第2994話 遥かな過去編 ――次の指針――
『時空流異門』という現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らであったが、この時代のカイトとの出会いなどを経て改めて元の時代・元の世界に戻るべく冒険者としての行動を開始させる。
というわけでその一環としてカイトからの要請で黒き森に居るというカイトの仲間の一人であるノワールという若き魔女を訪ねる事になっていたわけであるが、そこで彼らは時乃の助言もあり彼女に自分達の現状や道具などを明かしていた。
「なるほど……相変わらずというかなんというか。お兄さん、色々と稀有な事してますねー」
「オレだってしたくてしてるわけじゃねぇだろ」
「どうなんでしょうねー」
「うるせぇ」
半ばやけっぱちになりながら、カイトは楽しげに笑うノワールの言葉に吐き捨てる。彼自身とすればこれは言うまでもなく自身の未来に待ち受ける嫌な話でしかないのだ。こうもなる。そんな彼であったが、ソラ達から一通り話を聞き終わった後だったので問いかける。
「で? 色々とわかったのか?」
「そうですね。わかるには色々とわかりました……まず技術水準としては少し上という所でしょうか」
「そうか。それについちゃ当然といえば当然なんだろうさ。なにせ未来だ。別世界とは言えな」
この世界の未来であるなら下回っていれば嘆きの一つも浮かべるものであるが、別世界だというのであれば嘆きも何もない。ただそれを事実として受け入れるだけだ。というわけで、そんなカイトにノワールも一つ頷いた。
「はい……ただベースとして使われている技術はこちらとさほど大差はなかったですし、気にするべき点もさほどありませんでした。あくまでも真っ当に進化を遂げていったらあの領域には十分にたどり着けるでしょう。強いて言うのなら、簡略化や小型化による高性能化が見受けられている程度……と言っても良いかもしれませんね」
「そうだろうな……流用とか貴族達が出来そうか?」
「無理でしょうね。私の解析は属人的過ぎるので。これを利用して同じものを作る事も出来ますが、作った所でこれを解析するには解析するための技術を手に入れる必要がある。それをやっている間に、この鎧を独自で作れる技術は手に入れられるでしょう」
「そうか」
それなら一安心だ。カイトはソラ達に万が一があった場合や技術の流出があった場合を考え、一つ胸をなでおろす。そんな彼はそのままノワールに問いかけた。
「とはいえ、それでも今の現状でこいつを修理したりはしてやらんとならん。出来そうか?」
「それについては問題なく……とはいえ、これら機能を十全に使える状態を維持しようとしたら、素材もそれ相応のものを使わないといけないでしょう。ソラくんであれば鎧。瞬くんであればその衣……そういった物の調整は普通に手に入る素材では難しい」
「これとか、素材普通に手に入らないんですか?」
自分達が使っている武器や防具にはそこまで特殊な素材は使われていないはずだが。ソラはそう思えばこそ、自身の鎧を指し示しながら問いかける。これにノワールは頷きながらも現状を口にする。
「ええ……確かに普通の素材です。ただ一部には特殊な合金が使われている様子です。そういったものは普通には手に入らない。私の方である程度のあたりはつけましたが……そういった素材は手に入らないので職人に直接頼むしかないでしょう」
「あ、なるほど……」
そもそもオーア自身が冶金学に優れた職人だ。しかもドワーフ達が得意なのは合金という事もあり、彼女が作るこの鎧の各所には何かしらの合金が使われている。それはソラも聞かされており、その部分が破損すると普通の素材で修繕出来ない、というノワールの言葉は納得が出来たようだ。
「ってことは、銀の山にってことか」
「そうですね。ここらの合金はフラウしか手配出来ないでしょう。特に今回は、です」
「だな……」
この素材を何処から手に入れたのか。そういった内容などを考えると、この案件は信頼の置ける相手にしか頼めないのは当然の話だろう。
「でもそのフラウさんって確か他国に居るんっすよね?」
「ええ。レジディア王国北東部……さる霊峰の中にある無数の鉱脈を抱えるこの大陸最大の鉱山。そこを治める銀の一族。そこの姫君が、フラウです」
「姫君っていうかまぁ、ありゃ単なるおてんば娘だけどな」
「あはは……とはいえ、彼女の保有する冶金学の知識と鉱物資源に対する理解力の高さは随一です。お兄さんが持つ双剣を修繕できるのも彼女だけというぐらいですし」
「確かにな。ありとあらゆる宝剣神剣を修繕できるのもあいつだけだろう。多分、瞬のその槍とかも修繕できるし、更に言えばセレスの大剣もできるだろう」
どうやら素材問わず、ありとあらゆる武器防具の修理が出来る超級のブラックスミスという所らしい。カイトの言葉でソラ達はそう理解する。そして事実、そういう認識で良かった。
「とはいえ……まー、問題は他国って事だよなー」
「そうですねー。銀の山に行くには北の帝国ルートか、南のレジディアルートか……」
「帝国はまぁ、無理だろうな」
「無理でしょうね」
「そんな無理なのか?」
どうやら帝国という所とレジディア王国の国境にある山らしい、というのが今のところわかる所だ。が、それ以外に帝国が難しい理由がよくわかっていなかったので、瞬が問いかける。これに、セレスティアが頷いた。
「ええ……元々帝国は歴史的に統一王朝が最終的に武力で従えた趣きがあるそうです」
「武力は言い方が悪いですね……間違ってはいませんが」
