第3023話 はるかな過去編 ――白き姫君――
『時空流異門』なる現象に巻き込まれ、過去の時代のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。そこはよりにもよって魔族達の暗躍により戦国乱世に突入した時代であった。
そんな中で後の時代に八英傑の一角にして中心人物として讃えられる事になるこの時代のカイトとの出会いをきっかけとして彼のこの時代の仲間達との会合を果たした一同であったが、紆余曲折を経て冒険者として活動する最中。どういうわけかカイトの主人にして幼馴染であるヒメア・セレスティア・シンフォニアというシンフォニア王国第二王女との模擬戦を行う事になっていた。
「「……」」
結論から言えば。この戦いにソラと瞬に勝ち目は万が一にも存在していなかった。当たり前だろう。直接的な戦闘はカイトとレックスが二強と言われるしそれは事実なのであるが、これは単に戦闘という方向性に関して言えばこの二人が最強というだけだ。八英傑は全員がぶっ飛んでいた。
「まず最初に言っておきます……カイトの足手まといになるようなら貴方達は必要ありません」
「「……」」
一応、これは模擬戦だ。が、ヒメアから放たれる圧は模擬戦のそれでは決してない。自分達を本気で消しに来ると言えるだけの圧力が、そこにはあった。
「死ぬ気で来なさい。それだけが、貴方達に残されている道です……グレイス。合図を」
「はっ……姫様。その前に私からも言葉を良いですか?」
「構いません。貴方達にはその資格がある」
「ありがとうございます……二人共、申し訳ないが死力を尽くして貰うぞ。残念だが、我々も姫様には同意する……我々は団長を知っている。貴様ら以上にな。何年も苦楽を共にしてきた。その彼がどれだけ貴様らの存在に苦心しているのか。見て取れるよ。団長は本当に生まれ変わっても変わっていないのだな」
どれだけ言葉を尽くそうと。どれだけ物的証拠を提示されるとも。何よりもソラ達の存在こそが、カイトが変わっていない事を高らかに告げていた。
だからこそ優しげでいて、それでいてどこか痛ましいものを見る様にグレイスはソラと瞬を。いや、その更に先に居る未来のカイトの姿を見る。だがだからこそ、彼らもまたこの戦いに同意したのだ。そうして、彼女は続けた。
「だからこそ、安心した。団長は我らが知る団長のままなのだ。ならば、我らは団長の元へと馳せ参ずる。喩え死が我らを分かつとも。喩え世界が我らを分かつとも。我らはこの旗の元にまた集う……そこに、貴様らが立って良いのか否か。我らと共に立つにふさわしいか否か。見せてもらおう」
「「「……」」」
グレイスの言葉に、四騎士の誰もが。それこそまだ幼いと評されるクロードさえ一切の異論を口にしない。彼らにとってソラ達とはまだ出会わぬ仲間になるかもしれないのだ。だからこそ、見ておかねばならなかった。それこそがこの戦いの意義だった。そうしてこの戦いの意義を告げたグレイスが、改めてヒメアに問いかける。
「では、姫様。よろしいですか?」
「構いません……貴方達は?」
「大丈夫です……先輩は?」
「問題ない……覚悟も決まった」
本当なら、これは未来のカイトの仲間達。ラカムやレイナード達もせねばならない事だったのかもしれない。瞬はそう思う。が、彼らは戦乱から離れ長かった。親や家族を得た者も多いのだ。それが、ある種の甘さを滲ませてしまっていたのだ。そうして両者の間で合意が得られた所で、グレイスが真紅の剣を振り上げる。
「では……はじめ!」
「おぉおおおおお!」
グレイスの合図と共に吼えたのは瞬だ。彼は岩石でさえ打ち砕くほどの大音声で吼えると、それと共に体内に蓄積させていた魔力を一気に凝縮。鬼の強大な力を我が物とする。が、これにソラが大いに目を見開いた。
「せ、先輩!? 初手からっすか!? てか、大丈夫なんっすか、それ……」
「長期戦や様子見は通用しない……カイトと対等に語られる方だ」
間違いなく本気。瞬はカイトが自分達に向けて発する事のない敵意を感じていた。そしてこの選択に対して、彼の内部にて一連の流れを見ていた酒吞童子は大いに気を良くしていた。
『正解だ……あの女は本気でお前を殺しに来るぞ。全力で抗え……ちっ。貴様の戦いでなければ俺が戦いたかったぞ』
『饒舌だな、珍しく』
『饒舌にもなる……あの女。間違いなく茨木なぞ目でもないほどの猛者。貴様らが言う厄災種。それを片手で縊り殺せるほどの大化け物だ。いや、片手も必要無いかもしれんぞ』
酒吞童子が戦いたかったと言わしめるほどの猛者。だがだからこそ、彼はヒメアに対して敬意を払った。超級の猛者が相手を指名しているのだ。これに応ぜぬほど、種族としての鬼の長として狭量はなかった。そして彼でさえなりふり構ってなぞ居られる相手ではない。それを見抜いて即座に決断した瞬の判断に対して、酒呑童子は力を貸す事を良しとしたのであった。
