第3019話 はるかな過去編 ――二人のカイト――
『時空流異門』という時間と空間の異常現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代。それも魔族の暗躍と侵略を受け戦国乱世とでも言うべき動乱の時代へと飛ばされてしまったソラ達。
そんな彼らは後の時代に八英傑の一角にして中心人物の一人と呼ばれることになるカイトやその麾下の騎士達と会合。再び元の時代へ戻るべく、冒険者としての活動を開始する。
その中でカイトが貴族達から狙われる存在であることを理解すると、一同は今後もカイトと関わり続けることからまだ注目されていない今のうちに防備を固めることにして、資金集めに奔走することにしていた。
そうして資金集めと並行して戦力強化に乗り出していた瞬であったが、そこで足踏みをしたことから別件でカイトに用事があったソラと共に彼の元を訪れることになり、何故か彼の麾下の中でも最高幹部と呼ばれる四騎士達との間で会合を持つに至っていた。
「さて……では本題だ。先に団長と数日間旅をして、魔族とも戦ったな?」
「まぁ……ほとんど手出しなんて出来なかったですけど」
「団長の戦いに手出しが出来る人物なぞ、レックス殿下以外には居ない。我ら四騎士とて四人でやってなんとか、という程度だ」
ソラの返答に対して、グレイスは笑いながら首を振る。その笑みの中にどこか苦笑が混じっているあたり、この時代でもカイトの戦闘力がぶっ飛んでいることの証明だろう。
といっても、それでも彼が単独首位ではなく互角と言われる戦士が居ること。それをして勝てない相手が居ることを考えれば、この時代のこの世界全体が色々とぶっ飛んでいるのかもしれなかった。とまぁ、それはさておき。そんなグレイスにライムが口を挟む。
「それはどうでも良いわ。団長の戦闘力は天井知らずだから」
「そうだな。団長の強さは留まる所を知らない。追いつけた、と思ったらあの二人は更に先へ進んでいるからな」
「あはは。全くです。これでも十年前の団長並には、強くなったと思うのですけどね」
「どうだろうな。十年前のあの戦場……私も遠目に見ていたが、もっと強かった様にも思える」
ルクスの言葉に対して、グレイスが当時を思い出して今度は憧れの方が滲んだ笑みを浮かべる。これに瞬が小首を傾げる。
「一度目の侵略の時、ご無事だったんですか?」
「ああ……私と母は偶然国の外に出ていたんだ。で、幸いなことに呪いには掛からず、敵の本隊を釣る陽動部隊として参加した……まぁ、参加したというより母に勝手に付いていった、という感じだったが。おかげで後で母にはこっぴどく怒られたがね」
「貴方が何を言ったか、手に取るようにわかるわね」
「ははは」
無表情ながらもどこか茶化すようなライムの言葉に、グレイスが楽しげに笑う。後の彼女曰く、ほぼ同じ年の二人が戦うのになぜ自分は連れて行ってくれないのか、と母に抗議していたそうだった。と、そんな風に笑う彼女であったが、すぐに苦笑の色を深めた。
「まぁ、分からないでもない。今にして思えば、王国が滅んでいたようなものであったのだ。最後の戦いで母が死ねば、私が唯一残ったシンフォニア王国復興の芽だった。その私が母と共に戦いに参加なぞ、周りが全く見えていなかった」
「その貴方が四騎士の一人になっている時点で、今も言えたものではないのよ」
「そもそもグレイスさんですからね、四騎士を結成すると言い出したの」
「正解だろう?」
正しいでしょうけどね。どうやらグレイスは四騎士結成の発起人だったらしい。笑いながらそう指摘するクロードに、グレイスが笑いながらうそぶいた。
「ま、それは良い……兎にも角にもこの時代において団長とレックス殿下は最強と言って良いのだ。未来でも、そうだと聞いている」
「まぁ……正直結構強くなったからこそ、あいつの背中が見えないってわかった所はあります」
「そうだろうな。強くなればこそ、団長の強さが程遠いことがわかってくる」
それがわかる程度には強いらしい。グレイスは瞬の返答に一つ満足気に頷いた。が、だからこそ彼らは聞いてみたくあったのだ。
「だからこそ、一つ聞かせてくれ。今の団長と未来の団長……どちらの方が強いと思う?」
「どっちが……」
「ふむ……」
確かに全力ではないものの、二人のカイトの戦いは見た。カイトの実力の果てがわからないので純粋な比較は出来ないが、見たことは事実なのだ。
そしてセレスティアもイミナも見たと言っても垣間見た程度。二人との会話でソラ達の方が詳しく見ていると踏んで、せっかくなのでこれを機会に聞いてみようと思ったのであった。そんな問いかけに答えたのは、瞬だった。
「……どっちが強いか、というのは申し訳ないですが、答えようがないです。自分達もあいつの底力を見たわけじゃあないので……」
「それはそうだろう。そんなものは誰よりも我々こそがわかっている」
瞬達の実力程度では、カイトが底力を見せるような戦場に立った瞬間死ぬだろう。それは四騎士の誰もがカイトと肩を並べ死線を越えて来たからこそ理解出来ていた。
「だがそれでも、今と未来の団長を見たのは君達だけだ。だからこそ、知りたい。未来の団長と今の団長……どちらが強いのか」
「「……」」
どう答えるべきだろうか。ソラも瞬も顔を見合わせながら、四騎士達の問いかけに少しだけ悩む。そうして今度答えたのは、ソラの方だった。
「……さっき先輩も言いましたけど、俺達にはやっぱりどっちが強いか、ってのは答えようがないです。でも……その上でどっちと戦いたくないか、なら答えられます」
「ふむ……どっちと戦いたくないか、か。面白い答え方だな」
「あはは……で、結論を言えば俺達の知ってるカイト……未来の方のカイトですね。絶対」