「どういう事ですか?」
半ば苦笑気味に笑うノワールに、瞬が重ねて問いかける。これに、セレスティアが省いた言葉を語ってくれた。
「元々帝国は最後に統一王朝に従った国です。従う事になった理由は他の国の大半が統一王朝に集結してしまったがため……しかも北部に位置するため、食糧難などの影響もあったそうです」
「つまり食糧支援などを盾にして賛同を迫った、と」
「武力でも正面衝突して勝ち目はない状況でもありましたからね」
なにせ自分とそれ以外なのだ。よほどの大帝国ならまだしも、話を聞く限りでは帝国とやらもそういうわけではないらしい。となるとプライドを捨ててしたがって食料を貰うか、誇り高く戦って崩壊するかのどちらかしかなかった。が、それは帝国からするとプライドを捨てて食料を恵んで貰ったかのように映るだろう。というわけで、そこらを理解した瞬にセレスティアは続けた。
「なので完全に同意したわけではなく、腹に一物を抱えた状態です。更にはプライドとしても気持ち良いものではなかったでしょう。必然、統一王朝の結束が弱まれば一気に独立に動く」
「……統一王朝は何年ぐらい前に出来たんだ? ああ、いや。第一の方だが」
「五百年とも六百年とも言われています……詳しくは私には」
瞬の問いかけに、セレスティアは一つ首を振る。が、兎にも角にも五百年もの間北の帝国とやらは従いたくもない相手に従わされ続けていたという事らしい。そう瞬も理解するわけであるが、だからこそ彼は若干呆れていた。
「そんな昔なのだろう? 今更言うのか」
「得てして、そういう恨みつらみってのは忘れられないもんだ。こっち側は何を今更というがな」
「そう……なのだろうか。いや、そう……なのか」
よく言ういじめをした側はそれぐらいというが、された側にとってはそれぐらいという話ではない。そういう話なのかもしれない。瞬はそう思いながらも、もはや自分達の世代でも親世代でさえない遥か過去の話を根に持つ事にイマイチ理解も納得も出来なかったようだ。とはいえ、これはカイトも同様の認識ではあったようだ。
「あはは。そうだな。何を今更とは思うし、お前ら関係あるのかよ、とはオレも思う。が、どうにも彼らは若干武人肌という所もあるらしくてな。誇り高く戦った末に従わされたならまだしも、戦いもせず負けた事が気に食わないらしい。それで子々孫々にまで伝えるのはどうなんよ、とは思うがな」
「ああ、それならわかる。なるほど。それならもし話を通すなら、一度戦わないとだめなのか」
確かに政治的に決まった事ではあるだろうが、それは戦士達にとっては無念な事だっただろう。瞬は自身も武人肌の気質なればこそ、戦う事も出来ず牙を折られた戦士達の無念さは理解出来たらしい。そしてこれに関してはカイトも理解出来たらしかった。
「あははは……そうだな。存外関わってみると北の戦士達は気持ちの良いやつばかりだ。だから自分の実力を認めて貰えれば、立場を越えて彼らは力になってくれるだろう」
「会った事あるのか?」
「所狭しと活躍してるんでな」
今更であるが、カイトはこの大陸全土を股に掛け戦い抜いているのだ。そして今度は北の要塞も攻略する予定だ、という話である。なので北の帝国に所属する軍の要職とも話はした事があるらしく、彼の武名を北の戦士達も知っているからか彼かレックスなら、と話は聞いてくれるらしかった。
ちなみに。後年になり北の帝国との最後の決戦後は帝国の侵攻を防いだ彼らが和平調停などを主導した結果、戦士達も納得。数百年後の第二統一王朝につながるのであった。
「まぁ、とはいえ。それだからかイマイチ北進ルートはおすすめ出来ない。あまり良い顔もされないだろうし、税金もがっぽり取られるだろう。更に何処から来たかも証明出来ないから、何を言われるかわかったもんじゃない」
「そっか……わかった。となるとやっぱレジディア王国に渡りを付けられるようにするのが最優先ってわけか」
「そうなるな」
ソラの言葉にカイトは改めてはっきりと頷いた。兎にも角にも今後を考えると、まずはレジディア王国との往来を自由に出来るようにする事が最優先らしい。というわけで、彼がカイトへと問いかける。
「何か良い手、無いのか?」
「あったら教えてる……兎にも角にも今は実績を積んで、しかないだろうな」
「だよなー……あ、そうだ。話は変わるけど、そういえば薬品の調合に必要な道具って都に行かないといけないんだったよな? あれ、どうすれば良いんだ?」
「あ、それか……そういえばサルファのヤツ、まだ来ないな。あいつが居ないと話が進まないんだが」
そもそもの話であるが、今回カイトと共にこのノワールの館に来たわけだがそれ故彼と共にでないとこの森から戻れない。勿論、ここからエルフ達の居る都とやらに向かう事も出来るわけがない。
というわけで彼にはさっさと用事を終わらせて貰いたいわけであるが、そのためにサルファとの合流が必要らしかった。と、そんな話をしていたからというわけではないのだが、唐突に声が響いた。
「すいません。遅くなりました」
「おっと……噂をすればか。遅かったな」
「すいません。道中でクロードと出会って、状況の確認と策を授けていました」
「そうだったのか……すまん。世話を掛けた」
「良いですよ。兄さんより長い付き合いですから」
カイトの感謝に対して、サルファが一つ笑う。そうして、彼が合流した事によりソラ達は一度退席させられ、カイト達は軍事的な話を行う事になるのだった。
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