第3016話 はるかな過去編 ――力の使い方――
『時空流異門』という現象に巻き込まれ、セレスティア達の過去の時代。戦国乱世と呼ばれていた時代へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代にて騎士として、そして八英傑と後に呼ばれることになる英雄の一人として活躍していたカイトと会合。元の時代へ戻るべく冒険者としての活動を開始させる。
が、そんな中でカイトが貴族達から妬まれ疎まれる存在であることを感じ取った一同は今後もカイトと関わらない可能性が無い事から、自分達が注目されていない今のうちに防備を固めることを選択する。
というわけで、瞬が引き受けたのは墓所を浄化する神官や清掃業者達の露払いとしての仕事であった。そこで彼は手札が減った現状を鑑みて、自身が今まで二の足を踏んでいたルーン文字の活用に向けて動くことにしていた。
「よし……これで良いん……だよな」
色々と聞いておいてよかった。瞬はカイトから聞いた悪知恵を思い出し、わずかにほくそ笑む。そうして彼はかつて聞いた使い捨てナイフの便利な使い方を思い出す。
『うん? 使い捨てナイフをどうしてそこまで上手く操れるのか?』
『ああ……正直、卑怯じゃないか? いや、出来るヤツが偉い、っていう業界だから別に卑怯というのもおかしいと思うんだが』
『あはは。そうだな……でも確かに、出来るヤツが偉いっていう業界である以上はこうやって出来るのは便利だな』
ふわふわと浮かぶ何十ものナイフを見ながら、カイト――当然未来のカイト――は瞬の言葉に応ずる。
『こいつは魔糸を括り付けて、自由自在に動かしている様に見えているだけだ』
『俺の背後に回り込んだ時とかはどうしているんだ?』
『一瞬だけ解除して慣性の法則で移動。その後再接続して再コントロール、ってわけだな。流石にこいつが出来る様になれば魔糸の扱いは一流と言えるだろうさ』
瞬の問いかけに答えながら、カイトは瞬の周囲をナイフで取り囲む。無論止めたりするのにはまた別の手もやっているが、基本はそうやっているらしい。とはいえ、これは魔糸に慣れているカイトだから選んでいる手だ。瞬には瞬の手があることを、カイトは知っていた。
『だが先輩ならもっと面白いやり方も出来る様になる。ま、それにはルーン文字をもっと上手く使える様にならないとな』
『け、結局そこか……』
瞬は細かい作業が多いルーン文字の訓練を思い出して、わずかに肩を落とす。出来ないわけではないが、あまり得意ではなかったようだ。それも仕方がない。こういったことは本来魔術師が得意とすることだ。純粋な近接戦闘特化の瞬が苦手でも当たり前な話だろう。とはいえ、仕方がないと諦めて他の手で代替出来る状況でなくなった今、やるしかなかった。
「よし……はぁ。神経を使うんだ、この作業」
「なのに良く今やろうと思いましたね」
「うぐっ……」
確かにすごいなぜ今なんだ、という話だった。瞬はリィルの指摘に思わず言葉を詰まらせる。とはいえ、リィルとしても探索エリアが広いだけで月に二度浄化してくれているからか魔物はさほど数も多く無いし、一度に出る敵数も少ない。訓練するには良い場所と判断していたので手を貸したのであった。というわけで、返す言葉のなかった瞬はわずかに恥ずかしげにそっぽを向きながら口を開く。
「お、思い立ったら吉日だ……とりあえずこれで準備が出来た。じゃあ、やるか」
「……全部出しっぱなしですが?」
「ああ、それで良いんだ……この作業が非常に手間だし面倒だし、俺の実力で使うこいつが通用する相手がさほど居ないからな。お前も通用しないだろうし……カイトの手を借りて練習はしていたんだが、実戦では初めてだ」
「はぁ……」
