第2997話 はるかな過去編 ――魔女の助言――
『時空流異門』。そう呼ばれる現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代へと飛ばされてしまったソラ達。そこで彼らはこの時代のカイトや、その義理の弟にして同じく騎士であるクロード・マクダウェル。カイトと同じく八英傑と後世呼ばれるようになるハイ・エルフのサルファや魔女族のノワールらとの間で会合を得る事になっていた。
というわけで今後の冒険者としての活動において武器や防具の修繕が必要になるだろう事を踏まえ、ノワールから支援を受けられる体制を構築するべく彼女の館に泊まって二日目の夕方。必要な情報が整った、とソラ達はノワールに呼び出される事になっていた。
「あ、お待ちしてました」
「いえ、すいません。こっちこそ……なんか手伝いらしい手伝いも出来ず」
「大丈夫ですよ。そんなのよくあることなので。そしてそのために私達が居るわけでもありますしね」
ソラの謝罪に対して、ノワールは笑って首を振る。なお、これは手伝いらしい手伝いをしてもらえない、という意味ではなく手伝いが出来ない、という意味だ。当たり前だがソラ達は戦士であって技術者でない。更に言えば魔術師でもないのだ。魔道具の集合体である魔導鎧やらの理解が出来ずとも不思議はなかった。というわけで、いつもの事と笑ったノワールが気を取り直す。
「とまぁ、それはそれとしても。まず皆さんが保有する魔道具類……その中でも通信機ですね。これについては我々が現在保有する通信機にリンクさせられるようにしておきました。そっちの方が色々と良いでしょうから」
「そんな事出来たんですか?」
「ええ。何か色々と暗号化を噛ませていたみたいですけど……まぁ、最終的な状態がわかったのでそれに更に変換を噛ませるだけで良いのでさほど難しい事じゃないですよ」
「はへー……」
おそらく難しい事ではないというが、本来ならエネフィアでさえ出来るのはごく一部だろう。ソラはこの通信機の設計者がティナである事を知ればこそ、ノワールの腕が彼女に追従出来る領域なのだと理解する。とはいえ、そんな彼女だからこそ色々と現状での問題点も見て取れたようだ。
「それ以上に問題はこちらの鎧ですね。やはり使われている合金が特殊なので、これについては銀の山に直接頼んだ方が良いです。それで王都に向かう商隊に直接卸してもらえるように交渉した方が良いでしょうね」
「そんなっすか。俺もどんな素材なのかは詳しくはわかってなかったんっすけど……」
「素材の精錬の精度が非常に高いです。この精度になると、銀の山の職人達でないと難しいでしょう」
それはそうだろうな。ソラはオーアが自らの手で編み出したこの鎧はそれ故にこそドワーフ達謹製の良い素材が使われていて不思議はないと思っていた。そして事実そうだった、というだけだった。というわけで、これにソラも頷いた。
「わかりました。で、実際の修繕はどうすりゃ良いんっすか?」
「素材さえ事足りれば、後は私でなんとか出来ます。状態の復元を行えば良いので……魔術でなんとか出来る範疇です」
「出来るんっすか?」
「あまりやりたい事ではないですけどね」
驚きを露わにするソラに対して、ノワールは少しだけ困り顔で笑う。あまりやりたくないのは復元が難しい事に加えて、それ故にこそ属人的過ぎる所があるからだ。ソラ達では如何ともし難いのである。というわけで、彼女はそこらを踏まえて一つの魔道具をソラへと手渡した。
「それはそれとして……これを」
「これは?」
「通信機に接続する増幅器……みたいなものです。私に……正確にはこの館に連絡を取るための物と考えてください。勿論、いつ何時でも連絡が取れる、というわけではありませんが。出てる事も多いので……」
「いえ、すいません。これは……」
「調べてみると通信機の下部に情報のやり取りを行うための穴がありましたから。それを流用させて貰いました」
「はへー……」
再び、ソラが間抜け面を晒す。やはり過去の世界かつ別世界とはいえカイトと同格というだけの事はあり、自分達より幾らも上の実力者らしい。そう思うばかりだった。と、そんなわけで実力を見せつける形になったノワールであったが、そんな彼女が真剣な顔をする。
「それで……問題はそちらの瞬くんの武器ですね。こっちが厄介です」
「俺の、ですか?」