「ああ、それは自分もそうですね。今のカイトと未来のカイト。どっちが戦いたくないか、と言われれば断然あっちです」
ソラの言葉に同意する様に、瞬もまたはっきりと未来のカイトと戦いたくないと明言する。実はソラと瞬が偶然合致したわけではなく、この二人も実は一度こちらのカイトと未来のカイトを比較してみたことがあったらしい。そしてその理由もはっきりと理解していた。というわけではっきりとした明言に、グレイスは少しだけ満足げに先を促す。
「ほう……二人共か」
「ええ……実は俺達が比較出来ないって言ったのはちょっと理由があって。実は俺達も何度かカイトの比較ってのはやったことあるんです」
「まぁ、当然か。その上で二人共未来の団長の方が戦いたくない、と」
「ええ……強さのベクトル? そういうのが違うんですよ。こっちのカイトとあっちのカイトって」
これでも地球時間で一年以上は一緒に行動してきたのだ。全力が分からずとも、カイトの強さのベクトルが異なることは二人にも認識出来ていた。というわけで、ソラはその差異をはっきりと口にした。
「こっちのカイトの強さって謂わば天井知らずの強さ……上を見たらそこには自分より強いヤツが居る、っていう真っ当な強さなんです。でも未来のカイトは真逆で」
「真逆?」
「とどのつまり底知れない強さ、という意味?」
「それが一番良い言い回しかもしれないですね」
小首を傾げたグレイスの言葉を尻目に口を挟んだライムに、ソラは我が意を得たりと一つ頷いた。これが、今のカイトと未来のカイトの明確な差だった。
「正直、多分こっちのカイトなら負けても順当に負けると思うんです。多分実力がそもそも足りてないんだろうなー、って感じで。でも未来のあいつの場合、負けるのは一緒でも何をしてくるかわからない。負けることはわかっても、どう負けるかがわからない、って感じです」
「……良くわからないな。君達は団長の戦い方を見てきている。なら手札は当然ある程度はわかっているし、類推も出来るんじゃないか?」
「あはは……そこなんですよ、未来のあいつの怖い所って」
一緒に居るからこそ。そしてそこで教えを授けてもらえばこそ。四騎士達はカイトの戦い方やその他諸々を一番知っているのは彼らだろうと見込んでいた。が、だからこそソラ達は笑うしかなかった。
「あいつの場合、戦い方が無数なんです。正直知れば知るほど知らない戦い方が出てきて、次何をしてくるかがわからなくなる。底が見えない」
「ふむ……例えば?」
「まぁ……順当な所で言えば魔術もそうですし、槍、弓とかっていう一般的な物。ハルバードやチャクラムとかの使い手がほとんど居ないような物……それこそ見たことはないですけど、三節棍あたりなら普通に使ってくるんじゃないかなー、って思ってます。珍しい武器でもあいつなら使えそうだな、ってのはこっちの誰もが思ってることですね」
「……とどのつまりなんでもあり、と」
もうなんでもあり。戦場においてそれは当然といえば当然の話であるが、同時にそんなことが出来るわけもないと四騎士達は知っている。なればこそ、それを戦場で普通にしてくるというカイトに、ソラ達が戦いたくないと明言する理由を理解した。
「正直、何をしてくるかが分からなすぎる。俺達はほとんど見たこと無いですけど、あいつと肩を並べた人達が言うには本来のあいつなら戦闘中に間合いとか敵の得手不得手とかを読んで、その状況下で最適な武器に切り替えたりもしてくるそうです。そうなるとこっちも急に戦い方を変えることを強いられる。たった一人を相手にしているのに、何十人と連戦させられているような感じなんです」
「「「……」」」
それは最悪過ぎる。しかもそれを使ってくるのがよりにもよってただでさえ強いカイトなのだ。今のカイトがある種素直な強さだとするのなら、未来のカイトは何をしてくるか想像の出来ない怖さがあった。そしてそれを理解し、グレイスは一つ頷いた。
「なるほど……それは絶対に戦いたくないな」
「何をしてくるかわからない団長なんて、敵からすれば悪夢も良い所ね」
「今の団長もさほど変わらないと思いますがね。搦め手の大半を力技でぶち抜いてくるので」
「それが力技なのか、それとも技術なのかがわからない点はあまりに厄介なのよ。次の戦略が立て難くなる」
わずかばかりに呆れるようなルクスの指摘に、ライムがため息混じりに首を振る。そうしておおよそ四騎士達がカイトの強さの方向性の違いを理解した所で、グレイスが口を開いた。
「そうか……ありがとう。おおよそ団長についてを知れた。欲を言えば、どうしてそういう戦い方に行き着いたかなども知りたいが……」
「ごめんなさい。そこはわからないです……俺達が知るより前のあいつの話で、あいつあんまりその時代の事って話したがらないんで……」
「それは今も変わらんよ。団長はあれだけ武勲を立てているのに、それを話したがらない」
「そこが良い所なのよ、団長の」
「そうだな。大っぴらにするような軽薄な男なら、我らの誰も靡かないだろう」
ライムの言葉に、グレイスもまたはっきりと同意する。
「ふむ……とりあえず聞きたい話としてはこのぐらいか」
「あ、はぁ……」
「よし……じゃあ、ここからがもう一つの本題……という所か。少しだけ待っていてくれ」
どうやらカイトについて聞きたかっただけではないらしい。とりあえず聞きたい事は聞けたと満足げだったグレイスが立ち上がり、外に出て行く。そうして、ソラ達は彼女が戻るまでしばらくの時間を残りの四騎士と話しながら待つ事になるのだった。
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