第2993話 はるかな過去編 ――黒き森の魔女――
『時空流異門』という現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代にて勇者兼騎士として活躍していたカイトや、その義理の弟にして同じく騎士のクロード・マクダウェルらと会合を果たしていた。
そんな彼らとの出会いを経ながら元の世界・元の時代に戻るべく冒険者としての活動を開始させる一同であったが、カイトからの要請により黒き森というエルフ達が住まう特別な森まで荷物の護送を担う事になり、黒き森に住まう大魔女ことノワールの元を訪れていた。
「なるほど……」
ソラ達からおおよその情報を聞き出して、ノワールはおおよそ自身の得ていた疑問に納得が出来たらしい。なるほど、と一つ頷く。そんな彼女に、ソラが一つ問いかけた。
「信じるんですか? 自分で言っといてなんですけど、結構荒唐無稽な話だと思うんっすけど……」
それこそ大精霊達の話に関しては自分達だけしか聞いていないのだ。ホラを吹いている可能性は十分にあるはずだった。これに、ノワールは首を振った。
「ああ、それはないと思います。この館では嘘は吐けないという結界が展開されているので」
「「え」」
それは聞いていなかった。ソラも瞬もまさかそんな仕掛けが施されていたなんて、と驚きを露わにする。が、その一方でセレスティアもイミナも驚く様子はなかった。
「驚きは……しませんね。お二人は」
「はい……貴方が拵えられた設計図を元にして作られたある建物を存じていますので……そこに、この屋敷の結界と同じ結界が施されている事は有名でした。幸いな事に、私はその施設を使う事はありませんでしたが……」
「私が設計した建物?」
未来にはそんな物が存在しているのか。ノワールは自らが設計に携わる事が今のところなければこそ、少しだけ何があったか興味深い様子だった。それに、セレスティアは明かせる範囲でと口を開く。
「裁判所です。第二統一王朝最高裁判所の大法廷です」
「最高裁判所、という事は最後の裁判所という所ですか?」
「ええ……裁判では抗告という形で判決に対して不服を申し出る事が可能です。それはこの時代でもそうですが……この大法廷が使われるのは、最も重罪とされる国家反逆罪などの重罪人に対してのみそこでは一切の嘘は許されないという場所です。そこに、貴方様の技術が」
「なるほど……真相究明を目的として、という所ですか。更には、ですね」
「ええ」
どうやらこの大法廷の目的をノワールは正確に見抜いたらしい。が、これにカイトが小首を傾げて問いかける。
「どういうこった?」
「この大法廷を使うという事は即ち、嘘が使えないということ。もし下手人が誰かをかばっていたり、はたまた政治的な要因などで押し付けられたりしていたとしても、嘘が吐けない以上は隠す事は出来ない……貴族達にとっては最悪の裁判所でしょう。嘘を使えない……トカゲのしっぽは無意味なのですから」
「なるほど。関与を隠す事が出来ない、って事は即ちそこに立たされた時点で終わりも同然っていうわけか」
とどのつまり、どこかの貴族が反逆を企てたとしても露呈させる事が可能になる。実際に使われずとも、嘘を暴き立てる事のできる場所があるという事実は迂闊な事を貴族達に出来なくさせる効果もあるのであった。というわけでこれを理解したカイトに、ノワールが笑った。
「ええ」
「す、すごいっすね……でもそれなら全部の裁判所にその結界? ってのを展開できるようにすれば良いんじゃないっすか?」
「あー……それは少し難しいですね。大法廷、という事は広さはかなりの物なのでしょう?」
「はい……そうですね。大法廷の広さだけでこの屋敷ほどはあるでしょうか。そもそもその大法廷を使う時点で関係者が相当な数に登るのですが」
使われる犯罪が国家反逆罪を筆頭としたおおよそ個人では出来かねない、よしんば出来たとしても関係者は相当数に登る大犯罪ばかりだ。なのでそれを全員押し込む事を考えれば、それだけの広さになっても不思議はなかった。というわけで、セレスティアの返答にそうだろうと思っていたノワールが更に教えてくれた。
「でしょう……更には使用する魔力も相当になると見ました」
「あはは……設計者にこういうのもなんですが、ご明察です。使えて月一度が限度です」
「ですよねー」
「月一度の結界を展開したってわけですか? 今、俺達のために」
「いえ。この館は大丈夫です。私が居る間は、ですけど」
「「……」」
あ、それってつまりこの人が統一王朝が月に一度しか使えないほどの魔力を一人で、それも常時展開して問題無いほどの魔力を生み出せるってことか。ソラも瞬もこの少女が少女の姿をしているだけでカイトと並ぶ英傑である事を改めて思い知る。とはいえ、呆気にとられる二人に対してカイトはあっけらかんとしたものだ。
「ま、ノワだったら大丈夫だろ。でもそっか。この館と同じ魔術をねぇ……あれをここ以外で使うとなると設計は大変だろうに」
「小型化、しないといけませんね」
「頑張ってくれ。ま、サルファも手伝えばなんとかなるだろさ」
「はい」
軽い感じで言ってますけど。セレスティアもイミナもこの結界が未来においては爪痕さえ残せていない領域で解析が出来ていない事を思い出しつつ、無言で乾いた笑いを浮かべるばかりだ。その一方のノワールは気を取り直していた。
「でもそうですか。未来から……」
「はい……それで大精霊様から皆さんをお訪ねしろ、と」
「ふむ……」