「ええ……その槍の素材の一部には魔物の骨が使われているみたいですが、この魔物が何かが私には皆目見当がつかなかった。詳しくは知らない、んですよね?」
「はい……コーチが手ずから拵えて下さったものですから……」
瞬の持つ槍はかの大英雄クー・フーリンが自らの槍たる<<束ね棘の槍>>を参考にして練習がてら拵えた物だ。故にその素材には『影の国』と呼ばれる場所の素材がふんだんに使われており、この素材に関して知っているのは未来のカイトだけだった。
「ですか……そうなると、こちらもやはり銀の山を訪ねていただくしかないかと。あちらはありとあらゆる武器や防具の情報が揃いますから。魔物の素材の情報もふんだんに」
「わかりました。どうにせよ銀の山とやらには行かねばならないですから、そこで聞いてみます」
そもそも大精霊達の示した指針はこの時代に存在するという八英傑を訪ねよ、という事なのだ。その時点で銀の山には行かねばならず、それなら一緒に聞くだけであった。というわけで、そんな彼にノワールも一つ頷いた。
「そうしてください……で、そちらのお二人ですが……お二人については問題無いでしょう。なんだったらお兄さんの知り合いの鍛冶師でも十分修理出来そうです。まぁ、その大剣は無理ですけど」
「あ、あはは……」
ノワールの視線を受けて、セレスティアが半ば乾いた笑いを浮かべる。彼女の持つ大剣はかつては義理の兄であるレクトールが携えていたもので、ではそれはとなると守護者からぶんどった物だ。大剣という概念が形となったもので、これは流石に並の鍛冶師には太刀打ち出来なかった。
それに対して彼女らが持つその他の武器防具に関しては純粋に未来で拵えられただけのこの世界の物だ。基礎部分に大きな差異はなかったそうで、大破さえしなければ普通の修理でも問題ないというのがノワールの見立てであった。というわけで、そんな会話を聞いていたカイトが口を挟んだ。
「まぁ、でもこの大剣なら壊れはしないだろ。セレスの腕も十分なものだろうしな。微妙にレックスの持つ大剣に似た拵えだってのはあいつの子孫だって考えりゃ当然の話だろうし。使う流派も確かあいつの流れなんだろ?」
「はい。レックス陛下が考案された戦い方を更に儀式に特化した形へ発展させた形……とでも言いましょうか。そういうものです」
「あいつらしいし、ベルの事を考えれば正しくあいつらの子孫ってわけだろうさ」
先に一度だけ触れられているが、レックスの婚約者であるベルナデットは儀式などに長けた女性だという。その直系の子孫であるセレスティアがその両者を混ぜ合わせた剣技を使えたとて、カイトは納得こそあれ疑問はなかったようだ。
「そうですね……この大剣にはそういった儀式をサポートし増幅する力も内包されているようです。その戦い方には最適でしょう」
「そうなのですか?」
「知らなかったんですか?」
「え、えぇ……お恥ずかしながら、これは少し故あってある存在が使っていたものをぶんどったものですから……しかもぶんどったのも私ではなく、義理の兄なので……」
なるほど。それは知らずとも無理はない。カイトもノワールも驚愕を露わにするセレスティアに納得を示す。とはいえ、これは実は未来のカイトであればわかっていた話だった。
というのも、この大剣を持っていた守護者はカイトの記憶を頼りにレックスをモデルとして作られた物だ。その守護者が持つ大剣なのだから、そういう力の使用を前提とされていても不思議はなかったのである。とはいえ、それは当然彼らには知る由もない話であった。
「そうですか……とはいえ、そういう力がある事は事実ですので、使うのが良いでしょう。お話を伺う限り、戦い方としてもそういった儀式を併用するのが前提のご様子ですし」
「ありがとうございます。試してみます」
ノワールの言う通り、セレスティアの本質は巫女だ。故に大剣を使って戦うだけでなく、そういった魔術も織り交ぜて戦う戦い方こそが彼女本来の戦い方だった。それが出来なかったのは単に道具がなかったからなのだが、その代用品になり得るというのなら話は別だった。
「はい……で、それ以外にも……」
とりあえず各員に重要な所は伝え終えたかな。そう判断したノワールは、そこまで注意せずとも良いが注意はしておいた方が良いだろう所に助言を与えていく。そうして、この後も一同はノワールから自分達の道具に関する助言を受ける事になるのだった。
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