確かに瞬がこれを使ってなにかをしている所は見たことがないかもしれない。リィルは瞬の言葉にそう思う。もちろん、単にナイフを投げてくるぐらい、何本かに即席で刻んで投ずるぐらいは見たことがある。が、こうやって物理的に刻んでというのは初見だった。というわけで、リィルの見守る中で瞬は自らに雷を宿して更にそれをナイフに刻んだ雷のルーン文字と共鳴させる。
「よし……出来た」
「ほう……中々見事に操れているじゃないですか」
「練習してはいた、と言っただろう? といっても流石にこの状態で待機させておくと力を使いすぎるから……良し。こんなもんで良いか」
瞬は自身の周囲3メートルほどの範囲で浮かぶナイフの半径を更に縮め、自身の両手の届く程度の範囲に縮める。縮めれば縮めるほど使う力が少なくなるのは当然だろう。
ちなみに、どうやって浮かしているかというとナイフに刻んだ雷のルーン文字の影響で磁力を帯びさせて、瞬自身も雷の力を宿すことで磁力を帯びたのだ。磁力なので魔糸の様に敵の背後に回り込む瞬間を気にしなくて良いのであった。
「よし。じゃあ、また索敵で行くか」
「わかりました」
そもそもリィルが手を貸すのは準備の間だけで良かったのだが、彼女もせっかくなのでこれを使って瞬がどう戦うか見てみたくなったようだ。彼の後ろを追従する様に飛翔する。そうして、二人で飛ぶこと数分。先のゾンビ型の魔物と似たような魔物が現れる。
「瞬」
「ああ……この程度なら、このぐらいで十分かな」
リィルの指差す方向にのったりとした動きで足を引きずりながら動くゾンビ型の魔物を見付け、瞬は5本ほどの使い捨てナイフを右手の先に集める。そうして、彼は腕を振り下ろす動きに併せてナイフを飛翔させた。
「はっ! ふっ」
2本のナイフが眉間と心臓のそれぞれに深々と突き刺さったと同時に、瞬が力を込めて刻んだルーン文字に力を注ぐ。するとそれを起点として猛火が巻き起こり、内部からゾンビ型の魔物を焼き尽くす。
「よし……大丈夫だな」
「……ナイフが戻ってきませんが」
「使い捨てだ。力に耐えられない。かといって耐えられる程度の出力に抑えると今度は、だ」
「なるほど。使い捨てのナイフの力の増幅としては十分ですが使い回しは出来ない、と」
「だからあまりやりたくないんだ。手間が掛かるわりにリターンが少ない」
確かにこの程度の魔物相手になら瞬が自らで戦った方が良いだろう。何より使い捨てナイフは安価だが費用が掛かることは事実なのだ。そしてリィルはこの攻撃方法の弱点を一つ見抜いていたが故、それを問いかける。
「なるほど……それは別の問題ですが、もし骸骨型の魔物……例えばあのような相手が出た時、どうするつもりですか? あれには火は聞きにくい」
「それも、対応している」
「?」
リィルの問いかけに対して、瞬はまるでその質問は想定していた――というよりカイトが教えてくれていた――とばかりにナイフを急降下させて地面に突き立てる。そうして磁力を帯びたまま浮かび上がらせるわけであるが、その刀身の周囲には細やかな石がびっしりと付着していた。
「これは……」
「雷で鉄分を含んだ石を集め、更に火のルーンでそいつを溶かしたんだ……行けっ!」
「なるほど……」
瞬の掛け声と共に放たれる石とも鉄とも判断出来ない刃を持つナイフが、一直線に骸骨型の魔物へと肉薄。その頭蓋骨を打ち砕き、大腿骨を打ち砕き、更には肋骨も腕も、足も全ての骨を粉砕していく。
「こいつなら一本で良いから、骸骨型の方が良いんだ」
「なるほど。それは便利かもしれませんね」
これは思わぬ収穫だったんだがな。笑う瞬にリィルもまた笑う。そうして、彼はこの後の依頼はほぼ全て、残ったナイフだけでなんとかしのぎ切ることにしてみるのだった。
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