第3022話 はるかな過去編 ――戦いへ――
『時空流異門』に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らは紆余曲折を経て、後の時代において八英傑の一角と呼ばれる事になるこの時代のカイトや、その仲間達と会合。彼らの支援を受けながら、元の時代へ戻るべく冒険者としての活動を開始させる。
というわけでその中で色々と困り事が出た事からカイトに相談するべく王城にある彼が率いる騎士団の本部を訪れたわけであるが、どうしてかそこで待っていたのは彼が率いる騎士団の最高幹部。四騎士と呼ばれる者たちであった。
「という感じかしらね」
「「……」」
未来に残った資料の倍以上は詳しい話を聞いてしまった。ソラも瞬も大慌てで取ったメモを見返しながら、内心呆れ返る。これがあれば、どれだけセレスティア達は楽だったのだろうか。そう思うばかりであった。
「水の聖域に闇の聖域……後は土の聖域……」
「ほぼ半分……それを自力で見付けられたんですか」
先に話されていた氷の聖域。これを含め、全部で四つ。セレスティア達が調べても見付けられていないという聖域を、ライムは一人で、それもたった一年で発見したのだという。
凄まじい情報収集能力と戦闘力であった。とはいえ、これは逆説的に言えばそれだけの実力があってもボロボロに負けたというのだから、魔族達の上澄みがどれほどのものか察するにあまりあった。
「大変だったけれども……案外聖域を見付けるのは簡単なのよ」
「そうなんですか?」
「ええ……聖域は属性の魔力がとても濃い。それこそそれ一色に覆われているぐらいには。だから属性の偏りさえ掴めれば、噂なんてなくても自力で探し出す事は出来るわ」
「出来る、といってもそれ相応の探知能力が必要だがな」
「当たり前よ。誰でも出来るなら、聖域を見つけ出すのに苦労はしていないわ」
グレイスの言葉に、ライムはどこか鼻高々に頷いた。そんな彼女の様子に、瞬がふと問いかける。
「ということは皆さんでやろうとすれば、聖域を全部見つけ出す事も出来るんじゃ」
「今なら、出来るだろうな。だがまぁ……」
「当時だったら無理でしょうね。未だに探知能力であれば私もライムの遥か下ですし」
「魔術……それも魔術全般に掛けてで言えばライムさんが一番ですからね、四騎士では」
「これだけは団長にも負けないわね」
「その団長には真正面からたたき切られるがな」
「はぁ……」
そうなのよね。魔術の腕であればカイト以上と自信満々に答えたライムであったが、その魔術を正面から叩き切ってくるカイトにはただただ呆れるしかなかったらしい。同じく呆れ顔のグレイスの言葉に盛大にため息を吐いた。と、そんな彼女が気を取り直す。
「まぁ、良いわ。団長が桁外れなのは誰もが知った話だし。とはいっても、今聖域を探す事は出来ないわ。私一人だから一年で半分見つけ出せたけれど何より時間が掛かり過ぎるし、敵の戦力も十年前とは比較にならない。そして私達は王国を長くは抜けられない」
「でしょうね」
ライムの言葉に同意する様に、ルクスがわずかに苦笑する。今でさえかなり劣勢に追い込まれているというのだ。その状況で四騎士やカイトが数ヶ月単位で抜けるとなると、人類側の敗北さえあり得る。
というより、かつて語られているがカイト達が居たからこそ、この大陸だけで魔族達の侵攻が抑えられているのだ。数ヶ月単位でいなくなった時点で少なくとも『七竜の同盟』の敗北は確定と言えた。
「我々としてもそんな手間が掛かってリターンが見込みにくい手は取れない。被害がどれほどのものになる事やら、という所ですから」
「そうですか……まぁ、それについてはそちらのご判断ですから、自分達になにか言える事ではないのかと」
「そう考えてください」
瞬の返答にルクスは一つ頷いた。これに関しては彼らの判断だし、王国の内情を詳しく知らない二人になにかが言える事はない。というわけで手に入れた情報はセレスティア達にお土産として持ち帰ってあげる事にして、ひとまずソラは礼を述べた。
