第3003話 はるかな過去編 ――帰路――
『時空流異門』という現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代。それも戦国乱世と呼ばれた争いの時代へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代においては八英傑の一角にして勇者と呼ばれていたらしいカイトと会合。更にはこの時代の彼の仲間達とも会合を果たす。
というわけで、そんな出会いを経て自らの時代に戻るべく冒険者としての活動を再開させたソラ達であったが、カイトからの要請により黒き森へと渡りハイ・エルフの大神官であるスイレリアと会合。エルフ達の協力を取り付ける算段を手に入れ、黒き森を後にしていた。
「ふぅ……」
「疲れたか?」
「あー……あははは」
カイトの問いかけにソラは困ったような、それでいて恥ずかしげな様子で笑う。とはいえ、この時点で答えを言っているようなものだろう。なので彼は諦めたように頷いた。
「まぁ、な。やっぱ馬って乗り慣れてないと割りと使わない筋肉使うって聞いてたし」
「あはは。馬車や竜車での移動が大半だったなら、たしかにこの馬での長時間の移動はキツいか」
実のところ、馬に乗って移動する事に慣れてない者はエネフィアでもこの世界でも珍しいわけではなかったらしい。というより、軍馬にせよ地竜にせよ保有しているのが非常に稀なのだ。乗り慣れていない事が普通で、ソラが悪いわけではなかった。
「あまりゆっくりもしてられんが……急ぐ旅路というわけでもない。もう少ししたら休憩を挟むから、それまで我慢してくれ」
「気にしないで良いよ。あんま情けない姿晒すってのも今度は精神的にキツいし」
「変わらんと思うがねぇ……ま、わかった。それならキツくなったら言ってくれ」
ソラの返答に苦笑しながらも、当人が良いというのなら良いかとカイトはひとまず納得する事にしたようだ。というわけで再び馬に乗って移動する一同であるが、そこでふと瞬が問いかけた。
「そういえばカイト。この調子ならどれぐらいでマクダウェル領に到着出来そうなんだ?」
「ん? ああ、戻りか……そうだな。今回の馬は軍馬だから明日の昼には到着出来るだろう。何も問題なければ、の話だが」
「大体3倍……という所か」
「そんな所だな。まぁ、行きに比べ帰りは馬車を使わないで良い、ってのも大きい」
行きは商隊に偽装する必要があったので馬車を使っていたが、帰りは偽装の必要がないからか全員地竜での移動になっていた。なので行きは3日ほど掛かった道のりも半分の時間で戻れたようだ。
「ああ、そういえばそうか……ん?」
「なんだ?」
「いや……遠くに何か見えないか?」
「うん?」
瞬の問いかけに、カイトだけでなく他の面々もまた彼が視線を向ける方向へ顔を向ける。そうして魔力で視力を底上げし遠方まで見通せるようにすると、何人かの騎兵が数台の馬車を守るような形で行動している様子が見て取れた。
「商隊か?」
「おそらく……そうだと思う」
ソラと瞬が見た所、相手は一般的な商隊という所だ。どうやら向こうは気付いていないらしい。というわけでこのままやり過ごすかとした二人であるが、イミナの方が少しだけ訝しんだ様子で問いかける。
「ふむ……おかしいな。カイト様。確か私の記憶が確かなら、この街道は……」
「ふむ……未来でもこの街道は変わってないのか」
「主要な街道はさほど、という所ですが……だからこそ私も気になった」
「どうしたんです?」
イミナの疑問に対して、カイトもまた似たような顔で訝しむ。とはいえ、現状遠目に見ているだけなので決定打には欠けている様子で、どう判断したものかと悩んでいる様子だった。というわけでそんな二人に瞬が問いかけるわけであるが、これにセレスティアが答えてくれた。
「この街道は言うまでもなく黒き森へ続く街道です。それはまず良いですか?」
「そもそも俺達もそこから来てるからな」
「はい……それでこの街道にはいくつかの分岐点があります。一つは黒き森へ進む別ルート。もう一つは大陸中央……今は魔族が制圧している地域です」
「……他に無いのか?」
「あるにはありますが……」
その可能性は低いか、警戒するに値するだけの話になるらしい。瞬は言葉を濁すセレスティアの様子から、それを察する。というわけで、暫く考え込んでいたカイトが口を開いた。
