第3015話 はるかな過去編 ――方向性――
『時空流異門』という現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代にて騎士として活躍していたカイトやその仲間達との間で会合を果たしていた。
そうして元の時代へと戻るべく冒険者としての活動を開始させた彼らであったが、この日の依頼は神殿からの依頼で墓所の浄化のための露払いだった。
「うーん……飛べると索敵が楽になるな」
『こういう時に、飛べるというのは利点の一つと言って良いでしょう』
「だな……」
四人で各所に散って上空から魔物の討伐を行っていた瞬であったが、幸いなことに墓所は見通しが良く上からなら良く魔物の姿が見て取れた。
(居た。骸骨型か……が、低級だな)
カタカタカタと音を鳴らしながらゆったりとした動きで動く骸骨型の魔物を見ながら、瞬は一撃で仕留めると決める。そうして、彼は虚空を蹴って一瞬で骸骨型の魔物へと肉薄。頭頂部に相当する部分に槍を突き立て、そのまま頭蓋骨、背骨、大腿骨まで一息に串刺しにする。
「ふっ、はっ!」
串刺しにした直後。瞬は槍を上に振り上げて骸骨型の魔物を雷で消し飛ばす。そうしてわずかに舞い散る骨粉を気迫で吹き飛ばし、一息入れる。
「ふぅ……これでよし。次だな」
肝心なのは一撃かつ速攻で。瞬はこの依頼の肝をそう認識していた。そしてそれが出来る実力があるのなら、当然これは正しい。敵に反撃を許さねば、それだけ戦闘による被害は生まれないからだ。そうして再び浮かび上がろうとした所で、瞬は小さな物音に気が付いた。
「……」
次の魔物か。瞬はこちらに気付いたらしい様子を察知。どうするか少しだけ考える。
(二つ向こうの墓石の裏……だな。下手にこちらに突進されても困る。安全策は墓石ごと突き崩すことだが……まさかそういうわけもいかないしな。となると)
少しだけ技を見せる必要がありそうか。瞬はそう判断すると、ふわりと浮かび上がって墓石をいくつも飛び越える。そうして彼は敵が居た場所の真上を通り過ぎる一瞬で、敵の様子を認識する。
(ゾンビか……いや、ゾンビという魔物は居ないんだが)
どうでも良いか、そんなものは。瞬はそう思いながら、更に続く一瞬で攻め手を考える。
(打撃は通用しずらい。さりとてこの位置関係。刺突は厳禁だな)
となると取るべき手は一つか。瞬は久方ぶりだが、と持っていた槍を消失。拳一つで地面に舞い降りる。
「ふっ、はっ」
土埃一つ生まず音もなく地面を蹴った瞬はゾンビ型の魔物に肉薄すると共に掌底打ちをその胴体へと打ち込んで、わずかにその体躯を上空へと打ち上げる。
「……」
浮かび上がったゾンビ型を見ながら、瞬は一瞬だけ呼吸を整える。そうして彼が取り出したのは、愛用するナイフだ。
「はっ」
どすっ。わずかにくぐもった音が鳴り響いて、柔らかな内側へとナイフの先端が潜り込む。そうしてその先端を起点として、瞬はゾンビ型の魔物の内側に火の意味を持つルーン文字を刻みつけた。
「……良し。存外上手くいくものだな」
内部から燃焼させられ完全に燃え尽きたゾンビ型の魔物を見て、瞬は満足げに一つ頷いた。敵の内部に直接刻みつけることで障壁を無効化。最小限の攻撃力かつ最低限の範囲で仕留められるのである。
無論、こんな芸当をやろうとすれば相当な実力差が無いと無理なので、今の彼ではこんな低級の魔物相手にしか出来ないのであった。
「ふむ……」
二体目の魔物を討伐した所で、瞬はいつも通り槍を取り出そうとしてしかしそこでふと立ち止まる。そんな彼に、上空で同じく次の魔物の索敵を行っていたリィルが怪訝そうに問いかけた。
『なにかありましたか?』
