第3005話 はるかな過去編 ――偽造――
『時空流異門』という現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代。それもよりにもよって戦乱の時代と呼ばれた時代へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らは八英傑の一角と呼ばれていたこの世界というかこの時代のカイトや、その仲間達と会合。彼らの手助けを受けつつ、元の時代へ戻るべく冒険者としての活動を再開させる。
というわけでそんな活動の中でカイトからの要請で彼と共に黒き森と呼ばれるエルフ達の住まう森へと出かけた一同であったが、その帰り道。ふと見かけた商隊が気になったカイトの要請により商隊の調査に赴く事になったわけであるが、その商隊が魔族が偽装した一団である事が発覚し遭遇戦へともつれ込んでいた。
「ふぅ……ちっ。逃げられたか」
「追わないのですか?」
「追っても良いが……向かう先はわかってる。こちらのまともな戦力が乏しい状況で、深追いは出来んよ」
イミナの問いかけに対して、カイトは指先に火炎を生み出しながら首を振る。そうして彼は放置された遺体を焼却しながら、続けた。
「おそらくクロード達が遭遇した一団の残党って所だろう。それか先に交戦と敗北を理解して逃げ帰ったか」
「かと……」
「今のこの時代の中央にゃウチは無いよ。それでも心苦しいだろうが」
「あ……申し訳ありません」
逃げた魔族達が向かった先は言うまでもなくこの大陸の中央。今の魔族達のこの世界での本拠地だ。が、それは未来においてはイミナにとって故郷だ。自身の故郷が他人に奪われた状態、というのが心苦しくても仕方がなかった。そんなこんなで話しながらも残っていた遺体をすべて焼却した所で、ソラが問いかけた。
「なぁ、カイト。一つ良いか?」
「ああ」
「後学のためなんだけど、どうして通行許可証が偽造されてるものってわかったんだ? いや、教えられる範疇で良いんだけど」
「ん? ああ、それか。まぁ、あれは理由が二つあってな」
通行許可証の偽造防止技術は国家機密に属するものだろうが、日本で例えば紙幣の偽造防止技術の一部が知られていたりするように明かせる範囲はあるらしい。なのでソラの問いかけにカイトは少しだけ考えた後、まずはズドという地域の通行許可証を提示する。
「このズドの通行許可証だが、こっちは本物だ。多分な……流石に他国の通行許可証までは完全には把握していない」
「本物? ってことは正規に発行されたってことか?」
「ああ……が、ズドを選んだのは正解だが……」
「なんでだ?」
「ズドは不正が横行してるって話でな。おおかた金を積まれた役人が発行したんだろう。しっかり読めば理由も適当。人数も大雑把だ。あそこの通行許可証は本物ほど信用ならん。勿論偽物も信用できないけどな」
まじか。困ったように笑うカイトの言葉に、ソラは思わず愕然となる。とはいえ、こういった不正が横行する国があるというのは今の時代柄不思議はない事ではあっただろう。というわけで、カイトは一応の証拠品としてズドの通行許可証を懐にしまっておく。
「で、こっち……こっちは流石に模造品は発行出来んかったみたいだな。まぁ、発行が中央でしかしてない、ってのもあるが。昔は地方でもやってたんだが……今の御時世柄、ズドみたいに地方で賄賂がまかり通って不正に発行されても困る。陛下のご下知により、一度すべて中央を通すようになってるんだ」
「なるほど……それならある程度不正は見抜けるもんな」
「ああ……まぁ、商人達からは評判悪いけどな」
「あはは」
さっさと移動したい商人達からすれば申請して一度中央に送られて、それから発行になるのだ。時間が掛かって仕方がないだろう。というわけで不満はあるらしいのだが、ご時世柄そうも言ってはいられない。特に今回のズドのような一件を見れば仕方がないと誰もが諦めるしかなかった。
「で、偽造品と本物の見分け方だが、ここの国璽の印字。それが上手く出来てないんだ」
「ほーん……ん?」
「こっちはオレの軍属としての認識票みたいなものだ。それにも国璽……こっちは玉璽で押されたものだが、同じ物が印字されている。よく見てみ?」
「……あ。この龍の眼の部分が……え。てかこれ細か……すっげ……」
「そう。龍の眼の中の部分が潰れちまってる。他にもしっかり見てみれば偽造が甘い部分がいくつかあった」
カイトの出してくれた軍の認識票と比べてみて、ソラにも本物と偽物の違いがわかったようだ。とはいえ、かなり良い出来栄えである事は確かで、一瞬見ただけでは見逃してしまいそうな出来栄えだった。
「まぁ、ウチの国璽は一つ一つ黒き森のエルフの職人が手作業で作ってくれている物だ。教えられはしないが、他にもいくつか魔術で偽造防止も出来るようになっていてな。捺印の精度が上がれば、そっちでやるしかなかった」
「え?」
「魔眼だ。もし目視でわからない領域になればこいつを使ってやらにゃならん事になるだろうさ」
ぽぅ、と右目に真紅の灯火が浮かび上がったカイトに呆気にとられたソラであったが、そんな彼にカイトは苦笑気味だ。そうして彼は魔眼を起動したまま、偽造されていた通行許可証を見る。
「まぁ、流石にこれ以上詳しくは教えられん……ん。やっぱそこらの偽造防止はコピー出来てないな。職人芸を真似ようとして出来るものでもないだろうが」
「はー……にしてもすごい出来栄えだな」
「エルフの中でも当代きっての職人が作ってくれているものでな。父さんが生きていた頃にオレも護衛に駆り出された事があったが……凄かったぞ」
どうやらカイトは作っている現場を見た事があったらしい。先程まで浮かんでいた眉間のシワが取れて、楽しげに笑っていた。と、そんな彼に今度はイミナが問いかける。
「それはもしやカウソルネ工房ですか?」
「未来にもあるのか?」
「ええ……先代の御老公がカイト様にお会いした事がある、と聞いていたのですが……」
「へー! あの人、まだ生きてたのか! てか先代?」
「え、ええ……ご息女が今は工房を率いていらっしゃいます」
「へー! あいつが! へー!」
イミナの言葉に、カイトが非常に嬉しそうな顔で声を上げる。どうやら工房の職人達とカイトは知り合いだったらしい。まぁ、国でも一番の騎士で、エルフ達からも信頼されている彼だ。こういった国璽を作ってもらったあとに受け取りに行く事もあるらしかった。
「そっかー。やっぱ未来なんだなー……にしてもあのくたばり損ないめ。相変わらずくたばりぞこなってやがるのか。口うるさいだろー、あの人」
「あ、あはは……」
かなりクチの悪いカイトであったが、その言葉には間違いなく親愛が存在していた。というわけで、その後は少しだけ興味が湧いたらしい彼の問いかけに答える形で、今のエルフや未来のエルフ達についての話を繰り広げながら戻っていく事になるのだった。
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