「ありがとうございます。これから自分達が行けるかどうかは別にして、火の大精霊様の聖域についてや水の大精霊様の聖域……後は氷の大精霊様の聖域もか。そこらが知り得そうな人が居る事がわかっただけでも儲けものです。後は詳しい情報さえ分かれば、かなりの時短も出来そうですから」
「そう……まぁ、この借りは未来の団長に請求しておいて」
「あはは。必ず伝えておきます」
ライムの言葉に、ソラは一つ頷いた。というわけで一通りの話を終えた所で、今度は瞬の方の話に入る事になる。
「ということなんです……何か良い方法は無いか、と」
「ふむ……そういうことであれば君の力を見知っておきたいという所だが」
「「……?」」
あれ。何か妙な雰囲気が生まれたぞ。瞬もソラも一通りの相談内容を聞いて楽しげに笑うグレイスにソラも瞬も顔を見合わせて首を傾げる。というわけで、そんな二人にグレイスが先程離れた理由を口にした。
「実はな。君達とどうしても戦いたいという方がいらっしゃってな……そちらの準備などを伺っていたんだ。悪いが、断る事は出来んと思ってくれ。あの方も言い出したら聞かないからな」
「は、はぁ……それは構いませんけど……」
グレイスの言葉に瞬は半分困惑しながらも受け入れる。今更彼女らに実力を見せろ、と言われても断る理由はない。これに、グレイスが一つ小さく頭を下げる。
「すまないな……まぁ、勝ち目なぞ無い相手ではあるが」
「は、はぁ……自分としてはありがたい話ですが」
どうやら相当の実力者を相手にしなければならないらしい。瞬はそれを理解する。とはいえ、逆に言えば彼としてみれば格上の相手に胸を借りられるというわけだ。統率者としては困惑げだが、戦士としてはありがたい話だった。
「そう考えられるなら良い……まぁ、そういうわけだから、まずは君達の力を見てからにさせてくれ。今度は先のルクスの弟達とのような、手加減有りきの戦いでなくて良い。どうせ本気でやっても届かん」
「……」
む。やはり戦士である瞬だ。絶対に勝ち目なぞ無いと挑む前から頭ごなしに言われては少しだけむっとするものがあったらしい。が、これにグレイスが笑う。
「安心しろ。届かんのは私達も一緒だ。私達で届かんのに、貴様らが届くわけがない」
「皆さんで……?」
まさかカイトとでも戦わされるのか。瞬は四騎士でさえ届かないと言われる相手に、わずかに気後れを生じさせる。流石にカイトに勝てない事はわかっていたし、彼と戦えと言われれば気後れもした。無論、それでも挑むだろうし期待感も滲むだろうが。とまぁ、それはさておき。そんな事を語るグレイスに、ルクスが笑う。
「グレイス……敢えて名前出さずに話してますね?」
「別に良いだろう。言っている通り、逃げ道はないからな」
「そうですけどね」
それでも言わないあたり、良い性格をしている。ルクスは敢えて相手の名前を出さずに話を進めるグレイスに笑う。どうやら言っても良かったらしい。というわけでそんな彼の言葉に笑いながら、四騎士達が立ち上がる。
「行くぞ。そろそろあの方も準備が整われているだろうからな」
「「はぁ……」」
兎にも角にも拒否権が無いと言われては、瞬達に断る事は出来ないのだ。というわけで、二人は四騎士達に続いて騎士団の本部を後にする。そうして向かう先は、王城でも本当に限られた者しか入る事の出来ない一角だった。そこの一角に入る直前、出入りを警備する近衛兵に当然止められる事になる。
「これは……スカーレット卿に他の皆様も。ではその者たちが?」
「ああ……先に伝えた二人だ。問題ないな」
「伺っております……が……」
「そんな目をしてやるな……気持ちはわからないでもないがな」
可哀想に。そんな様子を滲ませながらも笑う近衛兵達に、グレイスは楽しげに笑う。どうやら瞬とソラの二人が来る事は予め言われていたらしい。どうやら近衛兵達からしても、二人の敗北は確定だったようだ。というわけで近衛兵達に通してもらったわけであるが、そこでようやくクロードが向かう先を教えてくれた。