「ああ、いや……前にソラも指摘していたが、今の俺達には魔術師らしい魔術師が居ない。そして遠距離攻撃も小鳥遊ぐらいしかいないと言えばいないだろう? まぁ、俺も本来は遠距離攻撃がメインの戦士……なんだが」
『……そう言えばそうでしたね』
当人も半ば忘れていたような話を言われ、リィルは半分笑いながら頷いた。とはいえ、こんなことを話すために口を開いたわけではない。
「前線の層が分厚いから、少し色々と手を出してみるのも手かと思ってな」
『なるほど……というよりも、今後を考えるのならもう少し戦力の幅を持たせるべきかもしれませんね』
「だろう? だがお前やセレス、イミナさんはそれぞれ次の一手を探る余裕がありそうに思えなかったんだ」
『それは……そうですね。認めるしかありません』
良く見ている。リィルは瞬の指摘にため息を吐きながらも、そう思う。基本的にエネフィアで軍人や冒険者をやっていくと、二の矢三の矢といくつもの手を有する様になってくる。
一つの武器ではどうしても対応出来ない状況が生まれやすいからだ。それはソラや瞬がカルサイトから指摘されていたことでもあったし、ソラはその是正のために魔導書を手に入れた。瞬もまた、今のナイフを持ちルーン文字を学んでいる。ではリィル達はというと、当然すでに保有していた。
「だから俺達の方が少し方向性を変えて伸ばしていこうと思ってな。それに思えば、ソラならあの重厚な防御の内側で大魔術を展開出来る様になってくれればかなり有用な一手になると思うんだ」
『それは良い考えですね……』
「だろう? 俺もこのルーン文字を使えればトラップを仕掛けられたりと本来は多種多様な使い方が出来る……そうだ。カイトの受け売りだが」
今の俺にはあまり出来る芸当ではないんだが。瞬はカイトが地面や空間にルーン文字を仕込んで敵を誘導したりして罠として活用してきている姿を何度か見ていた。
そこで自分もこういう戦い方が出来る様になった方が良いのだろうかと思っていたわけであるが、手立てが限られる様になった今は真剣に考えねばと思っていたようだ。
「すまないが、少しだけ手を借りられるか? 色々と仕込みをしてみたい」
『具体的には?』
「使い捨てナイフにルーン文字を刻む。流石にまだ物理的に刻んでおかないと長時間の保存に耐えられないが、簡易な物なら時間はそう掛からん。そいつを主軸に戦ってみる」
『投げナイフ、出来るのですか?』
「流石にウルカのシフ達並の曲芸は出来んが、一直線に標的に目掛けるぐらいならウィリアム・テル並の芸当は出来る。後は魔術の展開やらを踏まえてそれが出来るか、だな」
ウルカのシフ達並の曲芸、というのは明後日の方向に投げたナイフが敵の真横から襲いかかってきたり、真上に投げたナイフが無数に分裂して襲いかかってきたりという芸当だ。
流石にナイフ投げが専門ではないので瞬もそこまで求められていないが、単なるナイフ投げなら百発百中になる様に訓練させられたのである。と、そんな彼の言葉を聞いてリィルは応じてくれたようだ。彼女が瞬の横に舞い降りる。
「なるほど……確かにそれが出来れば、中距離戦闘には有意義かもしれませんね」
「すまん」
「どれぐらい時間が必要ですか?」
「さほど時間は掛からん。10分もあれば十分だ」
リィルの問いかけに、瞬は使い捨てのナイフを二十本ほど取り出して更にはこちらは愛用する真紅のナイフを取り出す。カイトから魔術的な刻印を刻むならこれを使った方が下手な道具を使うより良いと聞いていたのだ。というわけで、瞬はリィルの支援を受けながら使い捨てナイフにルーン文字を刻んでいくのだった。
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