だったが、実力そのものに対しては想定内でしかなかったのだ。故に、彼女は結界を操って三つの刃を防ぎ切る。
「ぐっ! っ!?」
「ごっ!」
「っ」
再度僅かに、ヒメアの気配が揺れる。結界で防いだ後は決まって結界の拳による殴打が入る。それを読んだソラが再度強引にその場に留まったのだ。二度も留まるとは。それに彼女は驚いたのである。とはいえ、ならばと彼女は容赦なかった。
「そう……じゃあ、こういうのはどうですか?」
「え? ちょっ」
流石にそれは想定外。ソラは先程までの大振りな結界に対して、こぶし大の無数の結界に思わず待ったを口にする。が、当然ヒメアは待ってくれない。そうして襲い掛かる無数の結界に対して、ソラは吼える。
「おぉおおおおお!」
「ソラ! おぉおおおおお!」
結界の殴打で吹き飛ばされた瞬もまた、ソラの雄叫びに合わせる様に雄叫びを上げる。そうして雷と炎を纏うと、彼はヒメアへと突っ込んだ。
「はぁ! っ」
「……ん」
「ぐっ! だが!」
どうやらこちらも意地で結界の殴打に持ち堪える事にしたらしい。ソラと同様に放たれる結界の殴打を総身から魔力を放出する事で耐え抜く。そうして放たれる結界の殴打を気合と根性だけで切り抜けて、ソラと瞬が再度剣戟を放った。
「……」
「……マジすか」
「は、ははは……」
何枚あるんだ。無数の結界の殴打を浴びながら放たれた剣戟であるが、これもまたやはりヒメアが展開する障壁に阻まれて停止する。障壁と結界の多重防護。それに守られたヒメアの守りを抜く事は中々に簡単な事ではなかった。そうして、再度ヒメアがふわりと舞う。
「はっ」
「くっ!」
放たれた剣戟に、ソラが僅かに押し込まれて地面を滑る。が、そうして自身に背を向ける格好になったヒメアに、瞬は武器を槍に持ち替えて思い切り突きを放った。
「おぉおおおお!」
バリバリバリ。ヒメアの障壁と瞬の槍が激突し、無数の雷が舞い落ちる。そうして障壁が食い止めている間に、ヒメアが今度は瞬の方を向いて左手の剣で槍を打ち上げる。
「ぐっ! だが!」
「マクダウェル流剣術……<<雷十字>>」
「くっ!」
カイトと同じ息遣い。カイトと同じ動き。それで放たれるのは、左右の連撃による雷の十文字だ。それが瞬へと襲い掛かる。が、これは強靭な鬼族の肉体を有し、更には雷に強い耐性を持つ瞬には通用しない。しかしそんな基本的な事をヒメアが見落とすわけもなかった。そうして瞬に刻まれた十字の中心に、輝きが生まれた。
「<<翔破絶唱>>」
「ごふっ!」
放たれたのは内部に浸透する一撃。それを受けては流石に瞬も堪えたようだ。彼の身体が宙を舞う。が、それでも。彼は意識を手放さなかった。
「おぉおおおお!」
吹き飛ばされていく自身を押し留める様に、瞬は双刃を地面に突き立てて急減速。そこにソラが<<操作盾>>を生じさせ、地面に突き立て支援する。
「先輩!」
「助かった!」
だんっ。瞬は残った全ての力を注ぎ込んでソラが生み出した盾の壁を足場にして、身を屈める。そうして彼は全身の筋肉をバネの様に活用して、ヒメアへの距離を詰めた。
「<<雷炎武・禁>>! おぉおおおおお!」
こうなればもうやけっぱちだ。瞬は今まで使っていた<<雷炎武>>を禁式まで引き上げて、雄叫びを上げてヒメアへと突っ込んでいく。が、しかし。ヒメアは一切の慈悲もなくそれを一瞥。結界を展開し、それをまるで苦もなく食い止める。
「……」
「は、ははは……嘘だろ」
「……」
あまりに圧倒的。ヒメアと瞬、ソラの間の実力差はそれほどであった。それに思わず苦笑するソラであったが、しかし彼は諦めたわけではなかった。
(次ね……次、なにかあるかな……)
瞬が本能に従って攻め立てるのであれば、ソラは考えながら戦う戦い方だ。そうして彼はふと、<<地母儀典>>に手を伸ばす。
(これ、利くか……?)
自分が出来ること。それを思い返していたソラであったが、ふと自分達の知るエネフィアとこの世界の差異をふと思い出した。そうしてこれが通用するかどうかわからないが、やってみる価値はあると思ったようだ。<<偉大なる太陽>>の切っ先を照準の様にして、標的へと向ける。
「<<グラビティ>>!」
「?」
「そりゃそうっすよ」
何かしらの魔術を発動したらしい。ソラの口決でそれを理解したヒメアであったが、自身に何も襲い掛からない状況に僅かに小首を傾げる。しかしそんな彼女に、ソラが笑った。
「そっちじゃないんで!」
「おぉおおおお!」
「っ」
自身の結界の一枚を破られて、ヒメアが僅かに驚きを浮かべる。ソラが使った魔術は重力を操作する魔術。しかし対象は瞬で、方向はヒメアへ向けてであった。そうしてソラの支援を受けた瞬が再度加速して突っ込んでくるわけであるが、これにヒメアは剣の切っ先を地面に付けた。
「<<龍門>>」
三度カイトの息遣いが聞こえヒメアの剣の切っ先から光が溢れ、瞬へ向けて地面を這う様に迸る。そうして、直後。宙を進んでいた瞬の下から光が溢れ出して、彼の身体を大きく打ち上げた。
「ごっ!」
「せんぱ、っと! ぐっ!」
「……」
吹き飛ばされた瞬の支援に入ろうとしたソラであったが、やはりそうは問屋が卸さないようだ。即座にヒメアが肉薄し、剣を振るっていた。そうして放たれた剣戟にソラは思い切り押し込まれる。
「っっっ……っ」
来る。何度目かになるカイトの息遣いが聞こえ、ソラは身を固める。唯一良い事があるとすれば、これだろう。カイトに攻め掛かられる悪夢にも似た幻影と引き換えに、ソラ達にはなんとかヒメアが技や彼が使うらしい剣技を使うタイミングが理解出来るという事だ。最低限の覚悟は出来た。まぁ、最低限の覚悟が出来るからと何なのだ、というしかないのだが。
「ごふっ!」
襲いかかった衝撃で吹き飛ばされながら、ソラは太陽のフレアの様に魔力を迸らせて強引に復帰する。そうして、ソラも瞬も兎にも角にも攻め込むしかない、と出来る限りヒメアに食らいついていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。




