第3006話 はるかな過去編 ――対応策――
『時空流異門』と呼ばれる時空間の異常現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代。それも戦国乱世と呼ばれていた時代に飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らは紆余曲折を経てカイトやその仲間達と会合を果たすと、彼らの手助けを受けながらもなんとか元の時代へと戻るべく冒険者としての活動を開始させる。
そんな中でカイトからの要請により黒き森と呼ばれるエルフ達の住処へと向かう事になっていた彼らであったが、その帰り道。偶発的に遭遇した商隊が魔族の一団が偽装したものであると判断。事実そうであったことから、魔族との遭遇戦にもつれ込んでいた。
というわけで、遭遇戦から暫く。ソラの問いかけにより何故偽造と見抜けたかについての助言を受けていたわけであるが、その後は瞬が問いかけを行っていた。
「……は? 何それ。キモチワル」
「も、ものすごい言い様だな……」
未来の自分自身の事だから誰も何も言えないが。絶句して気味悪いような様子を浮かべているカイトに、瞬は頬を引き攣らせ半笑いを浮かべる。
「いや、気持ち悪いだろ。てかありえねぇ。我が事ながら、マジでありえねぇぞ? ちょっと気持ち悪いとかそういうの越えてるわ」
「い、いや……だが確かに未来のお前は攻撃を先読みしてカウンターを叩き込んでいる……という事らしいんだが……出来ないのか?」
「無理無理無理無理無理! お前、正気で言ってんのか!? 転移後の状況を先読みって! その挙げ句に完璧に転移先に先手打たれた攻撃にカウンターだぁ!? 神業とかそういうレベルじゃないぞ!?」
無理を連呼し声を荒げるぐらいには、未来のカイトのしている事はとんでもなかったらしい。瞬達からしてみればそんなものはいつもの事としか思えていなかったのであるが、同じく勇者と謳われこの世界随一の戦士であるカイトなればこそその異常性が理解出来たようだ。
「そ、そんななのか?」
「当たり前だろ……転移後ってのは今居る場所とは違うんだよ。当たり前だけど……気配なんかも感じ難いし、勿論敵の攻撃の予兆もわからん。というか、わかる攻撃なら転移術の行き先を変えるし、向こうも変えられる事がわかってる。そんなわかりやすい攻撃なんてしない。そしてその必要も無い。障壁が無い場所に叩き込むからな」
「あ……そうか。威力も最小限で良いんだから……」
「察知なんて出来っこないんだ。普通は」
その普通ではない芸当を、未来のカイトは平然とやってしまっているという。過去のカイトからして、その技はもはや神業とさえ表現出来ない技術だった。というわけで、そんな彼は呆れたように首を振る。
「勿論、そもそも障壁が無いってのが語弊だってのはわかってる。だがそれに等しい、ってのもまた事実ではあるんだよ」
「ん? どういう事なんだ? 転移術は障壁を解除しないと使えないんだろう?」
「それは正しいんだ。ただ厳密にいうと、障壁が完全に解除された状態に攻撃を叩き込むのは不可能に近いんだ」
そもそも転移術の最大のデメリットとして挙げられるのは、身を守る障壁を完全解除してからでないと転移させられないという点だ。なので転移直前か転移直後は最も無防備とされている状況であるという話であるはずだった。というわけで、その常識が間違いではないが正しくもないと述べたカイトが、正確な所を教えてくれた。
「瞬やソラに言う必要は無いだろうが……障壁には二種類ある事はわかっているな?」
「ああ。無意識レベルで展開される常時の障壁。それとは別に戦闘時に意識的に展開する障壁……その二つだろう?」
「そうだ。転移術では世界に対して無意識レベルで行っている位置座標の固定を解除しなければならないし、他にも無数の障壁を解除する必要がある。それに付随する様々な障壁も解除していくと、結局全部解除するのが楽ってわけだ。まぁ、そもそも自身の座標が固定されている状態で自身を移動させられるわけもないのだから当然だが」
「へー……」
流石にここらの話は瞬はまだ知らなかったらしい。そもそも彼どころか魔導書を手にしたソラでさえ魔術師としてのレベルが低すぎて、転移術を学べる領域には到達していないのだ。教える意味も必要もない、と未来のカイトもティナも教えていなかった。
「それは良いんだ。そういうわけだから、攻撃を認識出来る状態ではこの無意識レベルの障壁は展開されているんだ。逆に無意識でも感知出来ないなら、障壁も展開出来てないが」
