第2992話 はるかな過去編 ――大魔女――
『時空流異門』という現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代にて勇者兼騎士として活躍していたカイトや、その義理の弟にして同じく騎士のクロード・マクダウェルらと会合を果たしていた。
そんな彼らとの出会いを経ながら元の世界・元の時代に戻るべく冒険者としての活動を開始させる一同であったが、カイトからの要請により黒き森というエルフ達が住まう特別な森まで荷物の護送を担う事になっていた。
「……なんか出て来ないな」
「はぁ……この様子だといつも通り調合やってるってところか」
ソラの言葉に、カイトは頭を掻いてため息を吐く。先程も案内の少女がノワールが調合等をしていないか心配していたわけであるが、カイトの予想ではその通り調合等に熱中して自分達の来訪を忘れてしまっているのではという所らしかった。というわけで、彼はため息ながらも二人に荷車からの降車を促す。
「二人共、荷車から降りてくれ。ついでに荷物も降ろしてくれると助かる」
「おう」
相手がどういう状況であれ、ここが目的地である事に違いはない。というわけで二人はカイトの指示に従って荷車から積荷を降ろす。そうして待つこと更に数分。やはりどれだけ待っても、誰かが出てくる様子はなかった。というわけでカイトが再度ため息を吐く。
「はぁ……しゃーないな。荷物、持ってきてくれ。入っちまおう」
「入れるのか?」
「鍵は持ってる」
チャラチャラ。カイトは瞬の問いかけに、何処からともなく鍵束を取り出して振って見せる。どうやら鍵は受け取り済みだったらしい。ちなみに、なぜと聞かれるとこういう事が度々起きるという自覚があるらしいのでノワールが八英傑に鍵を渡していたそうである。というわけで、ソラと瞬に荷物を持たせたカイトが扉を開けて屋敷の中へと一同を招き入れる。
「「「うっ」」」
入った屋敷の中であるが、一言で言うなら得も言われぬ薬品の匂いが充満していた。幸いな事に不快な匂いではなかったのでまだマシであるが、それでもかなりキツい匂いで一同は盛大に顔を顰めていた。というわけで、同様に顔を顰めていたカイトが呟いた。
「あいつ……また何かの薬品を作るのに換気しなかったな……」
「申し訳ありません……カイト様。主人がいつもの様子ですので声がけをお願い出来ますか?」
カイトがつぶやくと同時に、先の案内の少女がなにかの魔道具を片手に現れて彼へと頭を下げる。これに、カイトはやはりと三度盛大にため息を吐く事になった。
「はぁ……やっぱり案の定か。換気、頼んでおけるか? ハーブの匂いが充満しちまってる。どうせまたお前が居るもんだと思って後始末を任せきりにしてたんだろう」
「かと……申し訳ありません。この匂いでしたのでお呼び出しする前に、と思ったのですが……」
「ああ、良いって良いって。こうなってるだろう事は想定内だし、それを踏まえた上で入ったからな」
どうやら少女が帰ってこなかったのは客が来た以上この匂いが充満した状態で招き入れるわけには、と判断したからだったらしい。確かにハーブ系の匂いなので不快感こそさほど無いが、あまりに強すぎて気持ちの良いものではない。先にそちらの対処を、と判断したのは間違ってはいないだろう。
というわけで少女が後始末に奔走する一方で、カイトはカイトでエントランスの大階段の側面へと回り込んで、隠すようにあった扉を潜る。
「ノワール!」
「え? あ、ごめんなさい! きゃあ!」
ぼんっ。何かが爆ぜるような音と共に、少女の悲鳴――と白煙――が上がる。そうして、大きめのとんがり帽子を被った少女が顔を上げた。
「けほっ、けほっ……失敗失敗……あれ? お兄さん? どうしたんですか?」
「どうしたんですか、じゃない……頼まれてた荷物を持ってきたんだ。サルファから聞いてただろ」
「え? あ、あぁあああああ!」
案の定というかなんというか、ノワールはすっかり荷物の事を忘れていたらしい。カイトの言葉に大きく声を上げる。これにカイトは何度目かになる深い溜息を吐いた。
「はぁ……とりあえず薬品の調合はそこまで。次は何をやってたんだ」
「ちょ、ちょーっと思い付いた調合を試してました……」
「思い付いた、ねぇ……何を思い付いたんだ?」
「爆裂草を加熱して」
「思い付きで爆裂草を加熱すな! ていうか、思いついてもやろうとすな!」
