第3008話 はるかな過去編 ――帰還――
『時空流異門』という時の異常現象に巻き込まれ、過去の時代のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまったソラ達。彼らはこの時代のカイトやその仲間達との出会いを得ながら、元の時代へと戻るべく冒険者としての活動を開始させる。
そんな中でカイトからの要請により黒き森というエルフ達の住む森へと足を運んだソラ達であったが、彼らはそこで目的となる契約者の情報と回復役を精製するために必要な魔導具を入手する事に成功する。というわけで後は魔導具の到着と今後の活動に備えてエルフ達の都への通行許可証の到着を待つ事になっていた。
「ふぅ……やっと王都に戻れた……って、そうだ。お前、どうするんだ? 確か密かに出てるんだよな? 今の時間って普通に検問とかやってる時間だろ? いや、普通に入るならこの時間だけどさ」
「ん? ああ、そうか。そう言えば出る時は軍が密かに手を回して隠れて出たな」
ソラの問いかけに対して、カイトはそう言えばと少し前の事を思い出す。あの時出たのは夜明け前。誰にも見られないようにするために王都の正門が閉ざされた時間帯に出ていた。
が、そうなるとどうやって王都から出るのかというと、そこはやはりアルヴァ直属の兵団だから出来る事だろう。軍の作戦行動として――事実そうだが――裏口から密かに出たのであった。とはいえ今はもう昼前。明るく、見付かるので裏口も使えない。正面から行くしかなかった。
「まぁ、そこは問題無い。オレ、良く正面以外から出て正面から帰ってくるから」
「……妙にだめな実績は作りまくってんのね、お前……」
この時代でもそれやってんのか、この男。ソラはカイトの返答にジト目で睨む。これで近衛兵の中でも筆頭騎士で、なおかつ国有数の騎士団を束ねる騎士団長だ。にもかかわらず何も変わっていない事に安心するようであり、同時に呆れるばかりでもあった。
「あはは……ま、そのおかげで正面から入るのは苦労しないんだよ」
「そりゃ良いけどよ……いや、良いのかよ」
「ま、オレの場合は緊急出撃が多すぎてな。流石にどうこう言ってもいられんのよ」
「あ……いや、てかそれならそれで未来のお前は何なんだよ……」
少しだけ真面目になったカイトの指摘でソラはこの時代が戦国乱世である事を思い出し、それならそれでそれと同じ行動を平和な時代にしている未来のカイトは何なのだと肩を落とす。これに、カイトは苦笑を浮かべた。
「いや……それはすまん」
「はぁ……いや、まぁ俺が言ってもなんだけどさ……とりあえずそういうわけでまた何かで出てってたと思われるから問題無いよ」
「そっかぁ……え? 俺らは?」
「お前らについては任せておけ。そこらはどうにでもなるからな」
どうやら伊達に騎士団長というわけではないらしい。色々と作戦行動の兼ね合いと言えば押し通す事はできないではないらしかった。というわけで、ソラ達はカイトが連れ帰った妙な四人組として奇妙な視線を受けながらもなんとか王都へと帰還する事に成功するのだった。
さて戻ってきた王都であるが、やはり戦争中とは思えないほどの活気に満ち溢れていた。というわけでカイトは相変わらず見付かるや街の住人達に声を掛けられ、とするのでソラ達は少し離れた所からそれを見ていた。
「……なんというか、バーンタインさんを思い出すな」
「ん?」
「いや……バーンタインさんもウルカだとあんな感じだったんだ。行く先々で声を掛けられ……あんないかつい見た目なのに、ああ見えて子供達も寄ってくるしな。流石にエドナさんには乗せていなかったが……そう言えば両肩に小さい子供を二人ずつ乗せてたのは笑ったな」
「二人? え? 両肩合わせて二人?」
「いや、左右に二人ずつだ。こう……マッスルポーズ? みたいな感じで」
「で、出来そうって思えるのがすごいっすね……でも、英雄ってそんな感じなのかもしれないっすね……」
酒場の男達からは親しみの込めた声で。行き交う奥様方からは茶化すような声で。代わる代わるエドナの背に乗せてやる子供らからは憧れや期待の入り混じった声で。様々な声が響くのを聞きながら、ソラはそう思う。と、そんな彼らにイミナが小声で告げた。
「そうだ……だがだからこそ、良く思わない者も少なくない」
「「……」」
あれか。オレとか関わっている事がバレたなら、裏道の暗がりは歩くなよ。ソラも瞬も王都に戻る直前にカイトが言っていた意味をすぐに理解していた。
裏道の暗がりからは彼を見張る敵意の滲んだ気配が漏れ出ており、流石に王都の往来では仕掛けるつもりはないのか手出しするつもりはないらしいが、それでも決して彼が浴びるのが歓声だけではない事を如実に理解させていた。
「……いつか仕掛けてきそうだな」
「っすね……下手に仕掛けられないように家の防備、強くしといた方が良いかもしれないっすね」
「その方が良さそうか」
今はまだ今回の任務で必要だから使われた程度しか認識されていないだろう。ソラも瞬もそう理解していればこそ、今こそが対応を打っておける一番良いタイミングと認識したようだ。