「なるほど……だから厳密には正しくはない、なのか。ん? ということはもし認識出来ない速度で攻撃を直撃できれば?」
「まぁ、そんな事が可能なら、という前提だが……その場合は本当に無防備に身体を攻撃に晒すだけだろうな。出来るヤツでも居るのか?」
「出来そうなのは知ってるが……」
「居るのかよ……」
何なんだ、未来のオレの周辺の戦力事情は。カイトはそんな神がかった芸当にため息――それでも自身がしているという芸当に比べればまだ現実的ではあったらしい――を吐きながら、ただひたすら頭を振る。
「それもそれで化け物じみた芸当だ。魔術師としちゃ天下一品だろう……転移術の起動から敵の転移より前に敵の転移座標を見抜いてるんだからな。どんな解析速度だよ」
「そ、そうなのか……いや、ユスティーナの場合はそれはそうか……」
魔術においてはカイトでさえティナには勝てないと言わしめるのだ。そしてカイトが現れるまで魔術一本で戦えていた彼女である。それが不可能とは考え難かった。というわけで自ら納得した瞬であるが、そんな彼にカイトが告げた。
「兎にも角にも、転移術の直前に攻撃を先読みしてカウンターなんて不可能に近い芸当だ」
「そうなのか……そうなると流石に俺達が出来そうなのもその反射神経を極限まで底上げして、になるか」
「あれもあれで難しいぞ? 当然だが転移術そのものが超絶難易度の魔術だからな。それに意識を集中している状態からのカウンターだ。集中力はとんでもなく消費する」
「お前でもか?」
「当たり前だろ」
あれだけ楽に出来ていたように見えたカイトであったが、その実彼自身はかなり危ない橋を渡っている印象はあったらしい。というわけで、彼が軽くだがあれが出来る秘訣のようなものを教えてくれた。
「まぁ……あんまりこういうことを明かしたくはないんだが。オレ達があの芸当が出来るのは、実は障壁の展開を後回しにしているからでもあるんだ」
「後回し? 障壁の展開を?」
危険じゃないのか。カイトの言葉に瞬は顔を顰めながら問いかける。これに、カイトははっきりと頷いた。
「危険に決まってる……だがそうでもないと転移術の直後に叩き込まれそうになる攻撃に対応なんて出来ない。転移術を先読みされた状態でカウンターが出来るのは本当に一瞬だ……だから危険だろうがなんだろうが、やれるようにならなきゃならん」
「出来なければ死ぬだけ、か」
「そういうこった。だから攻撃が来るかどうか。来ても避けきれるだけの状況にあるかどうか……そういったとこを複合的に判断し、避けきれないと判断した場合は即座に意識的に展開する障壁を後回し。カウンターに切り替えだ」
「……それをやっている……と?」
「だからそうだって……まかり間違っても未来のオレみたく攻撃を先読みしてカウンターなんて出来るかよ。んなの出来りゃこんな危ない橋は渡ってない」
瞬の問いかけに、カイトは盛大にため息を吐く。これは彼の言う通り、殆ど一か八かの賭けだ。判断をミスすれば最悪は死ぬのだ。
「俺達からすれば、どちらも神業に思えるが……」
「度合いはまったく違う。未来のオレは化け物かよ。少なくともこっちは訓練すりゃある程度は誰でも出来る。そっちは出来るようになる未来が見えんよ」
話を聞いた限り、おそらく出来るのも自分だけなんだろうがな。カイトはティナさえ呆れ返っていたという話を聞いていた――元魔王という呼称ではあったが――が故にそう思う。というわけでひとしきり呆れた後、カイトは瞬に告げた。
「まー、でも意識して障壁をカットして優先順位を変える、ってのは戦闘でも割りと有用だ。その分攻撃に力を割けるからな。出来るようになっておいて損はない」
「なるほど……攻撃が届かないとわかっている状態なら確かに障壁を多く展開するのは無駄が多いな」
「そういうことだな。基礎は出来ていそうだから、そっちも訓練していけば持久力も伸ばせる。練習して損はないと思うぞ……勿論、そこから即座に展開出来るようにもしておかないと痛い目に遭うけどな」
「あはは……そうだな。良ければコツやら教えてもらえるか?」
「まぁ、良いか。暇だしな」
どうせこんな話をしているのも、帰り道に暇だからというに過ぎないのだ。というわけで、カイトはこの後。一同の要望を受ける形で戦闘に関する様々な助言を与えながらマクダウェル領へと戻っていくのだった。
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