「みんな、悪いが少しだけ時間をくれ。放置は出来ん」
「お供します。その方が格好が付くかと」
「すまん」
イミナの提案にカイトが一つ頭を下げる。格好が付かない、というのは臨検に近い形を取るためだ。騎士がカイト一人だと向こう側が警戒して拒否される可能性があったため、同じく騎士であるイミナが同行する形を取るというわけであった。
「ソラ。悪いが完全武装の状態で居てもらえるか?」
「え? あ、なるほど……おっけ。了解」
「助かる。瞬も軽装で良いから身に纏っておいてくれ」
「え? あ、あぁ……わかった」
「セレスは……」
「ご安心を。鎧、持ってますから」
「そ、そうなのか」
それは流石に想像していなかった。カイトは可憐な少女には似つかわしくない重厚な鎧――ただし今回は頭部は外したが――を身に纏ったセレスティアにわずかに頬を引き攣らせる。そうして一同が武装を整えてみれば、瞬もカイトの意図が理解出来たようだ。
「これは……」
「巡回の兵隊みたいっしょ? まぁ、近付くと統一感ないなー、ってバレるでしょうけど、遠目に見る分にゃわかんないもんっすよ」
「なるほどな……」
カイトとイミナはそのまま騎士だし、ソラも元々がアルと同様の装備だったので格好だけは騎士の装いだ。セレスティアも重装の戦士の格好と遠目には兵士に見える。瞬のみ軽装備だがそれ故にバランス感が生まれ、逆にきちんと考えられた上での部隊構成に見えるのである。
というわけで瞬に解説しながらもさっと装いを整えた一同を見て、カイト自身はボロのローブを羽織り一応隠し持っていたシンフォニア軍の小旗を立てる。
「よし……イミナ」
「問題ありません。こういった事は初めてでは無いので」
「そうか」
自身同様にボロのローブを羽織っていたイミナに、カイトは少しだけ上機嫌に笑う。そうして一同が用意を整えた所で、カイトが告げた。
「オレとイミナ以外は少し離れた所で待機。あまり近寄らないようにしておいてくれ。相手がどう出るかもわからんしな」
「「「了解」」」
カイトの声に合わせ全員が返事を返すと、それを合図に全員が一斉に商隊の方向へと移動する。そうしてある程度近くまで移動した所で、カイトがイミナに頷きかけた。それを受けて、イミナが声を張り上げる。
「そこの商隊! 止まれ!」
「「「!?」」」
まぁ、商隊側からすれば唐突に声が掛けられたようなものだろう。馬車の周囲を馬で走らせていた者たちが警戒した様子でカイト達の方へと移動してくる。そうして馬車が緩やかに停止した所で、カイトとイミナのみが進み出てイミナが口を開いた。
「シンフォニア軍だ。付近を巡回している所だったのだが……商隊か?」
「え、えぇ……南のスドまで」
「スドまで……ずいぶん遠いな」
「ええ。なんでできれば早めに行きたいんですが……」
スドというのは大陸南部にある地域の名だ。ただしシンフォニア王国ではなく、セレスティアが言う滅多に使う事の無いルートの目的地の一つでもあった。というわけで、今度はカイトが口を開いた。
「そうか……まぁ、オレ達としてもあまり時間は掛けたくない。通行許可証を。シンフォニアの物とスドの物、両方だ」
「おい」
「はい……まずこっちがスドの物」
「ふむ……」
応対した者の部下らしい男が進み出て、カイトへとスドの通行許可証を提示する。これに、カイトは一つ頷いた。
「……本物だな」
「当たり前ですよ」
「あはは……まぁ、ご時世だからな。次」
「はい」
カイトの促しに、わずかに警戒を解いた様子の男がシンフォニア王国の発行した通行許可証を提出する。そうして、数秒。わずかに緊張した空気が流れる。
「……はぁ、っ」
「ちぃ!」
一瞬、誰もが問題無いと判断した瞬間。誰の目にも留まらぬ速度でカイトの剣戟が振るわれる。が、何分悟られないように放った一撃だ。最初から警戒されていた状態では避ける事は出来たようだ。そうして偽装を解いた男を見て、イミナが盛大に舌打ちした。
「ちっ! やはり魔族共だったか!」
「全員、一気に仕留めろ! 殺せば問題ない!」
バレてしまっては仕方がない。商隊に扮していた魔族の一団はもはや隠す必要もない、と本来の姿を露わにする。こうして、一同はついにこの時代の魔族と遭遇する事になるのだった。
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