そうして酒吞童子の力と島津豊久の力を二重に宿すという本来の瞬なら到底出来ない――出来たのは酒吞童子が気を良くしてくれているからこそ――手段を手にした瞬は両手に大鉈のような幅広の刃を持つ槍とも刀ともつかぬ得物を取り出す。
「ふぅ……ふっ」
これは使った事のない力だ。が、それでも手にして進まねば本当に殺される。それを理解した瞬であるが、だからこそ自身の力に振り回されない様に加減をして地面を蹴る。力を見極めねば最高効率での戦いなぞ出来るわけがなかった。
「「……」」
「うそ……だろ」
守る仕草さえしないのか。今の瞬の力はかつて彼が『リーナイト』で発していたそれとほぼ同等。厄災種と同等クラスの魔物を一撃で屠れる領域だ。それを、ヒメアはまるで無感動に無感情に障壁を展開するだけで防ぎ切る。が、瞬とてこれが全力というわけではない。故に衝突の直後に雷を纏って彼が消えて、ソラの真横に現れる。
「ソラ。支援を頼む」
「え、あ……うっす! <<偉大なる太陽>>! どこまでやれる!?」
『残念ながら第二解放は無理だ! この世界にはシャムロック様がおられん!』
「元々無理なもんが出来ない程度なら上等! 太陽よ太陽よ太陽よ!」
<<偉大なる太陽>>を天高く掲げ、ソラは三度口決を唱える。すると彼の姿が金色に輝いて、太陽の力を帯びる。が、その瞬間だ。彼の周囲を堅牢な結界が覆い尽くす。
「は?」
『っ……あの女。結界に掛けては相当な使い手だ。結界を網目のように張り巡らせ強度を上昇させている。並の芸当ではないぞ』
「見りゃわかるよ」
ソラ自身もまた結界などの防御系には強いからだろう。展開されている妨害が並の術者なぞ目でもない領域の芸当が使われている事を一目で理解していた。
「ふぅ……」
駄目だ。これを力技で突破するなんて無理。ソラは色々と有りすぎて困惑する思考を切り離し、戦闘に向けて意識を集中させる。
『ソラ。抜けるまではこちらが攻め立てる。抜けてくれ』
「うっす……つってどうするか、なんだけど……」
先輩がこっちの支援に向かった瞬間、おそらく両方一気に捕獲されて終わりだろう。ソラも瞬もそれを理解していた。
(てか、どうすんだよ。転移術も使えないのに……いや、多分使えても一緒か)
次元や空間さえ歪まされている。ソラは数瞬だけ結界の構造を凝視し、それを理解する。そうして見えたのはこれは自分が使う物より数十段上の結界だという所であった。
(多分力を込めて結界を広げるのも無理だ。そうさせないための網目……)
実は結界や障壁はこうやって網目にした方が一点に対する強度は高くなる。面と線。点の関係という所だ。面での展開より線での展開の方が力を集中出来るのは当然の事であった。
(……こいつしかない……か。そうでないなら儲けもんでしかないんだけど)
なんで<<偉大なる太陽>>を解放して次に使うのがこれなんだ。ソラは懐に忍ばせる<<地母儀典>>を見ながら、ため息を吐く。
「頼むぞー……っ」
これに関しては役立つとは思っていなかったが、ブロンザイトが似た力を使えていた事から練習していたものだ。とはいえソラは本番での使用はやった事がなかったため、若干気後れはしていた。そうして、彼の姿が土色に輝いて消える。
「……」
逃げられた。ヒメアはソラが自身の結界から抜け出した事を察する。何をしたかは定かではない。が、逃げられた事が事実であるなら、次の手を打つだけだ。
「はぁ! へ!?」
がぁん。自身の真後ろに移動していたソラの剣戟を、ヒメアは見るまでもなく障壁を点で展開して防ぎ切る。剣戟は線。一点さえ防げば攻撃は進まないのだ。無論、わずかでもズレが生ずればそれだけで即死だ。それを見ずにやってしまう彼女の腕前が察せられた。そうして彼女の腕前に仰天したソラであったが、その次の瞬間。横っ面に衝撃が走る。
「ごっ! なんだ!?」
「障壁だ! 抜け出せたみたいだな!」
「ぶっつけ本番の芸当やりましたけどね!」
それでダメージがさほどなかったのか。ソラは自身を殴りつけたのがヒメアが操る障壁であった事を瞬の言葉で理解する。ぶっつけ本番の芸当、というのは土を介して肉体を一度概念的に解体。結界の外側で再構築させる、という転移術一歩手前の芸当だった。
旅路の中でブロンザイトが大地を介した転移術に似た芸当が出来る、という話をしてくれており、それをトリンを含めた三人で科学的に考証。<<地母儀典>>を手にしてからどうやれば再現出来るか、といろいろと試していたのであった。
「やるか」
「うっす」
これからが本番だ。ソラも瞬も気を引き締める。そうして、改めて二人は同時に地面を蹴ってヒメアへと挑みかかるのだった。
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