爆裂草、というのはその名の通り爆発する危険な草でいわば火薬のようなものだ。当然取り扱いは非常に慎重にしなければならいもので思い付きでやってみた、で扱って良い薬草ではなかった。というわけで声を荒げるカイトに、ノワールは恥ずかしげだった。
「あ、あははは……ぎ、ギリギリまで加熱するつもりがちょ、ちょっと温度を上げすぎましたぁ……」
カイトの指摘に対して、ノワールが恥ずかしげに視線を逸らす。悲鳴と白煙が上がっていた事からもわかるように、どうやら試行錯誤の結果としては失敗だったらしい。
「まぁ、良い。とりあえず客も連れてきてるから、挨拶を先にしてくれ。客と言っても荷運びの護衛だが」
「すいません……あ……そういえばサルファは……」
「今回は来てない。良かったな。来てたらオレ以上に大目玉だったぞ」
「あ、あははは……」
カイトの言葉に、ノワールは再度視線を逸らす。まぁ、こんな彼女だ。エルフ特有とも言える生真面目な性格であるサルファには何度となく窘められていたらしい。というわけで、そんな彼女を伴ってカイトはエントランスへと戻るわけであるが、そこで上がったのは困惑の声であった。
「「「え?」」」
「な、なんでしょう……」
「え、あ、いや……すいません。大魔女と言うものですから……」
「あー……良く言われるんです。お師匠さんは居ますかって……」
「す、すいません! そういうつもりはなく!」
つい視線を受けたので答えたイミナであるが、少しだけ落ち込んだ様子のノワールの反応に大慌てで何度も頭を下げる。どうやら当人も気にしてはいたらしい。とはいえ、そんな彼女は気を取り直して一同に頭を下げた。
「ノワールです。荷物の護送、お疲れ様でした。確かに荷物は受け取りました」
兎にも角にも今回の任務は荷物の護送。そして受取人はノワールだ。である以上、彼女がきちんと受け取った事を明言せねば依頼は完了しなかった。
「あ、はぁ……」
カイトが何も言わない所を見るに、彼女が大魔女ノワールである事は間違いないらしい。そんな彼女は小柄な少女で、大魔女という前評判から年嵩の魔女やリルのような妖艶な女性を想像して来た一同からしてみれば完全に拍子抜けといった感じであった。とはいえ、その実力はたしかなものだったらしい。挨拶を終わらせた直後。ノワールが興味深い様子でソラを見る。
「……すいません。それで一つ尋ねて良いですか?」
「え、あ、はい。なんすか?」
「皆さん、何者ですか? お兄さんが連れて来た以上、敵ではないと思います。でもまともな来歴を持ってはいないのだと」
「わかるんっすか?」
どうやら自分達が持っている色々な魔道具やら鎧やらがこちらの世界の物ではないと彼女は見抜いたらしい。驚いた様子でソラが問いかける。これに、ノワールは一つ頷いた。
「はい……気になるのは使っている術式の幾らかにお兄さんの癖に似た癖がある。開発にお兄さんが関わってる……?」
「うぇ、オレ?」
「気付いていなかったんですか?」
「いや、興味なかったし……え、マジ?」
「はい」
どうやら大魔女というのは間違いではないらしい。ノワールにはソラと瞬が常用する魔術にカイトの影響が見て取れていたらしい。しかもそれは相当根幹の部分にあったらしく、カイトと二人が長い付き合いがあると思わせるには十分だったそうだ。とはいえ、そうなると自分が知らないのはおかしいとなり、彼らはまともではないのだろう、と彼女に理解させたそうである。
「そうか……まぁ、どうにせよそこらを話す事も目的でこいつらは連れて来たんだ。詳しく話す。応接室かリビングを借りたいが」
「……」
「……はい。何が起きたか察しました」
「あ、あはは……」
眉の根を付けるカイトに、ノワールが三度視線を逸らす。
「とりあえず客の応対ができるように部屋を整える。どっちがまだマシだ?」
「り、リビングの方が、多分……」
「はぁ……ほら、行くぞ。皆はここで待っていてくれ。流石に掃除は手伝わせられん」
「ご、ごめんなさい……」
ソラ達にはいまいち話の流れが掴めないわけであるが、どうにもノワールは生活としては非常にズボラらしい。なので案内の少女が整えてくれねば散らかりまくる様子で、今回も何かしらが散らかっているというわけらしかった。というわけで、流石に客であるソラ達に掃除は手伝わせられないとカイトはノワールと共にリビングの清掃を開始する事になるのだった。
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