何が目的かはわからないが、兎にも角にも自分達を訪ねろというのが大精霊達からの言葉らしい。ノワールはソラの言葉に少しだけ頭を抱え込む。大精霊という言葉に嘘はないのだ。
ならば大精霊達が自分達に何かをさせようとしている事は事実だろう。それを理解せねば、一同に指針を授けてやる事は出来なかった。が、それを理解するためには情報が足りなかった。故に彼女が問いかける。
「まず皆さんの状況を教えてもらえますか? 持っている物。使える術式。道具……私に協力を仰ぐという事は、そこらの改良や修繕を含めて面倒を見るようにという事だと思われます」
「ノワールは当代きっての魔女だ。若いが天才の名をほしいままにしている最高の技術者とオレが太鼓判を押そう」
「そ、そう言われるほどではありませんが……ただ口は堅いと保証出来ます。修理の手伝いはしてあげられるかと」
「そうですね……」
先に未来の技術は安易に明かすべきではない、と言われている所であるが、如何せんソラ達で修理ができるかと言われるとそんなわけがない。彼らは戦士であって技術者ではないのだ。なら信頼できる技術者やら鍛冶師やらに頼まねばならないのだが、それがカイトの仲間であるのならまさしく適任だろう。というわけで、ノワールの言葉にソラが判断を下した。
「わかりました。持ってきた物を出します。えっと、まず俺から……」
全員が一斉に出しても混乱するだけだろう。そう判断したソラは自分の荷物や異空間に収納している色々な道具をノワールに差し出していく。そうして最後に、彼は自らが着ていたオーア作の魔導鎧を彼女に提示した。
「で、最後にこの鎧ですね。これは未来でカイトの仲間の凄腕の鍛冶師の人が作った物です。なんか俺も知らない機能が色々とあるみたいなんで、すんません。これについては俺も詳しくは」
「知らない機能って……お前な。全部知っとけ」
「未来のお前が面白がって勝手に許可してるっぽいんだよ! 全部お前のせいだよ!」
「マジか。そりゃすまん」
自分ならやりそうでも不思議はないし、どうやらそれを笑って許可するぐらいには親しい仲らしい。カイトはソラの怒声に半笑いで謝罪する。そんな彼に、ノワールが笑いながら提出された道具の数々を見ていく。
「あはは……でもすごい。再現は出来ますが……すごい技術ばかりです」
「できるんですか? 未来でもオーパーツになってる物も少なくないらしいんっすけど」
「出来ます……が、少なくとも私レベルの技術者ですね。作るならみんなの力が必要かも……」
「へー……なんかすごそう、って思ってたけどそんなすごいのか……」
どうやらカイト自身も鎧を着ていたことから、ソラの鎧がすごい機能を有していそうだと思っていたらしい。案の定の結論に興味深い様子だった。
「ええ。精錬の精度もそうですし、加工の精度もそう……ここらはフラウに頼まないとだめですね。でもこれなら……お兄さんの鎧のパワーアップも幾らか出来そうです」
「あんまり悪用はしてくれるなよ。未来の技術っぽいから」
「ああ、大丈夫です。どちらかというとお兄さんやレックスさんの全力に耐えられるように強度を向上させる方向に有用、というだけですから。この程度の技術でお兄さんのサポートなんて出来ませんよー」
「そっかぁ。戦闘が楽になれば良いな、と思ったんだが。まぁ、壊れないようになるならそれはそれで、か」
「お兄さんの出力が高すぎますからね」
「「「……」」」
この男は未来でも過去でもぶっ飛んだ領域に居るらしい。のほほんとした様子で話し合うカイトとノワールに、一同はそう思う。と、そんな呑気な二人であったが、ノワールが唐突に目を見開いた。
「これは……うそ! この花……ちょ、ちょっと誰か! 図鑑持ってきて! うそうそうそうそ!? 実在してるの!?」
「ど、どうした?」
「ちょっと黙ってください!」
「あ……すんません……」
「でもこの花は……うん。絶対そうだ……」
カイトをひと睨みで黙らせたノワールは、薬液の中に浸された冥界華を見ながら興奮気味にぶつぶつと呟く。そうして使い魔に図鑑を持ってこさせた彼女は、興奮気味に口を開く。
「やっぱり……伝説の冥界華。冥界にしか生息しない伝説の華。これをどこで?」
「えっと……カイトがお前らに万が一が起きた場合に使うように、って」
「お兄さん!」
「オレわからんよ!?」
「なんでですか!?」
「未来のオレに聞いてくれ!」
当然だろう。これを持たせたのもソラ達を知っているのも全て、未来のカイトなのだ。過去のカイトからすればそれで怒られた所で怒鳴り返すしか出来なかった。とはいえ、興奮状態のノワールはそこも理解出来ていなかったようだ。即座にソラに問いかける。
「じゃあ、貴方!」
「は、はい! え、えっと……カイトがなんかむちゃくちゃヤバい所から持って帰ってきて温室で育ててるそうです!」
「うそ……これを持ち帰ってきておまけに生育方法まで見つけ出したって……」
まぁ、元々言われている事であるが、冥界華の量産方法の確定はカイトの偉業の中でも魔王ティステニア討伐に並ぶ大偉業だ。ノワールが言葉を失うのも無理はなかった。というわけで、自身でさえ不可能な事を未来のカイトが成し得た事を理解し、ノワールがソラを見る。
「詳しく、教えて頂けますか?」
「は、はい……」
これは拒否できそうな雰囲気ではない。ノワールの様子から、ソラはそう思う。というわけで、この後はノワールの気が済むまで一同は尋問じみた様子で彼女の質疑応答に応ずる事になるのだった。
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