「これから向かうのは、この王城の中でも一番頑丈な地下修練場です。まぁ、兄さんや僕らが訓練する際に使う場所と考えて貰えれば大丈夫ですよ」
「そんな所があるのか」
「それでも兄さん達には対応出来ないので、兄さんと僕らが模擬戦する時には外になりますけどね。王城が吹き飛ぶので」
だろうな。瞬はクロードの言葉に納得しかなかった。とまぁ、そういうわけでこの一角の警備が厳重なのはカイト達といった王国側の切り札と言われる人物達が極秘の訓練をする事もあるからで、変な仕掛けを施されない様に厳重な警戒が行われているらしかった。というわけでそんな様子を見ながら、瞬が問いかけた。
「かなり厳重だが……貴族達も使うのか?」
「貴族達……は、入れませんね。入る必要が無いので。ここを使う必要のある貴族は現在の王国には存在していません。多分」
「入る必要があるほどの貴族が居るのなら、陛下がすでに重用されていらっしゃるだろう。それが無い時点で期待薄だ」
「まったくね。各地の貴族がもう少し頑張ってくれれば、私達が楽になるのよ」
いや、多分貴方達基準になると全部の貴族が不甲斐なくなるじゃないですかね。ソラも瞬も呆れるグレイスとライムの言葉にそう思う。とはいえ、実はこの二人の実家は貴族の家系だ。なので実質的にはこの二人こそが入る資格のある貴族だとも言い得た。
というわけで、そんな二人の返答に瞬はそれほど頑丈なら自分が本気でやっても大丈夫そうだ、と胸を撫で下ろす。そうして更に歩くこと数分。階段を降りて無骨な大扉の前にたどり着いた。
「ここが地下修練場に続く大扉だ……いらっしゃれば良いが」
「そればかりは中を見ないと、という所でしょう」
「だな……」
ルクスの返答に、グレイスは扉の真横に備え付けられていた台座に手を乗せる。音を遮断するための魔術が張られているため、ノックしても意味がないそうだ。というわけで台座に手を乗せて中を確認したわけであるが、どうやらあの方とやらは居たらしい。一人でに扉が開いた。
「どうやらいらっしゃったらしい……姫様。グレイス・スカーレット。参りました。客人も一緒です」
「ありがとう」
修練場の中――正確に言えばそこに続く待機所のような所――で待っていたのは、シンフォニア王国第二王女にして、カイトと同じく八英傑が一角。ヒメアだった。そんな彼女を見て、ソラも瞬も慌てて跪く。
「「ヒメア様」」
「ありがとう……まぁ、これから戦おうというのにあまり気の抜けた会話は無し。事務的な話だけとしておきましょう」
自身に跪いた二人に、ヒメアは一つねぎらいの言葉を述べる。そんな彼女に、ソラが問いかける。
「まさか……ヒメア様ご自身が?」
「ええ……話はカイトから聞いています。未来のカイトの仲間だとか」
「「っ……」」
感じる圧が変わった。ソラも瞬もヒメアから発せられる圧が王族のそれから超絶の戦士のそれに変貌した事を感じ取る。そうして身の毛がよだつような圧倒的な圧力の中、ヒメアが告げた。
「見せて貰います。あいつの仲間にふさわしい力か。それともそれにふさわしくなれるだけの芽を持つか……一切隠さず出し切りなさい。少しでも隠していると思えば……わかりますね」
「「……」」
本気だ。自分達がカイトにふさわしくないと思えばヒメアは何ら一切の容赦なく、自分達を様々な方法で消すだろう。ソラも瞬もヒメアが演技でもなんでもなく、心の底からそう告げている事を理解する。彼女からはそれだけの圧力が感じられたのだ。
「では、はじめましょう。ああ、安心してください。私はどういうわけかいかなる存在も殺せませんし、傷付けられません。なので存分に向かってきてくださいな」
寒々しい気配と共に、ヒメアが笑う。そうして、ソラと瞬の二人はカイトの未来の仲間のちからを見極めんとするヒメアとの戦いに臨む事になるのだった。
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