というわけで彼らはカイトから密かに話したい時は使え、と言われていた通信機のシグナル――ノワールが解析して乗せてくれた――を使う。
「カイト。少し相談良いか?」
『うん? 暗がりの奴らに関しての相談なら乗らんが?』
「自分の事は自分でしてくれよ。俺らがやるよか随分良いだろ……まぁ、似たりよったりの話だけどさ」
案の定、カイトもまた裏道に潜む監視者達の視線には気づいていたようだ。まぁ、彼らとて自分達程度がカイトを奇襲出来るとは思っていないだろう。なにせ相手は転移術の直後の攻撃に対応してくるヤツだ。当然である。というわけで、ソラは改めて本題を告げる。
「というわけなんだ……何か良い伝手って無いのか?」
『ああ、なるほど……確かに今のウチに資金を貯めて対応していくのは良い発想だな……それだったらおやっさんに聞いてみると良い。あの人、街の顔役だし、十年前の一件ではこの国を救った英雄の一人だ。エルフだのドワーフだのにも顔は利く。貴族共にバレないような手はいくつでも手に入れられるはずだ』
「なるほど……」
そう言えばおやっさんが前回の魔族達の侵攻でも活躍したって言ってたな。ソラはカイトの言葉でそれを思い出す。無論この一件では魔王率いる直属部隊と魔王本人をカイトとレックスが二人だけで撃破するという大偉業を成し遂げたせいで注目されにくいだけだ。
「あの人が確かシンフォニア王国で難を逃れた冒険者達を率いてたんだよな?」
『ああ……シンフォニア王国の王都支部の支部長を、という話が出たのもそれが見込まれての事だ。当人は嫌がってたけどな』
「だろうなぁ……それはそうとして。それなら一度聞いてみるよ。費用だの何だの掛かりそうだし」
『そうしておけ……すまんな』
「良いって……それより大変だな」
『どうせ未来でもそうなんだろ? なら、気にしない事にするさ』
ご明察です。ソラはカイトの少しだけ諦めの滲んだ声に、半笑いで応ずる。というわけで次の指針が定まった所で、カイトがそう言えばと告げる。
『そうだ。お前らには言い忘れていたが、オレは陛下に報告してすぐにレジディアに向かう。レックスに会いに行かないといけなくてな』
「あ、オッケ。りょうか……ん?」
「おーっす! おかえり!」
「『おあ? って、おまっ! 何普通に街の青年っぽい格好で普通の喫茶店でくつろいでるんだよ!』」
「んぁ!」
唐突に耳元で大きな声が上がったからか、ソラが耳を押さえて顔を顰める。その一方のカイトはというと、彼の言う通り大通りに面した喫茶店の一つの椅子から優雅にお茶を飲んでいたレックスを怒鳴りつけていた。
「あはは……お前待ってたのよ。そしてたーぶん、お前の方も同じ用事になってくれるんじゃねぇかって思ってな」
「はぁ……あいあい。報告一件……それはそれとして。なんでそんな所でそんな事を?」
「お前を驚かせたかったから」
「立場弁えろ!」
「ぎゃはははは!」
こいつらは本当に一国の次期王様と騎士団長なのだろうか。どうにもレックスと絡むとカイトの沸点は低くなるらしい。ぎゃいのぎゃいのと騒ぐ二人を遠目に見ながら、一同はそう思う。とはいえ、これこそがともすれば天上人の扱いさえ受けかねない二人を民衆達に声を掛けやすくしている要因でもあった。
「あ、とりあえずマダム。席を感謝する」
「ええ。また来てくださいね、殿下」
「必ず……その時は妻も一緒に」
「ぜひ」
「ガキみたいないたずらをしてるヤツがやってもしまらねぇぞ」
「何を言う。ガキはこんないたずらに金は掛けんぞ」
「偉そうにしてるんじゃねぇよ! てかこんな、って自覚はあったのかよ! なおさら質悪いわ!」
「あははは」
楽しそうだなぁ。怒るカイトであるが、やはり一言で言えば楽しそうというのが印象であった。とはいえ、だからこそこれが意味がある行為であった事に気付くのがかなり遅れてしまった事は否めないだろう。そしてそれに先に気づいたのは、瞬であった。
「……っ」
「どうしたんっすか?」
「さっきまで感じていた黒い気配が……なくなってる」
「え? っ」
瞬の指摘で、ソラもまた監視者達の視線が途絶えている事に気が付いた。そしてそんな彼らに、二人より先に気づいていたセレスティアが教えてくれた。
「消えた……ではなく消されたです。どうやらレックス様は完全に読んでいたのでしょうね。カイト様は政治的には動けませんので……」
どうやら監視者達を差し向けたのはカイト――ひいてはアルヴァと――と政治的に色々と軋轢を抱えている者たちらしい。セレスティアは動きからそう理解したようだ。
「監視者に更に監視が付いている事は気づいていましたが……レックス様とカイト様が騒がれた一瞬の隙きに仕掛けていた様子です。完全に油断した一瞬……ですね」
「「……」」
どうやらふざけているのは敢えてという所だったわけか。ソラも瞬もカイトもレックスもふざけ合う普通の青年を演じているだけと理解する。と言っても実際にはこの二人が本気でふざけているのもまた事実であった。というわけで、変な誤解を生じながらも一同は何事もなくそれぞれのホームまで帰還するのだった。
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